「性欲が強いから性依存症になる」という誤解。強い意思の力ではやめられない実態と治療プログラム

初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2020.08.15 16:00

 痴漢、盗撮、ペドフィリア、露出、下着窃盗、風俗通いを反復しやめたいのにやめられない……これらは性依存症の側面を持っている。

 「性依存症」というと「性欲が強い人がなるもの」と思うかもしれない。しかし実態は異なり、性依存症にはさまざまな原因があると考えられている。

 長年、性依存症の臨床に関わっており、漫画『セックス依存症になりました。』の監修もつとめる大船榎本クリニック(神奈川県鎌倉市)の斉藤章佳先生に、性依存症の実態や治療についてお話を伺った。

斉藤章佳(さいとう あきよし)
1979年生まれ。約20年にわたり、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックに精神保健福祉士・社会福祉士としてアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組み、講演も含めその活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。専門は加害者臨床。 著者『万引き依存症』(イースト・プレス/2018年)『男が痴漢になる理由』(同/2017年)『小児性愛という病-それは、愛ではない~』(ビックマン社/2019年)、『しくじらない飲み方-酒に逃げずに生きるには』(集英社/2020年)共著『性依存症の治療』(金剛出版/2014年)『性依存症のリアル』(同/2015年)など。その他論文多数。

性依存症には「合法タイプ」と「非合法タイプ」がある

——性依存症とはどのようなものなのでしょうか?

斉藤章佳先生(以下、斉藤):性依存症とは、”反復する性的な逸脱行動を本人の意志の力では止められない”という強迫的で衝動性の高い性的嗜癖行動のことです。

 性依存症には、犯罪になるもの(非合法タイプ)と犯罪にならないもの(合法タイプ)があると考えています。

 さらに非合法タイプの中で、接触型と非接触型に分類されます。接触型は痴漢や子どもへの性加害や強制性交など、非接触型は盗撮や覗き、露出などです。合法タイプにはいわゆる望まない妊娠や性感染症のリスクを犯してでも不特定多数の人と性交渉を繰り返すセックス依存症や、多大な経済的損失を伴い生活に支障をきたすような風俗通い・不倫なども含まれます。

榎本クリニックHPを参考に筆者作成)

——何が原因で性依存症になるのでしょうか。

斉藤:一概には言えません。それぞれの性倒錯によってさまざまな原因が考えられます。痴漢や盗撮については、その人たちの生育歴を見ても、一般的に“普通”と言われる家庭で育った人が多いです。電車通勤や社会人になってから痴漢や盗撮を始めた人も少なくなく、理由の一つとしては、ストレスへの不適切な対処行動が習慣化した結果と考えられます。

 拙著『「小児性愛」という病-それは、愛ではない』(ブックマン社)でも紹介したペドフィリアの人たちの中には、過去に虐待や性的なトラウマがある人もいましたし、特にいじめの被害経験がある人が多い傾向が見られました。逆境体験によって自己肯定感が低下し、自己治療の一環として加害行為を繰り返す場合もあります。自分よりも弱い立場にある他者を傷つけることで自分自身の優位性を取り戻すというイメージです。また、児童ポルノとの出会いが、子どもへの性的嗜好に気づくきっかけになっている人もいます。彼らはこれを「パンドラの箱が開く」と表現しています。

 性依存症以外にも言えるのですが、ある依存症に対して特定の要因があるというわけではありません。アルコール依存症だと遺伝的要因もありますし、心理的・社会的要因もあります。いじめや大きな挫折体験、家庭内でのトラウマ(虐待、ネグレクト、面前DV)、災害や地震、交通事故の目撃など、その要因は多種多様です。

 なお、性依存症については遺伝的な要因の研究はまだありません。

——では、性依存症にはどのような特徴があるのでしょうか。

斉藤:性依存症全体で共通した特徴とはなかなか言えないのですが、非合法タイプの男性のパターンですと、①嗜癖行動としての側面、②犯罪としての側面、③現実を自分の都合よくとらえる認知の歪みがあります。

1 嗜癖行動についての側面では以下の特徴があります。

(1)強迫性…自分の意志に反して、それをやりとげないと行動や衝動が制御できなくなり性逸脱行動についての考えが頭から離れない
(2)反復性…損失があっても繰り返してしまう
(3)衝動性…衝動のスイッチが入るとそれを途中で切り上げるのは困難で止められなくなってしまう
(4)貪欲性…より強い刺激を貪るように求める
(5)有害性…被害者にとっても本人にとっても有害である
(6)自我親和性…本人にとってメリットがあること。行為によって相手への支配欲や征服欲、達成感が得られる
(7)行為のエスカレーション…反復しながら行為がエスカレートしていく(手口や頻度)
(8)自動性…特定の条件・状況下で問題行動が自動的に発動してしまう

 ②非合法タイプには犯罪としての側面があり、必ず被害者がいます。また、③認知の歪みは、他の依存症でも見られるのですが、特に性の問題では如実に表れます。「頑張って仕事をしたので自分は痴漢をしてもいい」という都合の良い解釈や、被害者が恐怖によって抵抗できないにもかかわらず、「喜んでいるに違いない」などの考えが見られます。

「痴漢がおさえられないほど性欲を持て余しているなら風俗に行けばよい」はズレている

——性依存症の原因として、ストレスや自己治癒といったキーワードがありました。一般的に性依存症は「性欲が強いから性逸脱行動を繰り返す」と思われがちですが、この認識は誤っているのでしょうか。

斉藤:間違っています。拙著『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)でも書いたのですが、2013年に榎本クリニックが実施した痴漢加害者200名を対象としたアンケートでは、過半数が「痴漢行為のときに勃起していない」と回答したのです。

 性暴力や性犯罪を性欲の問題だけに矮小化して捉えると、その本質を見誤ってしまいます。性欲と性衝動の発露として複合的には関わっているとは思うのですが、決して性欲だけが原因ではありません。

 性犯罪者は「性欲が強すぎてコントロールできないから犯罪に走る」というイメージを持たれていますが、みなさん実はコントロールはできるんです。例えば交番の前で性犯罪をしないですし、友達と話しているときに突然、自慰行為を始めないですよね。特定の状況や条件下での性的逸脱行動が止められないことがすなわち、性欲をコントロールできないというわけではありません。

——ひとりの人物が、複数の性逸脱行動を同時に行うこともあるのでしょうか。

斉藤:クリニックに来られる方の中では稀にありますが、少ないです。一つの性逸脱行動を繰り返すタイプが圧倒的に多く見られます。性欲原因論から、「性欲を解消する代替案として他の性逸脱行動もするだろう」という考えがあるのかもしれませんが、あくまで特定の行為に依存しているケースが多いので「痴漢が抑えられないほど性欲があるなら風俗に行けばよい」というアドバイスはズレています。

性依存症の治療は「メンタルを強くする」ことではない


——性依存症を疑う場合、治療は病院の何科に行けばいいのでしょうか。

斉藤:依存症専門外来のある精神科です。ただ、アルコールや薬物の依存症外来はあるのですが、性依存症のような行為・プロセス依存を取り扱っている病院はまだ少ないです。医療機関がなければ自助グループを探してみるのもいいと思います。

——性依存症の患者さんは、何がきっかけで治療に繋がるケースが多いのでしょうか。

斉藤:非合法タイプは逮捕がきっかけで弁護士や家族に知られ、家族に言われて受診する人が多いです。合法タイプの場合、女性は妊娠や性感染症がきっかけで、治療に繋がることがあるのですが、男性の場合はなかなか治療に来ません。

 性欲原因論とも関連するのですが、「男性は性欲がコントロールできない生き物である」という価値観が社会に蔓延しているので、性逸脱行動を繰り返している本人も、病院に行こうとなかなか思えないんです。

 過去には、風俗依存で会社のお金を使ってしまい、家族と会社の人が一緒に来院したケースがありました。風俗依存はギャンブル依存と構造が似ていて、借金を繰り返しながらも風俗に行ってしまうんです。そのうち会社のお金に手を付けてしまったり、取引先から借りたりして発覚することもあります。そして、その借金を周囲が返済したり尻拭いしているケースも多いです。

 まだまだ本人が依存症であることに気づいて治療に来るのは難しいと感じますが、私も監修として関わっている津島隆太さんの漫画『セックス依存症になりました。』(めちゃコミックで配信)など正しい知識が広まる機会が増えることで、本人が気づくきっかけになればと思っています。

——性依存症の治療は、どのようなことをするのでしょうか。

斉藤:合法タイプと非合法タイプで治療の内容は異なります。合法タイプは「再発は回復のプロセスである」というオーソドックスな依存症の治療モデルに基づくプログラムです。自助グループでのミーティングや教育プログラム(疾病教育)、芸術行動療法などを行います。非合法タイプは”被害者がいる”という点が合法タイプとは大きく違いますので、リスクマネジメントと再発防止に重点が置かれます。また、加害者は自分の加害行為を忘れる傾向があるので、常に被害者側の視点を取り入れ、性加害行動に責任をとることも重視します。

——患者さんの中には社会人として働く人もいると思いますが、仕事を休まないと治療はできないのでしょうか。

斉藤:非合法タイプの場合は、再犯リスクによってプログラムの回数や期間が変わります。合法タイプの場合は主治医と相談しながら決めます。実際に週1でプログラムに通っている人もおり、会社を休まず治療できる可能性もあります。仕事を休めないことがネックで受診を躊躇っているのでしたら、まずは相談してみてください。

——性依存症の発症を予防するためにできることは、できることはあるのでしょうか。

斉藤:一つは性教育です。小さい頃から年齢に合った性教育が必要だと考えています。私は、薬物乱用防止教室の講演で中学校に行ったときには、必ず痴漢の話もしているんです。電車通学が始まった頃から被害を受けている子どもは全国にたくさんいるので、痴漢の実態や被害に遭ったときに、どのように助けを求めればいいか知識が必要です。一般的に痴漢の実態はまだまだ知られていないので、子どもが被害に遭ったとしても、親も先生も「なぜ痴漢は痴漢をするのか」という問いに答えられません。

 もう一つはストレスコーピング(対処法)の選択肢を増やすことです。人はストレス解消のために一つの行為に依存する特徴があるので、ストレス解消の選択肢を複数作っておくといいですね。まさに、回復とは安心して話ができる依存先を増やすことです。

 依存症の回復では「強くなる」というやり方は上手くいかないんです。今まで自分でコントロールできない逸脱行動を、周囲は本人の意志の強さや性格の問題として「気合いや根性が足りないからやめられない」と捉え、問題行動を繰り返すたびに責めてきました。本人も言われるたびに「自分は意志が弱いダメなやつなんだ」「気合いが足りない」と自己肯定感が低下していきます。「今度こそやめよう」と強く決意しても、また繰り返してしまいます。でも本質的には、意志の問題ではなく、条件反射の回路の問題で脳の報酬系の機能不全から再発が起こります。

 依存症プログラムで重要な考え方は「自分のウィークポイントをきちんと理解する」ことです。自分の弱さを知り、リスクが高まる状況や苦手な人間関係、どういうときに人にSOSを出せないかに気づけるようにします。自分の弱さを理解することが、嗜癖行動を止め続けるうえでの強さになるとプログラムで学ぶのです。

※後編では合法タイプ(いわゆるセックス依存症)について詳しくお伺いします。