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【短編小説】 四月の墓参り


 春、4月半ば。
 健一は、水を張った圃場にトラクターに乗り、耕運作業を始めていた。
 このトラクターのキャビンは、アクリルで運転席が覆われておりエアコンも作動している為、暑くも寒くもない。
 ただ健一はその中でもサングラスと大きな黒いマスクをしている。
 水面から反射する太陽光から目を守るサングラスは欠かせない。
 花粉症対策と顔の傷を隠す癖から、マスクは日常的に掛けている。
 花粉症と言ってもスギ花粉ではない。4月に入り浮遊するのは雑草の花粉だ。
 健一に症状が現れるのはどの雑草かは分からない。
 4月この時期に必ずくしゃみや鼻水、目のかゆみが健一を襲う。ほとんど見えていない左目も痒くなる
 秋は秋で、刈入れ時に浮遊する籾の産毛に健一は反応する。
 田植えと稲刈り時期にアレルギー反応が出る百姓など農業をする資格など無いのかもしれないが、それでも健一はこれを生涯の仕事と決めている。

 健一の顔には左目の上、おでこから瞼、鼻の上から右の頬に掛けて切り傷がある。
 13年前の中学3年生の時に、事件に巻き込まれ負った傷。
 傷が塞ぐ際に多少のずれがあり、左右の顔の配置に違和感が残る。
 人が見ればその違和感と傷で、”危ない人”の印象を相手に与えてしまう。
 本人は至って温和で引っ込み思案な性格。
 健一は強く自己主張など出来ない性格なので、初対面の人達への恐怖や不安は出来るだけ与えないようにと、サングラスとマスクは欠かしたことが無い。

 その健一のいる圃場と農道を挟んだ山寄やまよせに、一台の車が止まった。
 中からカーキ色のジャケットを着、ロングスカート、スニーカーを履いた女性が降りてくる。
 女性は車のドアを閉め、しばし健一のいる圃場へ目をやった。明らかに健一の乗るトラクターを見つめている。
 健一、自分を訪ねてくるお洒落な女性など、心当たりはない。
 単なる農作業の見学かと思い、意に介さず作業を続ける。
 女性は林の方へと歩き出す。その先には獣道があり、そのまま入ってもあるのは墓所だけのはず。
 女性の手には菊の花が、数束抱えられていた。
 その墓所へ行こうとする人など一人しかいない、、、と健一は思う。
 【帰って来たのか、沙也加、、、】
 健一、トラクターを農道まで寄せエンジンを切り農道へと降り立ち、胸ポケットから煙草を取り出し、一服して待つことにした。

 暫くして女性が車に戻って来た。
 農道沿いに停まっているトラクターに気付くと、真っ直ぐ歩いてきた。
 見た事の無いような美人だった。垢ぬけている。沙也加だと思っていた健一は困った。自分の知らない沙也加の親戚なのかもしれないとも思った。
 「健一、、久しぶり。」その女性、名前を呼んだ。
 「あ?、、、誰?、、、沙也加か、、、、」
 「そうよ、沙也加よ。誰だと思ったの?」
 「どっかの親戚、、、俺の知らない、、、」
 「変わったでしょ、私。別人でしょ、、、かなり課金したの。」
 「そうだったのか、、、その声はやっぱ沙也加だ。課金したって、、、」
 「整形したの。10年かけて、、、、骨も削って歯を引っ込めて、、、」
 「す、凄え、、、ア、、、アハハ、、、凄えやお前、本当に凄えわ」
 「お褒めに預かり光栄です。ねえ、、、時間ある?、、、お仏壇、参らせて。」
 「ああ、いいとも。」

 健一、直ぐ横にある自宅へと歩き出す。沙也加は車から花のアレンジメントと紙袋を取り出し、健一の後に従った。

 仏間に続く客間の座卓の前に座る健一。
 「元気だったか?沙也加、、、3年前に電話が来たきりだったし、」
 「うん、元気だったよ。あん時はありがと、、、ようやくさ、取り壊しできるだけのお金、出来たから、、、」
 「突然、家壊しに行って貰うから立ち会ってよってさ、、、中にある物全部、ゴミで持って帰って貰えるし、ってさ、、、驚いたよ俺。」
 「ごめんね、前もって話してればよかったよね。目ぼしいものあげても良かったし、、、確かめたんだ、警察へ。あの家、壊して良いですかって、、、
 そしたら警察ってさ、家庭裁判所に聞けって言うんだよ~、、、盥回たらいまわしだよね。」
 「3年前って、、、、おじさんの執行日か?」
 「そう、、、あの家をどうこうする事出来るの私だけになったのよね。決めてたんだ、、、刑が執行されたらそうするってね。」
 「中にあるもの持ってっていいよって言われてもさ、、、なんか縁起悪いし、何も持ち出さなかったよ。」
 「そりゃそうだよね。3人死んじゃった家だし、健一にも取り返しのつかない怪我追わせちゃったんだもんね、、、、何か金目のものあれば健一にって思ったけど、、、そうだよね。」
 「もうこれで沙也加にはもう会えないのかな、、、そん時思った、、、、良く帰って来たな、沙也加。」
 「13年、、、これで区切り。自分への課金も一区切り、、、」
 沙也加、穏やかな顔で笑っている。
 その顔を見て健一も、微笑んだ。
 マスクもサングラスも外した健一の顔を見て、沙也加は直ぐに目線を落とし、
 「これさあ、、、受け取ってよ。」沙也加は持参した紙袋から大きな封筒を出し、座卓の上に置き賢一の前へと滑らせた。
 「ん?、、、何、、、、」
 「お見舞い、、、こんなもんじゃ済まないと思うけど、、、私の気持ち。」
 「金か、、、、要らねえよ、持って帰れ。」
 「それじゃ私の気持ちが収まらない。ねえ、受け取って。」
 「第一、お前の責任じゃねえじゃねえか、、、お前の親父がした事だけどさ、、、お前は何も悪くねえし。」
 「助けてくれたし、、、私を守ろうとして切られたわけだし、、、」
 「男が女子供を守るのは、、、当たり前だろ。」
 「そう言うの、、、古いし、、、、」
 「アハっ、古いも新しいも無いんじゃねえの、そう言うのって」
 「いいからさ、受け取ってよ。」
 「……じゃあ一度仏壇へ供えるわ。俺へのじゃなく、親父へのお供えとしてな。」
 健一、目の前の封筒を掴み仏壇の前へと移る。お供え台の上にあるものを畳に下ろし、そこへ封筒ごと置いた。
 ”りん”を一度鳴らし、手を合わせる。
 ”りん”の音色が静まるとその封筒をまた持ち、座卓へと戻った健一。
 「お前に渡せってさ、、、、お前、これからも一人で生きていくんだろ。その為に持っておけってさ。」
 「……健一にはそう聞こえたの?」
 「ああ、」

 【沙也加は相当無理して金、稼いできたんだろうな、、、、普通の仕事じゃ、取り壊しの費用やら整形、この見舞金なんか工面出来ねえだろう。
 どんなことして来たかは想像はつく。身体を張って稼いだんだろうし、、、男へ貢ぐ事もしなかったのかもな、、、】

 「こんな私の金は受け取って貰えないのか、、、しょうがないね。」
 沙也加、少し捻くれた様に言った。
 「バカやろう、祝い金だと思えよ。生き直そうとして、別人のようになったお前へのお祝いだよ。この捻くれもんが。」
 「ウフっ、こんな私でも叱ってくれる人、まだ居たんだ。なんか嬉しい。」

 くすぐったくなるような会話をする二人に、開け放たれたサッシの戸から優しい風が吹いた。
 穏やかな顔で、二人は微笑んでいた。

 事件は13年前に起きた。
 沙也加の父英雄が、母真奈美と祖母、健一の父純一を包丁で刺し殺し、沙也加に襲い掛かろうとするところを健一が身を挺して守った。
 どうしてそうなったかは当時、賢一と沙也加は分からなかった。
 健一の母梓は刺されずに済んだ。しかし事件直後に錯乱状態に陥り、施設へと入所した。
 英雄は、騒ぎや悲鳴を聞き付けた近所からの通報で駆け付けた警官に逮捕された。
 数か月間の間、この事件は世間の注目を集め雑誌やテレビの取材で小さな町はごった返す。

 沙也加は保護施設へ一時預かりとなり、名字を替え他県の中学へ転校、その後高校へと進んだ。
 高校卒業後は、東京へと出た。
 健一はそのまま中学を卒業し、地元の高校へと進む。
 健一の場合、顔の傷が相手への威嚇となり、誰からもちょっかいを出されず、演技で脅迫すごんで見せると誰もが賢一に従った。
 引っ込み思案で臆病だった賢一は、何事もなく高校時代を過ごした。
 しかし卒業後、どこへも就職できずにいた。顔の傷が影響したのだった。

 自宅でグタグタしてる時に地元の農業法人から声が掛かる。
 「大型農業機械のオペレーターになれ。どんな機械でも使い熟せ。ワシらはもう歳だ。お前に任せるから。」と年長者から頼まれたのだった。
 事件の事も顔の傷の事も知っている地元の老人たちは、昔の事は根ほり葉ほり聞かず、賢一の農作業や農業機械操縦にに対し、感謝や礼までしてくれる。
 健一はその状況が心地良かった。
 事件から後、ほぼ一年間くらいの報道で、誰よりも詳しくなったのは、地元の老人達だったようだ。
 実際に、健一沙也加の両親の事を知る人達からの話題。知らない情報はテレビや雑誌、ネットニュースが補う。
 事件の背景にあった事。何故あんな惨劇になったかの答え合わせを地元の老人たちは出来ていたのだった。
 その上で、健一を迎え入れ、役割を与えたのだった。
 そこには本人しか知り得ない新しい何かを期待していたかもしれないが、健一に直接相対すれば老人たちは遠慮がちにはなる。
 むしろ、賢一の方が何故あんな事になったのか知りたがった。
 2,3年もすると、健一からも老人達からも話が出始めた。

 「俺の両親とおじさん、、、どんな事があったんすか?」
 その年の稲の借り入れがすべて終わり、地区の人や農業法人が集まる食事会で健一は隣に座った近所のおばあさんに尋ねた。
 「4人は高校の同級生でな、仲は良かったよ。よう手を繋いで帰ってたし、休みの日には自転車でどっか行ってたし、、、
 卒業して働き始めると、英雄は仕事が長続きしないし梓は実家の暮らしの為にスナック勤めをし始めたんよ。
 純一と真奈美さんは直ぐにでも結婚する様な仲睦まじい姿を見せとった。」
 「親父と沙也加のお母さん、、、付き合っていたんですか?」健一は、それぞれパートナーが入れ替わった事が気になった。
 「ああ、そういう事は割とある事でね。若い間は好きなもん同士でも、結婚となれば稼ぎがモノ言うし、穏やかな家庭が欲しくなる事もあるし、、、
 あんたの親父さんも若い男だし、梓ちゃんとも仲良いし、、、こっそり会ってたみたいよ。スナックへ通ったり、夜中にこっそり会ってたり。
 梓ちゃんも穏やかな家庭が欲しかったんかねえ、、、純一は刺激が欲しかったのかねえ、、、、
 そんな二人に真奈美ちゃんが気がついて、怒って街を出て行ったんじゃわ。
 梓の方も英雄といつも喧嘩しとってね。英雄は梓のヒモみたいな生活しとったし、、、英雄も町を出たんじゃわ。
 残った純一と梓ちゃんは一緒になって子供も生まれ、、、出てった真奈美と英雄はどっかで再会したみたいで、3年後には子供連れて帰って来たんだわ。
 それでも住む処が違って保育所や小学校は別々で、、、中学校で一緒になって、、、、焼けぼっくりに火が点いたんよ。お互いにな。
 子供らの為にも元に戻らないと駄目だっていう事で、真奈美ちゃんの実家で話し合ったそうなんじゃ、、、、
 何をどう話したかは誰も知らん。ただ英雄が怒ってそう言う事になった、、、、いう事らしいわ。」
 「俺たちの為に、、、ですか、、、」

 【何が俺たちの為だ、、、そうだったら初めからよりを戻すなよ、節度ある大人じゃねえのかよ、、、】
 そんな事を想いながら聞いたのだった。

 健一、今でもあの時の事は思い出す。
 互いの親が話し合っていたのは沙也加の母がいる隣家、賢一と沙也加は自宅に居た。
 大きな悲鳴に驚き、二人して駆けつけた時、英雄が外に出てきて沙也加に包丁を振りかざした。
 咄嗟に健一は沙也加の前に立ちはだかり、包丁は健一の左頭から右頬に掛けて大きな傷を付けた。
 その時に受けた傷が元で健一の左目は殆ど視力が無くなった。

 「健一は、、、彼女とかいないの?」
 沙也加、その答えによっては『今夜、泊めて』と言おうか迷っていた。
 健一には取り返しの出来ない事をしてしまった思いが、沙也加にはある。
 傷付けたのは自分の父で、自分を庇うようにして大怪我をさせてしまった。
 それに対する贖罪を、持参した金で行おうとした自分が、少し恥ずかしくもある。
 他に自分が出来る事と言えば、、、、この10年間、ネオン輝く夜の街で生きてきたこの身体くらいしか無いと、ここに来る道中、考えていた事だった。

 すると健一は、、、 
 「ああ、居るよ。いずれ嫁に貰うつもりでいる。マレーシアから来た介護の人だ。素直で明るくてさ、、、
 こんな俺の顔見てもさ、、、最初は怖がってたけど『慣れました。』って言ってくれてさ。」
 嬉しそうな顔をして沙也加に自慢げに話した。
 「そう、良かったね。」
 沙也加、内心ほっとした。
 自分の見た目は、幾度かの整形手術で美しいと言われる程になっているが、内面は穢れているとの想いが拭えない。
 穢れた自分を賢一に捧げても、申し訳なさは募っていくだけかもしれないとも思っていた。

 「じゃあ帰るね。」
 沙也加は席を立ち、玄関から乗ってきた車へと向かう。
 運転席のドアを開けて乗り込もうとした時、健一が声を掛けた。
 「沙也加、、、また顔を見せに来いよ。」
 「…………うん、、、、」
 暫くの間を置き、沙也加は微笑みながら小さく頷き答えた。

 沙也加の乗った車が、遠ざかっていく。

 沙也加、この墓参りを最初で最後の里帰りにしようと決めていた。
 帰ってきた時に健一が自宅にいるとは限らない。居なければ持ってきたお金は置いてくるつもりだった。
 紙袋の中には短い手紙も入れていた。
 長い間、心の重しとなっていたのは、父英雄の刑執行の事、惨劇の場となったあの家の事、そして自分のせいで大けがを負わせた健一の事。
 3年前、刑は執行され家は取り壊して貰った。その時連絡した時、健一は今も実家で暮らしていると話していた。
 もう少しお金が貯まったら、、、お墓参りと健一に会いに行こう、健一に謝ろう、、、、許して貰えなくても、、、最後に会いに行きたい。そう思っていた。
 理由の一つには、電話した時の健一には、怒りや悲しみが感じられなかったから。
 もしかして、自分を許してくれるのだろうか、、、気持ちを伝えなければいけない。お金と、、、、もしそこに健一がいれば、この私を、、、、差し出そうか、、、

 恨み言の一つでも聞ければ、、、二度と会わない理由に出来る、二度とあの地へ行かない理由が出来る。

 そう思っていたのに、健一は明るかった。
 私の事は恨んでいない様だった。
 あれから13年の月日が流れたお陰なのだろうか。
 健一自身が既に、壁を乗り越えたのだろうか。
 何にしても健一は、「また顔を見せに来いよ。」と言ってくれた。
 生き直そう、別人で生きて行こうとしている私を受け入れてくれている。

 一人残された自分に、優しさを与えてくれる唯一の存在、、、なのかもしれない。

 運転する沙也加は、優しい笑顔のまま流れる涙を拭けないでいたのだった。

 沙也加の車が見えなくなるまで見送った健一。

 【あいつ、、、二度と来ないつもりで帰って来たのかな、、、、

  沙也加、俺は誰も怨んじゃいないぞ。
 お前が金を置いた時、これでお終いにしよう、、、過去の事を清算しよう、、、、、、
 そんな事を考えてたんじゃないかと思ったよ。
 あの金を受け取ったらもう二度と会えなくなる、、、、そう思ったよ。
 でも、、、そりゃそうだろうな、、、
 あの凄惨な事件は、お前の父親が起こした事だもんな。でもさ、罪はそれぞれの親が等しく持ってると思うんだ。
 人が人を好きになるって、、、自分勝手じゃないと思い通りにはならないじゃないか。

 実は俺、今までそんなに辛くなかったんだよ。
 あれから中学行き始めても、みんな優しくてさ、遠慮がちだったけど、、、顔の傷見れば怖がられると思ってたんだけどさ。
 高校へ行ってもそうだったんだ。
 男はちょっかい出してこないし、ガン付けられても睨み返せば逃げてくし、、、割と気持ち良かったんだぜ。
 女はさ、、、女の子を命懸けで守った、おとこだって、カッコイイよってよく告られたんだわ。
 元々、引っ込み思案で大人しい性格だからさ、見かけによらず優しいって、、、モテたんだ。自慢だぞ、これ。

 でも、、、高校出て就職しようってなった時、さすがにこの顔じゃ受け入れて貰えないってなってさ、、、、
 村の人達が拾ってくれたんだ。大型機械を使えって理由つけてさ、、、やっぱ、優しんだよ。
 噂話や事件なんて、何年も経てば飽きるし、いろんな話を聞いて答え合わせが出来れば、納得するみたいだしさ。

 マレーシアの彼女の事は嘘だ。お前が気を使わない様にと思っただけさ。
 見抜いてんだろ、沙也加。

 あんな事件の現場を見ても、お前が母ちゃんみたくおかしくならなかったのは、もしかしていつか俺へ謝る為だっのか?、、、謝る為にお金稼ぎたいって思ったからなのか、、、

  また顔を見せに帰って来いよ、、、、沙也加 】

 時折り強い風が吹く、優しい4月のある日の事だった。

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