不倫報道から「あいつはセックス依存症」とラベリングすることの問題 

初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2020.08.16 14:00

性依存症は、“反復する性的な逸脱行動を意志の力では止められない”病気であり、犯罪になる非合法タイプと、犯罪にならない合法タイプに分類される。

 前回、痴漢など非合法な性依存症の実態と治療プログラムについて聞いたが、後編では合法タイプに分類される「セックス依存症」について、引き続き、大船榎本クリニック(神奈川県鎌倉市)精神保健福祉部長の斉藤章佳先生にお話を伺った。

 ※前回の記事はこちら

斉藤章佳(さいとう あきよし)
1979年生まれ。約20年にわたり、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックに精神保健福祉士・社会福祉士としてアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組み、講演も含めその活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。専門は加害者臨床。 著者『万引き依存症』(イースト・プレス/2018年)『男が痴漢になる理由』(同/2017年)『小児性愛という病~それは、愛ではない~』(ビックマン社/2019年)、『しくじらない飲み方-酒に逃げずに生きるには』(集英社/2020年)共著『性依存症の治療』(金剛出版/2014年)『性依存症のリアル』(同/2015年)など。その他論文多数。

「セックス依存症」と男尊女卑的価値観の関係


——前編では性依存症の分類についてお伺いしました。ここからは性依存症の中でも犯罪行為ではない「合法タイプ」について詳しくお聞きします。

斉藤章佳先生(以下、斉藤):合法タイプの中でイメージしやすいのはいわゆる「セックス依存症」だと思いますが、実はセックス依存症という病名は存在しないのです。最も近い概念で「強迫的性行動症」があり、WHOが2018年に精神疾患として認定しています。強迫的性行動症には6つの特徴があります。

■強迫的性行動症の6つの特徴

①強烈かつ反復的な性的衝動または渇望の抑制の失敗
②反復的な性行動が生活の中心となり、他の関心、活動、責任が疎かになる
③性行動の反復を減らす努力が度々失敗に終わっている
④望ましくない結果が生じているにもかかわらず、またそこから満足が得られていないにもかかわらず、性行動を継続している
⑤この状態が、少なくとも6カ月以上の期間にわたって継続している
⑥重大な苦悩、および個人、家族、社会、教育、職業、および他の重要な領域での機能に重大な問題が生じている

 強迫的性行動症の診断基準は上記のとおりですが、男性と女性で少し特徴が異なります。女性の場合、犯罪になる非合法タイプの人は臨床の現場にはあまり上がってきません。合法タイプの女性の場合、私が臨床の現場で出会うのは性被害の後遺症で自暴自棄になり、自傷行為的に不特定多数の異性と強迫的に性行為を繰り返す方や、薬物依存症(特に覚醒剤やMDMA)とセットの方が多数を占めています。

——斉藤先生の著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)では、痴漢行為の背景に男尊女卑的な女性観があることについて書かれています。合法タイプでも、男尊女卑的な価値観は関係があるのでしょうか。

斉藤:あります。合法タイプにも非合法タイプと地続きの認知の歪みがあり、女性を物、もしくは物以下として扱うような見方や考え方をしている人が多いです。女性の強迫的性行動症の人でも、男尊女卑の価値観を内面化していると思います。「自分には価値がない」と考え、自傷的な性行為をする、物のように扱われることを「どうせ自分は価値がないから」や「自分さえ我慢していれば」と自責的に考えるのは、女性が男性に忖度して成り立っている男尊女卑の価値観です。性依存症の患者さんは、男性も女性も男尊女卑的価値観の呪いに縛られていると感じます。

——男性でも性被害が原因で強迫的性行動症になる人はいるのでしょうか。

斉藤:私も監修で関わっている漫画『セックス依存症になりました。』(めちゃコミックで配信)の作者の津島隆太さんは、お父さんから性虐待を受け性に対する認識が歪んでしまい、彼自身も強迫的性行動症で悩み、その経験を漫画にしています。男性の性被害は予想以上に多く、性被害のトラウマの影響は性に関する認識を歪めたり、安定した対人関係の構築が困難になったりとその影響は甚大です。

「あいつはセックス依存症」というラベリングの問題点


——お笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建氏の不倫報道がされたとき、ネット上や週刊誌では「セックス依存症なのではないか」との声が多数見られました。素人がそのように発言することに問題もあるのではないでしょうか。

斉藤:報道の内容だけでは、たとえ専門家が見ても強迫的性行動症かどうかはわかりません。メディアで報じられるのは断片的な情報ですし、そもそもそんな簡単に診断できるものではありません。例えば初回の1時間程度の診察では全部話しきれないですし、何度か話を聴き、背景や状況が見えてこないと確定診断はできません。

 病気の認知度が高まると、第三者によるラベリングという現象が起きやすくなります。薬物依存症もですが、違法薬物で逮捕された芸能人の報道があると「この人は薬物依存症である」とラベリングが起きますよね。しかし厳密にいうと、違法薬物を繰り返し使用していても、薬物依存症の診断がつかない人もいるんです。

 性依存症の存在が周知されることは、性に関するトラブルを起こした人について「性欲が異常な人だ」ではなく、「もしかしたら性依存症という病気が背景にあるのかもしれない」と考えられ、治療にアクセスしやすくなるメリットはあります。しかし、第三者が「あの人は性依存症だ」と決めつけラベリングによる排除のデメリットもあります。素人でも専門家でも、第三者の問題を偏った情報からラベリングしないことは基本です。

——不倫を繰り返しているからといって、強迫的性行動症とは限らないのでしょうか。

斉藤:不倫を繰り返しても、その状態だけでは診断は降りないと思います。例えば家庭があって不倫を繰り返すのであれば、婚姻関係の破綻や慰謝料の話になりますよね。反復的な性行動が生活の中心になり、何度やめようと思ってもやめられない。毎回後悔し、社会的損失や経済的損失がありながらもその関係性に耽溺していれば、明らかに強迫的で衝動の制御ができていません。そのような場合は、強迫的性行動症の診断、もしくは予備軍と見られる可能性は高いのではないかと考えています。

——では、不倫を繰り返していても、罪悪感に苛まれたり、強迫性や衝動の制御に問題のない人は、強迫的性行動症には該当しないのですね。

斉藤:はい、本人が苦痛を感じているかや繰り返す衝動制御の失敗は重要なポイントですので、そうでなければ診断から外れるでしょう。

——既婚男性との不倫がやめられなくて苦しんでいる女性も、診断が降りる可能性はありますか。

斉藤:それだけではなんとも言えないです。なぜその関係性にはまっているのかといった背景や、その人自身の生育歴、家族歴などを時間をかけてヒアリングしないとわからないです。繰り返しになりますが、強迫的性行動症は簡単に診断できるものではありません。

“愛の力”だけでは治せない依存症 サポートするには


——非合法タイプの人は、基本的には逮捕されないと治療に繋がらないと聞きました。もし合法タイプの人が自分で異変に気づいたとき、どのタイミングで病院に行けばいいのでしょうか。

斉藤:その基準として、優先順位の逆転現象がポイントです。本来大切にしなくてはいけないことよりも、目先の性的な逸脱行動を優先してしまい、周囲との人間関係に問題が生じる、自分の性的な行動によって、何らかの損失が表面化してきたときが「一度専門機関に相談に行った方がいい」と気づけるチャンスです。

 ですが、前回もお話したとおり、社会では「男性は性欲はコントロールできないものだ」といった歪んだ価値観がいまだに信じられているため、そもそもそれが性的な依存症だと気づける人が少ないです。婚姻関係があり、婚姻関係を継続するための条件として治療につながるパターンや、前回お話した「風俗通いで会社のお金を使ってしまったケース」など、何か大きなきっかけがないと難しいでしょう。

 アルコール依存症は治療が必要という認識が広まってきているので、職場でもサポートを受けやすいですが、性に関する問題があったときに「治療が必要だ」となるケースはまだほとんどないと思います。

——自発的に気づくのはなかなか難しいのですね。周囲が強迫的性行動症の兆候に気づいたときにできることはありますか。

斉藤:非常に難しいです。「もしこの行動を続ければ、将来こういうことが起きる」と将来起こる可能性について問題を指摘し、「次にそれが起きたら病院に行こう」と約束するのは一般的な方法ですが、基本的には問題を指摘すると、本人は余計殻にこもってしまいます。人からの指摘には聞く耳は持てないのですが、一方で自分には何かしらの問題があるとはわかってはいるんです。「やめたいけれどやめたくない」という相反する感情の中で、常に揺れ動いているんです。

——専門家ではない人が関与していくのは難しいのですね。

斉藤:そうですね。本当に病気なのであれば、“愛の力”だけで治療できるものではありません。

——では、治療を始めている段階で周囲にできるサポートはありますか。

斉藤:家族でしたら、家族の支援グループに通うことです。そこで病気の知識を正しく学べますし、依存症患者の家族同士で分かち合いができるので、家族自身の健康性を保つ上で重要な意味があります。家族の自助グループもあるので、そういう場に参加するのもいいと思います。また、本人と積極的にコミュニケーションをとることも重要で、家族も正しい知識をつけることで、現実的な対応ができるようにもなります。 

 性の問題ですと、なかなか職場で治療のサポートとはならないのですが、性の問題を除けば非常に優秀な社員というケースでは、会社が関わるケースもありました。依存行動を繰り返さないように出勤退勤を見てくれたり、なかには退勤時間を家族にメールする連携をとっているケースもあります。

——やはり正しい認識を持つことが大切ですね。ありがとうございました。

(取材・構成:雪代すみれ)