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【短編小説】 もう一つの金曜日


 浜田省吾さんの歌 
 ”もう一つの土曜日”
 誰かの都合の良い女と片思いの男。

 それが歌われた頃は、週休二日制を大手企業が採用し始めていた、昭和。
 携帯電話など無く、一人暮らしの女性でも固定電話回線を契約していた、昭和。
 一人暮らしの住む処はアパートで、セキュリティーなどまだあまり無い、昭和。

 そして今は令和。

 「こんばんわぁ~、春香でぇ~すっ。ご無沙汰。」
 夜も更けた金曜日の夜、スーパー岩下商店の入り口に、酔っ払っているのだろう女性が、千鳥足で入って来た。
 「いらっしゃいませっ!、、ってか春香ちゃんか、っつうか先週も来てたじゃん。」
 レジ係の中年の女性が笑いながら、迎える。
 「一週間のご無沙汰でしたっ。今夜の春香は酔っ払ってますっ。飲みたい気分なんです~、お酒下さいっ。」
 「ダメよ、春香ちゃん。もう随分と飲んでるでしょ、今日は止めときなさいよ。」
 「え~、、、良いじゃん。失恋したんだもん、今日くらい良いじゃん。」
 「失恋したんだ、、、じゃあしょうがないね、持っといで。」
 春香、お酒コーナーから酎ハイやカクテル、珍味を幾つかレジ篭へ入れレジへ向かう。
 「春香ちゃん、帰ってから飲んでも良いけど飲み過ぎないのよ。身体壊すから、、、、あ、そうだ。帰り道危ないから送って貰おうか。」
 「誰に~?、、、えへっ、専務さ~ん?」春香の顔が笑ってる。織り込み済みだった様だ。
 「今呼んでくるから待っててね。」
 レジの女性が笑顔で、バックヤードへと向かった。

 「専務、春香ちゃん来てる。ちょっと酔っ払ってるから送ってってやってよ。」
 バックヤードの一角に仕切られた店長室。パソコンに向かい難しい顔をする中年男性がいた。
 「あ~、春香? なんで俺が送んなきゃいけないんだよ。もう大人じゃん、一人で帰らせろよ。」
 「酔っ払ってるのよ、足元おぼつかないからさ、、、それに夜道で暴漢に襲われちゃヤバいじゃん。」
 「暴漢って、、、俺が暴漢になるかも知んねえじゃんか。」
 「そこは好きにしなさいよ。昔はくっついてたんじゃないの?」
 「くっついてません。清廉潔白です。お生憎様。」
 「まあ、どうでも良いけど送ってってやってよ。」
 「・・・・・・ハイ、ハイ。分かりました。」

 岩下一登 スーパー岩下商店の専務取締役店長。
 売り場との仕切りドアを開け、サッカー台にもたれ掛かる春香の元へと向かう。
 「おう、春香。送って行くわ、、、確かに酔っ払ってんなぁ~、フラフラじゃねえか。」
 頭や上半身がゆらゆらと揺れる春香に、岩下は声を掛けた。
 「これはこれは専務さん、、、ご無沙汰です、頼んます、、、、ウプッ。大丈夫です、、、多分。」
 「何が大丈夫だよ、、、、送ってってやっから今日はもう飲むな。」
 「ハイッ、承知しましたっ!、、、ってか、乾杯~イ。」

 スーパーを出て歩き出す二人。当然春香は千鳥足でおぼつかない。
 「・・・・・ふう~、、、おい春香、乗れ。」一登、春香の目の前でしゃがみ、両手を腰の後ろへとまわす。
 「やった~、久しぶりだねぇ、、、、4年前かな最後って。お邪魔しま~すっ。」
 春香、一登の背中へと身を預ける。一登、「よっこいしょ~いちっと。」の掛け声を掛け、立ち上がる。
 「それだそれだぁ~、横井庄一、、懐かしいなあ、、、専務の背中も。」
 「それよりお前、もっと足開けよ。」
 「えっ、嫌だぁ~、、、道の真ん中で股開けって、エッチっ!」
 「誰が股開けっつった?、足を開けって言ったんだ。足真っすぐのままだと両手がお前のケツを抱えるだろうが。」
 「だってぇ~タイトスカートなんだもん。これ以上開くとパンツ丸見えになるじゃんか。」
 「…分かったよ、一旦下ろすぞ。」一登、腰を落とし春香を下ろす。そして着ていたブルゾンを脱ぎ、春香の腰に両腕の袖を後ろから回し、それを縛る。春香の腰にブルゾンを着せる格好になる。
 「これでスカート捲れても見えねえべ。それで乗れ。」
 「へぇ~凄~イ。専務、あったま良~い、、、いっつもそれで女の人、口説いてんの?」
 春香はそう言いながら、巻きつけて貰ったブルゾンの中のスカートをたくしあげる。黒いパンストに白っぽい下着がうっすらと見える。一登、目をそらす。
 「んな訳ねえじゃん。おんぶとかやんねえし、したことあんのお前ぐらいだし。」
 「え~、おんぶされる女って私だけ?、、特別じゃんっ。愛人確定~イ。」
 「……なんでそうなる。良いから乗れ。」
 一登が春香の前にしゃがみ、春香が「はぁ~い。」と言いながら背中に乗った。今度は大きく足を開いていた。
 一登は左手でわき腹にある春香の太ももに腕を当て、自分の右ひざに右手を押し当て乗せたまま立ち上がり、右腕を右太ももへと当てrる。お尻の下で両手を繋ぎ合わせる。
 「専務~、寒くない?ブルゾン取っちゃって。」
 「いやあったけぇ~、、、春香の体温で背中がホカホカだわ。少しは胸、大きくなったのかよ。」
 「あ~セクハラだぁ~、セクハラ上司だぁ~、内部通報制度で通報してやろぉ~、、、ってかうちの事務所にはそれが無くって、顧客から通報受け付けてんだよね、、、
 なんで作んないだろうな~って思うんだけどね、ほら所長が昭和じゃん。やりたい放題したいんだよね。それを見てさ~、他の人も調子こいて悪ふざけするんだよね~、、、
 私に人権無いのかよって思うよね、、、さんざん人権がぁ~とか被疑者にも最大限の配慮が必要だぁ~って言うくせにさ、、、、」
 「……」
 「ほんで、小間使いばっかしさせるんだよ。しょうがないんだけどね、、、弁護士の先生が4人で、パラリーガルが二人しかいないんだもん、、、
 二人辞めちゃってさ、、、一人は忙しすぎて精神病んじゃって、もう一人は条件の良い事務所へ引き抜かれてさ、、、、どんくさい私はどこからも声掛かんないし、、、、
 優しいのは一樹先輩だけだと思って、、、、一生懸命応えたんだよ。健気だよね、私って、、、、でもさ、一樹先輩って彼女いるんだってさ、、、いないよって言ってたのに、、、、他にもセフレもいるんだって、
 ほいで私に三番目でどう?ってさ、、、、うんとは言えないじゃんか、、、お願いしますって言えないじゃん、、、、、、
 本命は無理って分かってるし、セフレが一日中同じ職場ってのも、、、どんな顔すればって話じゃん。演技なんて私は無理じゃん、、、、
 私、どうしたらいいと思う?、、、、、、、ねえ、専務~ぅ、、、ねえ~聞いてる?、、、耳くそ詰まって聞こえないの~?」
 春香、右の小指を一登の耳に突っ込む。
 「コ、コラ~、詰まってねえよ、聞いてるよ。どう言えば良いんだ?、、、春香は悪くないよ。とか酷い事務所だね。とか、、、か?」
 「知らないくせに、、、私の事とか事務所の事とか全然知らないくせに、、、」
 「もぉ~、、どうせいっちゅうねんっ。」
 「何にもしてくなくって良いの、、、聞いてくれるだけで良いの。後は自分でどうにかしなくっちゃいけないんだもん。早く一人前になって、専務に借りたお金、返さないといけないしね。」
 「……ああ、、、どうにかしろ。どうにかできるのは、、、、自分だけだ。」

 「うん、どうにかする。」


 「ねえ、専務、、、初めておんぶされたのって2年目の忘年会の時だったですよね、覚えてます〜?」
 「覚えてますよ、、、春香から告られましたから、、、、俺の事、可哀そうだからって、婚約者に捨てられてどうにかしてあげたいって思ったって、寄り添ってあげたいって、、、マウント。ありがとうございました。」
 「マウントじゃありませんよぉ~、本当に慰めてあげたいって思ったんです~、、、この胸で抱きしめてあげたいなぁ~って、、、」
 「それはそれは、、、その豊満な巨乳で抱きしめて貰えたら、裏切られた思いも吹っ飛んじゃうほど、嬉しくなりますわな。」
 「ど、どうせ貧乳ですよ、微乳ですよ、Aカップのパッド増し増しで誤魔化してますおよ~っだ。しょうがないじゃん、豊胸手術するにもお金要るし、、、グスン。」
 「嬉しかったよ、ありがとな。女なんて信じらんねぇ、俺は男として半人前かもってちょっとは思ってたけど、二十歳の小娘に真正面から抱けって言って貰えましたからねぇ、、、前向きにはなれましたよ。」
 「でも、、、抱いてくれませんでしたよね。せっかく取っといたのに、、、、この人ならあげても良いかなと思える人にあげようって思ってたのに、、、専務ったら、、、、フンだっ。」
 「そりゃ女の子の大事な問題なんでしょうが、、、処女の人にとっては一生を左右する事なんでしょ、、、捨てられた男には勿体無くてさ。」
 「……そこまでじゃなかったんだけどね、、、、変な人とかクズな人にはあげたくなかったし、、、、専務さんカッコよかったし、優しかったし、好きだったし、、、」
 「田舎から出てきた純朴な色黒少女、、、だったしな。」
 「高校の部活で日に焼けた黒んボは、、2年もすれば色白な可憐な女になってたんですけどねぇ〜、、、」
 「手を出してはいけない対象でしたから、、、、」
 「手を出して良い対象は何なんですか?、、、アパートの前で私を下ろして、そのまま帰ってっちゃった人の対象は、、、」
 岩下、春香に悟られない様に声を出さない様に笑う。

 「あの頃、専務って浜田省吾好きでしたよね、、、もう一つの土曜日とか、、、」
 「ああ、今でも好きだよ。スポティファイで良く聞いてる。」
 「カラオケで歌った後、考察とかツッコミ入れてましたよね。あれ私、面白くって好きでした。」

 −−−−−−

  女と男の関係はなんなのかな?
  男の仕事は、自動車整備工、クリーニング屋酒屋とか地元に接する仕事だな
  女はOLで、その彼氏は男と友人で紹介されたことあり、だから顔見知りだな。

  女と男は不倫関係、もしくは身分が違い過ぎるか遊びだよな。今で言うセフレ。

  女と彼氏がまだ別れていないのに、その男と夜に出掛けるのは危険だよな
  出掛けた事を彼氏に知られたら疑われるぞ、女の浮気として取られるしな。男はそこまで気が廻らないんだな

  いきなり指輪を送るとは、、、
  指のサイズはどうやって知ったんだよ
  男はその手口で、いつも女を口説いてるのかな
  ヤリチンじゃねえか

−−−−−−−−−−−−−−−

 「いつか浜田省吾さんに訴えられますよ。その時の弁護は我が事務所へ御相談下さい。」
 「考えときまっさ~。」

 街灯が灯る夜道。OLスーツにブルゾンの腰巻の若い女性。薄笑いで女性をおんぶする中年男性。
 女性は信頼しきっているのか、両腕を中年男性の首元へまわし、片手でもう片手の腕首を掴んでいる。
 警戒心が残っているなら、両手を肩へ乗せ顔は背中から離すはずだが、ぺったりと頭を預けている。

 「春香~、今年の司法試験、どうだったんだよ。……って言うか、聞くまでもねえか?」
 「今年は申し込みすらしてない。忙しくって勉強する時間取れないって最初っから諦めてた、、、5回受験して、、、全然ダメ。私って才能無いんだなって思うんだ。
 去年なんか、試験に集中するには事務所を辞めるしかないって思い詰めちゃってさ、そしたら病んじゃった人に先越されて、、、
 今年の初めにいざ実行って思ったら、一人が別の事務所に移るって辞めちゃうし、、、、、
 そしたら先生達って私を煽てるんだよね~、今日は着てるスーツ良いねぇとか、今日は一段と可愛いねぇ~とかさ、、、、昨日と一緒だし、誉められると木に上るタイプだし、私。」
 「これからどうすんだ?」
 「何もかも止めようかな~って、、、才能無いし、、物覚え悪いし、、相手にゴマをスルの好きじゃないし、、、、いっそ誰かお嫁さんにしてくれないかな~ってね。 婚活サイトにでも登録しようかな、マッチングサイトかなって最近思うんだよね~」
 「……私って才能無いのって奴に、嫁さんになられても相手、困るわな。そんな奴は、セフレでも有難いって思わないといけないんじゃないか?」
 「あ~、専務って一樹さんの味方しちゃうの? 酷~い。」
 「一樹って男の前でも 私ってダメなのとか言ってたのか?そりゃそうなるわ。」
 「……だって、、、だって、、、しょうがないじゃんか。そういう奴なんだもん、私。」
 「ま、春香の事は春香でどうにかしろ。好きにすれば良いよ、、、ただな、、、」
 「ただ、、、何よ。」
 「後先考えずにこうなりたいって、がむしゃらに頑張ってる春香は、、、、男前だったよ。男っぽいって意味じゃなく、カッコよかったよ。」
 「……」
 「あの頃の春香は、、、3年生の時だったよな。司法試験に注力したいからバイト止めたい、でも生活できないからバイト止められない。だから、睡眠時間を削るの。それしかないわってさ、、、
 才能があるのか無いのか分からない、でも志はある。そんな春香に俺は、、、金を貸したんだ。年収一千万を超えたら、返し始めろってね。」
 「……」

 「ほい、着いたぞ。下りろ。」
 「え~、部屋まで送ってくんないの~、ベッドまで運んでくんないの?、、、あっ、そうか、意識失くしてなきゃいけなかったんだわ。   Z Z Z 」
 「今更遅いわ、さあ下りろ。」
 「ハァ~イ、ありがとやんした。これありがと。暖かった、ブルゾン。」
 「じゃ~な、おやすみ。」
 一登、今来た道を引き返そうと歩き出す。
 「ねえ、専務、、、パートタイムでまた雇ってくれる?、私の事。」
 その背中へ、春香が声を掛けた。
 「うちは年中募集中です。履歴書持参、事前連絡の上、お越しください。」
 「週、4日勤務でも良い?午後とか夕方からでも良い?」
 「昼間は主婦パートなんで、夕方からの方がこちらも有難いです。」
 「試験の直前は、、、休んで良い?」
 「数日前までに申告して下さい。調整します。」
 「分かった、、、じゃあ。」

 「ねえ、専務っ!」
 声の届かない距離になろうかとする時、春香が叫んだ。
 「来週の金曜日イ~! 海を見に行こうって誘ってよっ!  友達のおんぼろ車、借りてさっ!」
 「……」一登、振り返り春香を見る。そして、
 「自前のおんぼろ車で迎えに行くわ~! 時間はまた、ラインする~っ!」と大きな声で返した。
 春香、笑いながら手を振る。一登、手を一度挙げて、また歩き出す。

 数歩歩いた一樹が、振り返る。
 「こんな真夜中に、大きな声を出すもんじゃないよ~!」と一声。
 「はいっ! 専務もねっ!」

 閑静な住宅街の深夜、もう一つの金曜日の約束をした、男と女。

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