怖い夢

 すごく懐かしい夢を見て泣きながら飛び起きた。
人生でただ一人愛した人と、いつものように夕焼けが眩しいオンボロ駅で話し合う夢。あの時と唯一違うのは、顔も声も何も分からなくて、真っ黒になっていること。

 その人が言った言葉を嘘にしたくないというだけの理由で自分の生き方を変えてしまうほど愛していた。手が触れたことも、電車で隣に座って目を合わせたことも、自分の方が睡眠時間が短いくせに5時間は寝ていた私に対して「もっと寝てください」って叱っていたことも、よく覚えている。

 でも、どうしてもその声や見た目を正確に思い出せない。
ぼんやりと顔立ちは思い出せるのに、その声はもう全く思い出せない。写真もないから見た目も思い出せない。彼に関する写真で唯一持っているのは、卒業後に訪れた文化祭で彼が描いたと小さく自慢してきたポスターだけ。

 何よりも大切にしてきた記憶が失われてしまうことが、その感覚が確かすぎるのが怖くてたまらない。次は何を思い出せなくなるんだろう。自分で選択して手放した連絡先も、何もかも忘れてしまうのかな。いずれ、あの人がくれた言葉も忘れてしまうのかな。そうしたら、今の私は一体誰になるんだろう。その人が私らしいって思ってくれた私で居たくて、私は今生きているのに。その記憶を失ってしまったら、私はその瞬間に死んでしまうだろうに。

 自分の感情を告げるつもりもなかった。一生墓場まで持っていくつもりだ。いつか彼でない誰かを愛する可能性もある。でも、私にとって一番失いたくない記憶は彼との記憶なんだと思う。上書き保存できない恋心は厄介。7年くらいは経つのに一切色褪せようともしない。思い出すだけでなんとなく泣いてしまいそうにもなる。

 行き場のない感情は今後も私が死ぬ瞬間まで引きずって連れていくつもりだけど、これはほんの少しの弱音。


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