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visual basic*4 キャラメル・フラペチーノ 

 時系列的には4番目だけど、書いたのは二番目?だったような気がするので、一応流れの辻褄は合わせたつもりですが、ちょっと描写が被る部分があるかも。この作品だけでも読めるように。という事でご容赦を(´-`).。oO
 ※エブリスタさんにある分の再掲です。向こうの陸は標準語。こっちの陸は関西弁。
 🍒ヘッダー画像に海(@hanaabin)様のイラスト素材をお借りしました🍒


 【あらすじ】
 恋愛以前のほんのりBL。人の「気」が見える不思議ちゃんソーヤと動物好き大学生陸くんの、日常なお話。
 読み切りシリーズ「ヴィジュアル・ベーシック」クリスマスSS。

* * *

 「車、大丈夫?」

 アパートの扉を開けると、そこに陸が立っていた。何の前触れもなく。

 「車って?」

 聞き返した僕の息が白く拡散してゆく。
 お昼の2時過ぎ。明るい日差しの下にいても、肌を刺す冷たい空気に頬がちくちくする。
 思わず肩を竦めて身震いした僕を見て、ぼろぼろのジーンズにスニーカー、コーデュロイのジャケットに長いウールのマフラーをぐるぐる巻きにした陸が笑った。

 「今日は、この冬一番の冷え込みやって。夜には雪がちらつくかもっていうてたよ」

 ふうん。と気の無い返事をした僕に、僕の視界を遮るように立っていた陸は身体を横へずらすと、

 「ドライブのお誘い」

 そう言って、従者のようなお辞儀をした。
 陸の斜め後方、アパートの前に停められた深いグリーンのミニクーパー。小さくて、四角いけど角が丸い独特のフォルム。なんだか動物っぽい。
 トラックとか、大きくて角ばった車はちょっと怖いけど、このくらいの大きさ、こんなカタチなら、けっこう好きだ。

 玄関扉を開けたまま車へ近づいてゆく僕を、マーゴが追い越していく。

 こたつの中で寝ていたはずなのに、すばやい。
 この寒さにも負けず飛び出してきた好奇心旺盛なマーゴは、長く伸びあがって、目のようなヘッドランプに前足を掛けた。陽の光を受けた黒くてつやつやの毛並みが、ぴかぴかのグリーンのボディに映えて、きれい。
 後ろに立った背の高い陸が、セーター1枚で外に出た僕に、自分の首から外したマフラーを上からくるくる巻きつけながら言った。

 「授業のノートと代返のカタに借りてん。タイムリミットは5時。寒いけどええ天気やし、ドライブ日和やなって」

 僕は、窓から中を覗きこんで気付いた。

 「これ……高石くんの?」

 呟いて振り向くと、陸がちょっとびっくりした顔で僕を見ている。あ、しまった。と思ったけど、

 「すごいな、ソーヤ。大当たりや」

 その顔はすぐに笑顔に変わった。ライオン顔の、ちょっときつい印象の目が、笑うと途端に柔らかくなる。

 「別に中見たって、名前書いてあるわけやないのになぁ。あいつまだ学校にも乗ってきたことないし」

 言いながら、僕の肩越しに車を覗き込む。頬が触れそうな距離。陸の「気」が、降りてきた。
 あったかい――。冬だからかな。比喩じゃなく、体感としてほこほこする。面白いな。

 足元に視線を落とすと、いつのまにか回りこんでいたマーゴがふんふんと車を匂ってる。陸は彼女を抱き上げ、僕に手渡しながら言った。

 「上着取っておいで。戸締りも」

 何もすることがなくて、半分こたつに潜って本を読んでいただけの僕は、断る理由もなく、誘われるがまま車に乗り込んだ。

 乗り込んで、ああ、やっぱり。と思う。
 シートやハンドルに、ラメを振りまいたように、きらきらと金藍色の粒子が散らばっている。何度か陸と一緒のところを見かけた高石くんの、強い「気」の片鱗。

 高石くんは、見た目は幼くてまだ高校生みたいに見えるけど、冷めているっていうか、淡々とした雰囲気の青年。陸とは同じゼミで仲が良いみたいだけど、陸が僕みたいな変人と話していても我関せずで、僕には何の関心も無い感じ。
 僕に近寄ろうとしない人は好感が持てるけど、彼の「気」は苦手だ。強くて、神々しすぎる。

  彼みたいな「気」は昔一度だけ見たことがある。凄く高名な阿闍梨さん?の「気」。その「気」は、きらきらしてて、強くて、まわりの空気が透き通っていくような、神々しさだった。

 その人は純粋に金色だったけど、高石君はピスラズリと金粉を混ぜたみたいな、金藍のマーブルで。どっちも凄く綺麗。
 でも、とっても綺麗だけど、陸の「気」みたいに柔らかくないから、そのきらきらは僕の肌を刺す。


 大学の構内で見かける陸は、たいていいつも友達に囲まれている。
 背が高くて、派手な顔立ち。美容師見習の友達に練習台にされているらしい、くるくる変わるインパクトのある髪型――今はオリーブグリーンに近い枯葉色のツーブロック。出会ったときは金髪のタテガミ頭だった――。 
 どうやっても目立つ容姿は、それだけでも人を惹きつけるに充分だけれど、でも、それだけじゃない。 

 人を惹きつける人間の「気」は、淡い。

 自然にしているだけで人が寄ってきて、いつも身近に友達がいる。
 今まで僕が見た数少ないそういう人たちは、みんなそうだった。外見や性格はそれぞれだが、皆淡くて、優しい「気」をもっている。普通、人間は「気」を見ることも感じることも出来ないらしいのに。
 それでも、何か本能的に感じるものがあって、そういう柔らかい気の持ち主に惹かれるのかな。って思う。

 そして、陸の「気」も、淡い。淡くて暖かい桃色の「気」。マーゴと同じ、僕を傷つけることのない、柔らかな「気」。

 「窓、開けていい?」

 せっかく暖まっている車内だけれど、そこかしこに残る陸以外の人の「気」が、僕を落ち着かなくさせる。

 「うん。暑すぎた?」
 「ううん、空気入れ替えたいだけ」

 あれ、どうやって開けるんだろう? 開け方が分からなくて固まっていると、うぃーんと音を立てて窓が開いた。四つとも。

 「すご……自動なんだ」

 思わず呟いた僕に、

 「運転席から全部開閉出来るよ。もしかして、ソーヤ車乗ったことない?」

 陸が可笑しそうに言った。

 「子どものころ、何度か乗ったくらい」
 「え! マジ?」

 答えた僕に陸が驚く。そんなにびっくりすることかな?

 「だって運転免許も車も持ってないし、タクシーは苦手だし」
 「でも、人ごみ嫌なんやろ?」

 意外そうに言った陸。

 「うん。でも狭いとこに他人と閉じ込められているのは、もっと嫌」

 たとえ二人でも、狭い車内では息が詰まる。相手の「気」が空間中に広がって、侵食されそうな気がして、怖い。
 そんな目に遭うくらいなら、ラッシュは無理だけど、空いている電車やバスの方がずっとマシだった。

 なんとなく、間が空いて――。
 黙ったままの陸の方を見ると、なにか考え込んでいるような、ちょっと困ったような顔。「気」がざわめいている。どうしたんだろう。

 「車じゃない方が良かったんか……。窓開けとけば、平気なんか?――でもそれやと風邪ひかせそうやしなぁ……」

 僕に話しているのか、独り言なのか、判断がつきにくいけど。

 「いーよ、もう窓閉めて。寒いから」
 「ええんか? だいじょうぶ?」
 「うん」

 陸は慌てて窓を閉めた。走りながら全開にしていたせいか、残っていた高石くんの「気」は、もうほとんど感じなくなっていた。買ってまもないみたいだから、まだそんなに染まってない。

 「陸とだったら、閉じ込められてても、へーき」

 陸の「気」なら、平気。痛くないから。
 そう答えた僕を、赤信号で止まった陸がまじまじと見つめる。何か変なこと言ったかな?

 そういえば、大学の図書館ではよく一緒になるけど、僕は本を読んだりぼうっとしたりして時間を潰してるし、陸は課題をやってるか、寝てるか。

 エアコンをつける時にお世話になって以来、陸は時々僕の部屋へ来るようになったけど、僕のテリトリーに彼が入ってくるだけだから――。
 こんなふうに一つの狭い空間に本当に二人っきりでいるなんて、初めてかもしれない。

 そう思い始めると、なんだか急にどきどきしてきた。やっぱり密室はだめだったかな?
 でも――。不快な、嫌などきどきじゃない。なんだか、不思議などきどきだ。運動もしてないのに、変なの。
 俯いた僕に、

 「……買おかなぁ、車」

 陸がハンドルに凭れこんで、ぼそりと言った。腕に半分埋もれて、表情は見えない。

 「え?――あ、信号青」
 「やべ!」

 もう信号は青に変わっている。後ろの車にクラクションを鳴らされて、陸は慌てて発進した。

 変なの。

 普通の顔をして運転している陸。
 だけど、「気」が膨らんでふわふわ舞ってる。車内が薄ピンク色に染まって、低い天井に届くくらい。
 天井近くを漂う陸の「気」を見ていた僕に、

 「ほんとソーヤって、猫みたいやな」

 陸が面白そうに言った。

 「え?」
 「猫ってよく、空中の何もないところをじーっと見てたりするやろ? 何見てるんやろっていつも不思議に思うねんけど。――何が見えるん?」

 僕に訊かれても、困る。
 確かにマーゴもよくそうやって何かを見てるけど、僕にそれが見えているわけじゃない。僕が見ているのは別のものだ。

 「ないしょ」

 漂う「気」から窓の外に視線を移して、素っ気無く答えた僕に、陸が微笑んだ。

 陸は変わってる。
 僕が何をしても、何を言っても、怒らない。出会った頃、すごくひどいことしたのに、傷つけたのに、怒りはしなかった。怒りの感情を表に出さないということではなく、怒っていない。表には出さなくても、怒っていたら「気」がイガイガするからわかる。

 「気」の色や、質感や、強さは人によって千差万別だけど、怒ったときの「気」はイガイガしてる。みんな。
 だけど陸は、傍若無人で礼儀知らずな――らしい。自分ではそんなつもりないのだけれど――僕にも、腹を立てない。

 変なの。

 「どっか行きたいとことか、ある? あんまり遠出は出来ひんけど」
 「別にない」
 「んじゃ、腹は? 減ってる?」
 「少し、減ってるかも」

 そういえば、遅めの朝ごはん食べたきり、お昼食べるの忘れてた。よくあることだ。

 「食べられへんもんって、ある?」
 「コーヒーとセロリと肉のあぶら身」

 車は北へ進んでいる。街とは反対の方向。どこへ行くんだろう。
 流れる景色を見ながら答えた僕に、また陸が、くすりと笑う。

 「あ、でもレストランは――」

 行きたくない。と言おうとしたらその前に、

 「ドライブスルーにしよか。おべんと持ってピクニック」

 陸が先回りしてそう言った。



 ハンバーガー屋さんに寄って、便利なドライブスルーに感動している僕に笑いながら、陸は大量に買いこんだ。向かう先は、山の上。

 夜景が綺麗なことで有名なその場所も、まだ早い時間だからか、道も空いていた。
 くねくねした峠道を、ゆっくり登ってゆく。バスなら一発で酔いそうな道だけど、少し開けた窓から入ってくる冷たい空気と、ときどき拓けて見える景色がきれいで、全然大丈夫。

 それでも人ごみを避けて一番上までは行かず、途中の景色が綺麗な場所に車を停めると、僕たちは遅めのランチを広げた。
 車から降りなくても、視界いっぱいに広がる山並みと、遠くに見えるおもちゃみたいな、町並み。常緑樹のくすんだ緑が、ずっと下まで続いていて、傾き始めた冬の日差しが、日溜りを作る。

 帰りの車中。おなかいっぱいになって眠くなった僕に、陸は、寝ててええで。と笑った。 

 僕の気持ちいいこと、好きなこと、いやなこと、辛いこと、何も言わなくても陸は解るみたいだ。僕が陸に教えたのは名前だけなのに。

 「なんでそんなに、僕のことわかるの?」

 脈絡なく聞いた僕に、陸は一瞬目を丸くして、ちょっと考えるような仕草をした。真面目な顔をすると、やっぱり野生動物っぽい。だけど、すぐにまるい笑顔になって言う。

 「うち、昔から動物たくさん飼ってたし。犬も猫もウサギも、あとインコとカメもいたかなぁ。だから、普通の人よりもちょっと余計に、動物の気持ちがわかるんかもな」
 「ふうん。そうなんだ」

 納得した僕に、なぜか陸は大笑いした。

 うとうとしてるうちに、下界に降りてきた。外はもう暗くなり始めている。もうそろそろ時間かな。三時間なんてあっという間なんだ。

 時間の流れは一定で、そういう言い回しの意味って、今までよくわからなかった。だけどほんとに『短い時間』ってあるんだと気付く。
 夕暮れの街には、道沿いの並木や店先を飾るイルミネーションが輝き始めていた。

 「あ、」

 思わず呟いた僕に、陸が反応する。

 「なに?」
 「スターバックス」

 珍しいわけじゃないけど――。

 「入る?」

 ふるふる首を振った僕。もう通り過ぎたし、人がたくさんいた。
 もともと僕は空いてるコンビニやスーパー専門で、外食したり、カフェに入ったりなんてしない。ただ、スタバはテイクアウト出来るし、昔、夏に一度だけ、たまたま通りかかったとき空いてたし、喉が渇いていたし、勇気を出して入ったことがある。
 次の交差点に差し掛かったとき、車が急にUターンした。

 「え? わ」

 遠心力で、ドアに張り付いてしまった僕に、陸が謝る。

 「ごめんごめん、今のとこUターンOKやったから、つい」

 そのまま、さっきのスターバックスのテラスの向かい側、反対車線の方に幅寄せして停まった。

 「車停めとかれへんから、買ってくる。何がええ?」
 「キャラメルフラペチーノ」

 冬でもやってるのかな? と思いながらも、そう云った僕に、

 「フラペチーノって冷たいヤツやろ?」
 「いいんだ。車の中あったかいし」

 僕は冬でも、アイスクリームや冷たい飲み物が好きだ。

 「わかった。――あれ? コーヒーだめなんちゃうかったっけ?」

 ドアを開けかけて、陸がふと思い出したようにそう振り向いた。

 「うん。でもあれだけは、大丈夫。コーヒーだってわかんなくて、食べてみたらすごく美味しかったから。前に一度食べたきりだけど」

 「確かに、あれはコーヒーとは思えへんしろもんになってるな」

 そう笑った陸は、信号待ちの車の間を軽やかに駆け抜けて、明るいカフェテラスへ吸い込まれていった。
 冷たくて舌触りの滑らかなフラッペは、コーヒーよりもミルクの味が濃くて、少しほろ苦い後味も、ふわふわのホイップクリームと甘いキャラメルシロップが包んでくれる。
 コーヒーは飲めないけど、キャラメルフラペチーノだけは好き。

 人で溢れた店内。この寒いのに、外のテラス席にも人が座ってる。
 遠目に見ていても、たくさんの「気」が入り混じって、空気が混沌としてる。でも、なんでかな、今日街行く人の「気」は、なんとなく軽やかに見えた。
 しばらくして、人ごみをかき分けて、陸が戻ってきた。他の誰とも違う、桃色の澄んだ柔らかい「気」を纏って。

 「はい」

 白い息を弾ませ、大きな背を屈め、もぐり込むように車に乗り込んだ陸から手渡された、冷たいフラペチーノ。

 「ありがとう」

 陸が微笑む。

 「それと、これ」

 赤と緑のリボンの掛かった、キャラメル味のポップコーン。
 首を傾けた僕に、

 「クリスマスやしな」

 そう言った。

 「今日って……24日だっけ。そっか、クリスマスイブなんだ」

 平日の夕方なのに、なんだか人が多くて、みんな楽しそう。
 イルミネーションも華やかなはずだ。言われて初めて気付いた僕に、陸が、また笑う。

 「ソーヤらしいなぁ」

 楽しそうに、あははってライオンみたいに大きな口で。

 「残念やけどそろそろ送ってくな。返すの遅れて、彼女を迎えに行く時間に間に合わんかったら、もう貸して貰えんくなる」

 人間は、嫌い。
 僕は、誰ともかかわらずに生きていきたい。誰の「気」にも侵されずに、穏やかに。

 借り物の車を走らせる大きな手、透ける薄い色の髪、目立つ喉仏。
 髪型が変わっても、額から続くしっかりとした幅のある鼻筋が、やっぱりライオンぽい。

 人間の男には違いないけど――。
 でも、陸は他の人と違う。
 コーヒーなのに苦くない、甘いキャラメルフラペチーノみたいに。


 ―――fin*

visual basic*1  桃プリン
visual basic*2  チョコミント
visual basic*3  かぼちゃ大王

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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