行政でアジャイルはできるか -緊急時情報システム構築を例に

地方自治体の行う発注は地方自治法の縛りを受けるというのは、意外に外の方にはわかってもらえないことのひとつです。地方自治法では「競争入札」が原則なので仕様ベースの確定契約が普通だし、「よし!君に決めた!」とモンスターボールを投げるようなことは基本的にあり得ない。
どーしてもここじゃなくちゃダメ!みたいな時、横浜市の場合は「単独随意契約理由書」というものを作成して発注するわけですが、この理由付けはめちゃくちゃハードルが高い…。

という仕組みの下で、アジャイル開発なんざ到底無理なわけで、とはいえ試行錯誤の連続でしかいいシステムが生まれないのも確かなので、どうにかならんもんかと思っていました。

そんな中で施行されたとある条例が、その問いに答えをもたらし、金沢区における私の2つ目のシステム構築事例を産み出しました。

そのシステムの名は「金沢区緊急時情報システム(サービス名:5Co Voice)」

機能としては、KDDI系のグループ会社が提供する「Twillio」というAPIを活用して、テキスト文字を音声に変換し、ネットから一斉に電話に発信するという実にシンプルなものですが、すごいポイントをあげると
1 )自由にテキストを打ち込んで発信音声を作ることが可能
2 )1秒/回という高速な発信速度によって数百人単位でも数分で発信が完了
3 )双方向(ダイアルを使ったアンケート機能が可能)
4 )アンケートは管理パネルで集計される
という感じです。

詳細はこちらのWebサイト

すごいと思いませんか??

えっ、思わない?
ちょっとあとで体育館裏来てくださいw

----閑話休題

このシステムを提案してくれた黒田千佳さんとは以前から顔見知りで、事業構想大学院大学を卒業されたことや世界銀行ハッカソンに参加されて「Save the baby」というプロダクトで東京会場の最優秀賞を取ったことは聞き及んでいました。

そこでFacebookに投稿されていた「Save the baby」の概要を見たところ「音声電話を使って一斉発信を行う」というキーワードが私のセンサーにビビッと反応。
これ絶対使えるやつでしょと確信し、すぐさま黒田さんをランチに誘って詳しい話を聞いた後に当時の区長に話したところ、想像通り「これは面白い!」と。

そのあとはどんなジャンルで使えるかなどを検討して、元々のアイデアである子育て支援から防災活用にシフトして、さぁどう実装していこうかという段階になった時に登場したのが前述の横浜市市民協働条例でした。

本条例は平成24年度に議員提案によって施行された条例です。
それまでも横浜市には市民活動推進条例というものがあったのですが、割と理念的な要素が強く、具体的な活動に結びつける要素が弱めでした。
例えば市の役割としてはこんな感じに書かれています。

第6条 市は、市民活動を推進するため、情報及び活動場所の提供並びに財政的支援等、予算の範囲内で適切な施策を実施するものとする。

うーん、これでは市がどんな役割を担うのかさっぱりわからない…。
というような反省がきっとあったんだろうと思いますが、平成24年に議員提案による「横浜市市民協働条例」が施行されます。

この条例の特徴としては、市民や民間企業などの皆さんが横浜市への協働事業提案を行う機会を提供していること(第10条)、双方の合意により協働事業を始めるときに「協働契約」を締結することとし、役割の明確化と費用負担についての明確化を図ったこと(第12条)などがあげられます。

これなら予算さえなんとかなってしまえば「条例に則って」システム構築ができるじゃないか…!
常に説明責任を求められる我々には願ってもない状況…!

しかも「協働」で行うということであれば、かなざわ育なびnetの時と同じ轍を踏まずに済むかもしれないと思いました。

どんな轍かというと、うっかり委託で作ってしまったために行政財産の縛りがかかってしまい、横展開が非常に難しくなったということです。
個人的には育なびnetのソースを オープンソースにしてGithubで公開したいと思い、財政局などに折衝を行なったのですが、石塚あるあるで誰もやったことがないことに突っ込んでいるため、だーれも判断ができずに結局頓挫したという苦い経験があります。
市民の税金で作っているものを無料で公開して、市民の財産を毀損した!と言われたらどうなるという事が議論の中心でしたが、当時実際にそういう事案が別の局で発生していたこともあって、さすがに慎重にならざるを得ないという状況で、泣く泣く諦めたのでした。
結果的に生年月日と郵便番号で検索するタイプの子育て支援ポータルは、全国津々浦々で「再生産」されていって、しかもどんどん開発費レートが上がっていくという状況に。
私が最後に見たやつは2000万とかで、元祖育なびnetの約10倍近く。
あー、オープンソースに出来てればこんな負担をそれぞれの自治体の住民がしなくて済んだのにと忸怩たる想いでした。

そのため、緊急時情報システムを作る時の契約としては、システム構築部分は提案者側で負担してもらい、区は検証協力(フィールドの提供とその調整)および検証時のサーバ稼働のための負担金を支出するという役割分担で契約を締結しました。

区(行政)が構築部分に費用を入れていないので、できあがったシステムは提案者のみが著作権を保有し、横展開が自由に行えます。
一方で区は検証段階でニーズを反映してもらうことができて、より安価に必要な機能を手に入れることができるという「win-win」の状態にできました。

検証は金沢区内の保育園約30園に向けて実際にシステムからの発信を行なった上で課題等を拾い、発信データと合わせてシステム側に引き継ぐという方法で進めました。
毎回の発信では想像以上に示唆に富む検証データを取得して、効果の高い改修に反映することができ、結果的に平成27年2月に無事リリースされることとなりました。

予想通り今では横浜市内13区と東京都足立区の「あだち安心電話」などいくつかの自治体に横展開されて、災害対応にご活用いただいています。

ここのところずっと「やっぱり土台がしっかりしてないところに建物を作っても、結局は下から崩れていくだけだな」というのをつくづく感じておりまして、最近はもっぱら土台部分を作る方面を頑張っているのですが、イメージとしてはこの市民協働条例だったり、技術部分に関して「アナログな合意」が取れる仕掛けなんかが必要だよなと。

デジタルファースト、Govtechなどの動きが活発化しつつある中で、同様の事例は増えてくると予想されますが、改めて土台つくりを頑張らないといけないなぁと思いました。

【オープンソースについての追記】
オープンソースにする方法はなかったのかと聞かれたのでお答えしますが、ある事はあります。
ただし、財産としてまるっと手放せないので、そのためにはオープンソースプロジェクトのオーナーシップを行政側で取る必要があります。(徳島県さんは確かそんなやり方をしていたかと思います。)
具体的には、利用申請やプルリクエストの処理、公益利用に限るなどある程度の条件設定をせざるを得なかった場合のチェックなど、様々なバックオフィス的業務を飲み込める体制が作れればできますが、区役所の体制ではそれは無理だろうと判断してやめました。(私が永遠に異動しないなら別ですが)
というか、いずれそういう世界が来るはずなので、それまで待とうと思い、育なびnetの光の部分とあわせてこの事に言及し続けています。