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いい人だけの国② ただしい民主主義

ここはいい人だけの国、ギーセ。法と正義を愛する人だけが住む夢のような国です。

ギーセ国民の美しい正義のこころは差別も邪な思想もけっして許しはせず、そして彼ら彼女らはその正義のこころを世界のすみずみまで広めることを望んでおり、そのためにはためらうことなくはたらき物資さえも喜んで分け与えるのです。

今日はそんなギーセのすばらしさを皆さんに知ってもらうため、ギーセの政治体制についてお話しようと思います。


ギーセは民主主義を採用しています。いや、言うまでもありませんでしたね。みなさんも知っての通り、民主主義はこの世で考える限り最も優れた政治体制ですから、いい人だけの国であるギーセが民主制なのも当たり前というものです。

さて、みなさんは民主主義以外の政治体制を知っていますか。あまり目にすることはないと思いますが、それは権威主義と全体主義です。

民主主義は国民ひとりひとりが政治に参加する権利を持つ政治体制です。みなさんも知ってのとおり、民主主義とは、国民ひとりひとりが権力を見張ることで国をただしい方向へ導くことができる、たいへんすばらしい政治体制です。

権威主義は誰かが権力を独占する政治体制です。信じられません。ひとりじめされた権力は必ず幸せに暮らしたいだけの誰かを傷つけ、国をひとつの思想で染め上げて、支配します。

全体主義はさらに悪い政治体制です。国をひとつの思想で染め上げるばかりか、その思想をよりどころとして人はもちろん食べ物や車などあらゆる資源を動かそうとするのです。

権威主義と全体主義は、いかにも悪い人が好みそうな政治体制です。自分たちの思想を他人に押し付け、ときには反対する人たちを追い出したりすることで、自分たちだけが得をする世界を作ることができるのですから。

しかしギーセはそうなりません。なりえません。なぜなら、権力を暴走させないしくみを作るために、民主主義だけに頼ることのない統治機構を作り上げ、完成させることに成功したからです。

そのしくみの中心にあるのはもちろん社会正義です。社会正義こそが、平和を愛してやまないギーセの国中に満たされるべき思想ですし、ギーセという国の象徴でもあるのです。

だから、ギーセでは社会正義がすべての権力を抑えるような政治体制を作り上げたのです。

そこにあるのは統治するための権力ではなく統治するための権利。社会正義と民主主義が調和した社会がギーセと言えましょう。


これを説明するにはいい人だけの国になるまでの歴史もお話しなければなりません。ぜひお聞きください。そして、いっしょにいい人だけの国を世界中に広めていきましょう。

お話はギーセの国民による、つまり社会正義によるただしい監視がなかった時代、ギーセにまだ悪い人たちが大手を振って暮らしていた、いつまでも続くかに思えた悪い夢のような時代から始まります。

そのころでも、悲しいことに、民主主義は存在していました。権力がひとところに集まらないように三権分立もありました。ですから見かけの上では権力の集中はありませんでした。

と、言うしかありません。

しかし見えないところではとても恐ろしい計画が進んでいたのです。それは、歴史的文脈における多数派が権力や社会的地位を自分たちだけで分け合って、歴史的文脈における少数派にはひとつも渡さないようにするという恐ろしい差別的な計画です。

彼らはその恐ろしい計画をじっくりと、秘密のうちに、法に反しないように気を使いながら進めていました。決して表に出なければ、そして法に反していなければ、一体誰が止められるでしょうか。

しかし、決して表に出なかったこの恐ろしい計画に気づき、これから繰り返されることになるたいへん激しい差別に心を痛め、立ち上がった人たちがいました。そう、今ではジソブソ村の賢人と呼ばれる人たちです。

のちに賢人と呼ばれることになる彼ら彼女らは、水準の高い教育を受けて教養を身につけた人や、歴史的文脈における少数派を救うべく正義に燃える法律の専門家、そして声を上げて行動する人が中心になって悪い人に対抗し始めました。

そして、彼ら彼女らの活躍は恐ろしい計画に怯える人たちを大いに力づけたのです。

「SNSで差別的発言を繰り返すアカウントの住所を特定し、訪問しました。玄関で誠実に説得したところ、わかっていただけたようです」

「婉曲的に誹謗中傷を行ったアカウントに発信者情報開示請求を行い、職場へ内容証明を送りました。また、訴訟も検討中です。彼が反省して再出発できることを祈っています」

「歴史的文脈における少数派である私に関するデマが拡散されているようですが、弁護士に相談して法的措置を検討中です。リツイート、いいねなどで拡散に協力したアカウントも訴えます」

「悪質なネット記事(つまりフェイクニュース)を見た人たちから、私も関係する支援団体への誹謗中傷が止まりません。記事を取り下げるよう、弁護士を通して申入書を送ったところです。記事を引用したアカウントも訴えます」

「この発言はひどすぎるのでシェアします。おなじ水準の高い教育を受けて教養を身につけた人として、歴史的文脈を無視した発言は看過できません。この発言の何が悪かったのか、自己批判をして反省・改善策を見出していただければと思います」

「人権侵害法の成立を阻止すべく、女性議員で人の壁を作って対抗中です!この国を暗黒の時代に戻さないよう、皆さんもともにがんばりましょう!」

「政府はこの国を戦争のできる国にしようとしています。戦争になれば夫や息子が徴兵され、残された女性はどうすればよいのでしょう。いつもいつも犠牲にあうのは女性ばかり!今こそ立ち上がるとき!私達は黙らない!」

彼ら彼女らはこのような地道な作業を、汗をかき足を棒にしながら、せっせと行ったのです。

しかしどんなにがんばっても、悪い人たちはいなくなりませんでした。それどころか彼らに続いて次々と悪い人たちが現れるしまつです。

どうしたら彼らの邪な思想をこの世から消し去り、平和な世界を作ることができるのでしょうか。後に賢人と呼ばれることになる教養のある人たちと正義に燃える法律の専門家、そして声を上げて行動する人たちは考えました。

そして気づいたのです。いや、今まで見ないふりをしていただけだったのかもしれません。みんなが安心して幸せに暮らすことのできる世界を作るには、悪い人たちが自由な発言や活動をすることがあってはならないと。

しかし、そんな世界を叶えるためには司法だけでは追いつけません。司法には法律に違反してさえいなければ何をしてもよいと思っている悪い人たちを裁く権力がないからです。

司法だけではありません。立法や行政を一緒に変えていったとしても、実現できないか、できても途方もない時間がかかってしまうことは間違いありませんでした。

未来の賢人、未来のいい人たちは、さっそく三権分立の枠組みに留まらない新しい仕組みを生み出そうと、知恵を絞りました。

そうして生まれたのが、あらゆる権力が頂上に置かれた社会正義の下に統治される政治機構です。といっても、社会正義に反する人を捕まえて痛めつけたり国から追い出したりするわけではありません。それでは権威主義や全体主義と変わりません。

一番大切なのは、この世で考えうる限り最も優れた政治体制である民主主義を守ることなのですから、正式な手続きをふんで悪い人を取り締まらなくてはなりませんよね。

しかし社会正義はこの世で最も尊いものです。社会正義は歴史的文脈における少数派を救い、歴史的文脈における多数派による差別的言論を制限するために存在するのですから、正式な手続きを踏むことで遅れることがあってはいけません。

苦しい板挟みでした。しかし未来の賢人たちは見事に解決してみせました。
まず、社会正義は水準の高い教育を受けて教養を身につけた人たちと正義に燃える法律の専門家が決めます。

水準の高い教育を受けて教養を身につけた人がいるのですから、彼ら彼女らにまかせておけば歴史的文脈における少数派の人権を救うことができますし、歴史的文脈における多数派に反省を促すこともできます。

さらに、正義に燃える法律の専門家もいるのですから、司法では救うことができない歴史的文脈における少数派に寄り添ったり、司法では手の届かない歴史的文脈における多数派による差別を把握することができます。

これで社会正義の公平性は保たれますね。

次に、社会正義はその場限りの思いつきで終わってはいけませんから、ちゃんと記録するための機関を作りました。社会正義を議論し、記録するための機関であることから、書記局と名付けられました。

この機関は、水準の高い教育を受けて教養を身につけた人たちが決めた社会正義を記録し、その正義に権力、つまり司法や立法、行政が反していないか見張り、民主主義がきちんと運用されるように世界を整える役割を持っています。

書記局は、まず司法が社会正義に反する判決を出していないかを見張ります。

つまり、歴史的文脈における少数派が不利になっていないか、歴史的文脈における多数派が得をしていないか確認するということです。

不当な判決と認められた場合は、もちろんやり直しです。社会正義をしっかり身につけたいい人たちの意見を取り入れて、ただしい判決になるまで何度もやり直します。

司法の女神は目隠しをしているために歴史的文脈における少数派と歴史的文脈における多数派を同一視する差別に気づくことができませんでしたが、正義の女神にはしっかりと目を開けてもらうようにしたのです。

次に立法ですが、やはり社会正義に反する法律を作っていないかを見張ります。

歴史的文脈における少数派を不利にするような法律はあってはいけません。そして、権力の暴走や戦争、国民生活の監視につながる法律を作っていないかも見張ります。

権力の暴走や戦争につながるような法律は言うまでもありませんが、国民生活の監視も忘れてはいけません。政府による監視を少しでも許してしまえば、国民が自由に発言や活動することができなくなるばかりか、自由な思想を持つことすら難しくなるからです。歴史的文脈における少数派を救うことが難しくなることは言うまでもないでしょう。

そして行政ですが、構成員の50%以上が女性で占められているかを見張ります。また、その女性も歴史的文脈における多数派の思想を持っていないか確認が必要です。

歴史的文脈における少数派である女性でも、歴史的文脈における多数派の思想を持っていてはならないのは、言うまでもありませんね。

権力を見張るのは国民の権利であり義務でもありますから、書記局が権力にならないのは言うまでもありませんね。

また、書記局が万が一にも権威を持たないように、正義の記録に携わる水準の高い教育を受けて教養を身につけた人たちの間にも序列をつけないようにしています。その一環として、書記局の名簿は携わった人たちをあいうえお順で記録することにしています。

序列がなく、お互いが強い社会正義で結び付いた機関。それが書記局です。
書記局の設立は歴史的文脈における少数派を救えずにいた政治をぐんと勢いづけ、権力や権力に近い立場にいた悪い人たちを次々と取りしまりました。

思想で人を差別するのと何が違うんだと間違った批判をする人もいましたが、歴史的文脈を考えれば差別でないことは明らかです。歴史的文脈における多数派が歴史的文脈における少数派を進んで救うようになればよいだけですから、差別になりようがありません。

また、そう言って間違った批判を繰り返した人は全員が暗黒の森へ行きました。元々そういう素質があったということでしょう。生まれか不勉強か、何が原因なのかはわかりませんが。

そしてよろこばしいことに、歴史的文脈における少数派へ救いの手を届けられずに悲しみにくれていたいい人たちも立ち上がってくれたのです。

彼らは書記局に記された社会正義が彼ら自身の心に秘めていた正義と同じであることに感激し、ひとりひとりが自らの意志で歴史的文脈における多数派に反省を促したり社会正義に反する悪い人を見つけては説得したり、ただしい世界にするために大活躍しました。

書記局に記録された社会正義を確認しては、それに

そうしたいい人たちの努力のおかげで、ちょっとずつ悪い人たちにとって住みづらい国へと変わっていき、気がついたらいい人だけの国となっていたのです。


さて、細心の注意をはらって権力を持たないように作られた書記局と、書記局を中心においた民主的な政治体制ですが、呆れることに、快く思わないひとがいました。そう、追放された悪い人たち、暗黒の森の住人です。

彼らは書記局を権力集中の独裁国家のきっかけだと非難し、あろうことか社会正義に基づいた政治体制を全体主義だという誹謗中傷を霊能力で広めようとしたのです。

しかし、権力集中の独裁国家が水準の高い教育を受けて教養を身につけた人たちによって産まれたことがないことは歴史を学べばすぐにわかることです。教養がないから正義の書記局を独裁国家などと誹謗中傷できるのです。

書記局の役目は権力を振るうことではなく、権力を抑えることです。権力を抑えることは国民の安全につながります。先ほども言いましたが、つまり、書記局の存在は市民による正当な権利なのです。


書記局ができてから、いい人だけの国になってから、悪い人たちを取り締まる早さはぐんと早まりました。その早さに国民は皆満足しています。

もう、悪い人たちの悪い思想による悪い発言を止めるためにたくさんの手続きが必要だった時代ではないのです。本当に困っている人たちや誹謗中傷に傷つく本当の弱者たちを救うことができなかったあの時代ではないのです。

社会正義が叶った今、いい人だけの国ギーセが出来上がった今、邪な思想をもつ悪い人たちの発言をすぐに制限することができるので、いい人たち、その中でも特に歴史的文脈における少数派の人たちでも明るく楽しんで暮らせるようになりました。

悪い人にまで自由を認めるのは間違っています。しかし歴史のただしい側に立てさえすれば、誰が彼らのことを受け入れないでいられるでしょうか。ただそれだけで、暗黒の森のような光の当たらない薄暗いところではなく、いい人たちと同じように光ある街で暮らせるのに。

いい人には優しく、悪い人には厳しく。これがいい人だけの国、ギーセが寄り添う根本なのです。


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