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今だからこそ考えてみたいシリーズ

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ジャッキー・チェンがなぜハリウッドで成功したのか?アメリカへ挑戦した作品と共に、自分なりに考えてみたいと思います
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2021年8月の記事一覧

⑧今だからこそ考えてみたい。ジャッキー・チェンがハリウッドで成功したわけを。

こちらの記事の続きになります。 1987年にニューヨーク映画祭で「ポリス・ストーリー」が特別上映されました。 って事は、この時点でアメリカの映画関係者や超超超超コアなファンには、ジャッキー・チェンの名前がある程度知られていた事になりますね。 今回は少し話が進みまして90年代になります。1980年にジャッキーは「キャノンボール」という映画に出演した話を書きましたが。当時でもスタントマン出身の監督さんというのは珍しい存在だったようです。 ジャッキーが初めてスタントマン出身

⑦今だからこそ考えてみたい。ジャッキー・チェンがハリウッドで成功したわけを。

見出し画像は わたなべ - 渡辺 健一郎 // VOICE さんの画像を使わせて頂いております。ありがとうございます。 さて。「ポリス・ストーリー」でアジアを沸かせたジャッキーですが次のアメリカ進出までに色々ありましたね~。 まずは興味がなくなったはずの場所から興味を持たれた話。 ポリストが公開された後、ゴールデン・ハーベストを訪れた俳優さんが1人いました。 「キャノンボール1,2」で共演したバート・レイノルズ。 その時にジャッキーと対談して「ポリス・ストーリー」「

⑥今だからこそ考えてみたい。ジャッキー・チェンがハリウッドで成功したわけを。

「プロテクター」の次にアメリカ進出した作品は「レッド・ブロンクス」ですが、この作品を語らないわけにはいかない!! 前回はこちらの記事になっています。 「プロテクター」が公開された時ジャッキーは、もうアメリカの市場には興味がなくなったんですよね。もしも、次があるとしたら、今度こそ、他の人が歩んだ道をなぞらない。ブルース・リーも、クリント・イーストウッドも偉大な俳優だが、模倣の対象、あるいは越えようとする対象として、彼らをとらえるべきではない。いつか、世界的に成功する日が来た