【ラブホという場所の裏の顔4 いろいろな世界】

ラブホテルの清掃の物語。

私が仕事をしていたラブホの1室には、「真珠貝のバスタブ」がありました。
決してホタテではなく、真珠貝です。
床の部分が、真珠貝の如くウネウネと曲がった形をしていて、清掃のたびに洗剤をかけて、裸足で移動しようとすると、必ずというほど足を滑らせるようなものでした。

どこも同じだったのですが、部屋の清掃に入ると、必ずテレビを点けて、音量を大きめにして、その音声を聞きながら清掃作業をしておりました。

そんなある日の1994年7月。
いつものように作業をしようと部屋に入ると、部屋のベッドにお兄ちゃんが肘枕をして、横になりながらテレビを見ていました。
何を見ているのかとテレビを見ると、先日亡くなった北朝鮮の金日成の葬儀の様子が映し出されておりました。
「金日成ですか?」と私が言うと、お兄ちゃんは「そう」といました。
そしてお兄ちゃんは「世界には死んだほうがいい人がいる。この人もそう」と続けました。
私が「ネ・ウィンはまだ生きてますか?」と聞くと、お兄ちゃんは「まだ生きてる」と答えました。
私は「確かにそうなのかな」と思いながらも、北朝鮮につては劇的に政権が変化するわけでもないので、あまり期待はできないと思っておりました。

そして、またある日、詰所にチャイ君の友人が遊びに来ていました。
その友人は1冊の本をチャイ君に渡して帰っていきました。
私はミャンマーの本など見たことがなかったので、大変興味があり、チャイ君に見せてもらいました。
その内容は、右ページに五線譜が書かれて、左ページに現地の言葉で歌詞と思われるものが見開き1ページに書かれているものでした。
「歌の本ですか?」と私が聞くと、チャイ君はちょっと複雑な微笑みを浮かべて「はい」と言いました。
その本にはカバーが掛けてあったので、興味がある私はそのカバーを外してみました。
するとその表紙の部分にアウンサンスーチーさんの写真が貼ってありました。
「アウンサンスーチーさんですか?」と言うと、チャイ君は驚いた顔で「知っていますか?」と言って、嬉しそうにニコニコしていました。
その当時は、アウンサンスーチーさんは、軍事独裁政権に幽閉されている時代でした。
日本に来ているミャンマー人は、自国のことを思い、様々な形で情報交換をしているんだなと思いました。

時間はさかのぼって、そんな年の4月、細川護熙元首相が辞任することを、真珠貝のバスタブ清掃中に聞きました。
私は手を止めて、テレビの記者会見に見入り、ひと段落すると複雑な気持ちで作業に戻りました。

偽の歴史を作り上げて、世襲体制と恐怖政治で権力にしがみついた男。
クーデタで軍事独裁政権を作り、その権力を後ろ盾にする男と、現在ではいろいろと問題はあるものの、その男たちに幽閉され、当時は世界の「自由の象徴」であった女。
そして文芸春秋に論文を書き、ニュースステーションで久米宏に「このような人が首相をする国を見てみたい」と言わせる、いわゆる「椿問題」から、あれよあれよという間に首相になり、佐川急便との問題が表面化した時点であっさりと首相を辞任する男。
これらを考えると「世界は言うまでもなく、色々あるんだなぁ」と思わせてくれます。

それにしても、真珠貝のバスタブは余計だと思います。
滑って危ないし。

本日はこれまで。
それでは、また次の機会に。

私の雑文は、以下でまとめて読めますので、ご興味のある方はどうぞ。
https://note.com/sababushi1966
よろしくお願い申し上げます。


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