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大分194キロ死亡事故 地裁判決 雑感

11月28日に大分194キロ死亡事故の地裁判決が出た。その地裁判決に対して思うところをまとめた。以下のつぶやきの補足でもある。

なお、交通法規や法の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。


はじめに

事故の概要は省略する。詳しい解説をしていると思われる報道を紹介し、それに対する周辺情報と私見を記す。

報道での解説

FNNプライムオンライン(Youtube)の2024/11/28を紹介する。裁判結果に関する報道を確認したところ、ここが一番詳しいと感じた。

(2:41)
辛島靖崇裁判長は「ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって事故を発生させる危険性があった」とし、「進行を制御することが困難な高速度」だったと認定。「危険運転致死罪」が成立すると判断しました。……

時速194キロ危険運転認められる 懲役8年の実刑判決
「進行を制御することが困難な高速度」と認定

上記の部分は、動画だけでなく報道記事にもあった。

そして以下に続く部分は、Youtube動画でしか説明されていないようである。

(9:25)
今回大分地裁はこちらの基準を使うというふうに示しました。
これはですね、令和4年に東京高裁が示した基準なんですが、これをそのまま踏襲しているという形になります。

(テロップ)
「進行の制御が困難な高速度」とは
① 道路の状況や車両の構造・性能等の客観的事実
② ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスで自車を逸脱させ事故を発生させる実質的危険性

時速194キロ危険運転認められる 懲役8年の実刑判決
「進行を制御することが困難な高速度」と認定

令和4年の裁判とは

上記の説明に「令和4年に東京高裁が示した基準」とある。下記のサイトに基づくと東京高判令4.4.18のようである。

裁判例検索には掲載されていない。法律情報総合オンラインサービス「Westlaw Japan」を利用することで調べられると思うところ、法の実務家でもない個人が利用するにはハードルが高そうである。ベーシックパッケージの「判例全分野」に含まれていそうであるが、基本コンテンツ利用料の説明がないように見える。

当方所有の以下2書籍に掲載はなかった。書籍①は、判決前に発売されているので、掲載がないのも無理からぬことである。書籍②には横浜地判令4.6.6が掲載されているものの、それより前である東京高判令4.4.18は掲載がなかった。

所有書籍
①『ケーススタディ危険運転致死傷罪 第3版』(2022/4/15発売)
②『必携自動車事故・危険運転重要判例要旨集 第3版』(2022/11/20発売)

その他の情報を確認したところ、どうやら『判例タイムズ1502号』p.116に掲載があるようであり、現在取り寄せ中である。もっとも、この情報を知った元サイトに判決の詳細が記されている。以下のサイトである。

過去の判例に照らして

記載されている内容を見るに、『ケーススタディ危険運転致死傷罪 第3版』にも同様の記載がある。書籍では、東京高判平22.12.10と福岡高判平21.10.20を紹介している。これらの判決を概略だけ記す。

前者は、限界旋回速度に近い速度でカーブに進入時に、ハンドルを切りすぎて内小回りとなったことによる事故である。後者は、限界旋回速度に近い速度でカーブに進入し、カーブ終点でハンドルを切りすぎるミスをして対向車線にはみ出し、態勢の立て直しのために逆ハンドルしたところ横すべりしたことによる事故である。

両者、判決の肝となるであろう部分は以下である。

(東京高判平22.12.10)
……、このハンドル操作のミスの程度はわずかであり、しかも、本件では飲酒や脇見等の事実もなく、被告人がそのようなミスをしたのは、ひとえに、自車が高速度であったためであると考えられる。……

ケーススタディ危険運転致死傷罪 第3版』p.237

(福岡高判平21.10.20)
……、それまで右に切っていたハンドルを、単に戻すだけでなく、横すべりの状態を引き起こさないように適度に左に切り返す操作は、いずれもわずかなミスも許されない極めて繊細で高度な判断と技術を要すると考えられ、……

ケーススタディ危険運転致死傷罪 第3版』p.237~238

これらに対し、書籍では以下のように締めている。

 この2つのケースに見られるように、限界旋回速度に近い速度での進行は、わずかなミスをも許されないような状況に追い込まれることから、この限界旋回速度を基準にして、先のようにこれを超える場合はもちろんのこと、それに近い速度であっても、「進行を制御することが困難な高速度」と認定され得るものと考えて差し支えないであろう(……)。

ケーススタディ危険運転致死傷罪 第3版』p.238

上記、東京高判平22.12.10と福岡高判平21.10.20、それから東京高判令4.4.18も、カーブにおける事故での裁判である。しかも進路逸脱を伴うものである。それがゆえ、今回のケース、進路逸脱を伴わない危険運転致死傷罪の成立は斬新と感じる。

私見

その1:今回の裁判を見て

前記のとおり、今回の裁判の斬新なところは、進路逸脱を伴わない場合でも危険運転致死傷罪が成立するとした点にある。その点、やや疑問に感じる。それは、従来の判決とは危険運転致死傷罪の適用の性質が大きく変わっているように見られるからである。

まず前提として、以下を知っておく必要がある。これは、危険運転致死傷罪の条文中の「よって」を説明するものである。この「よって」は、因果関係を表す常套句である。条文と書籍解説を並べて示しておく。

(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為(当方補足、危険運転行為)を行い、よって人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

自動車運転死傷処罰法2条2号

もっとも、「危険運転行為と死傷結果との間には因果関係が必要になる。刑法上の因果関係の意義について、現在の判例・通説は、実行行為の危険性が結果に現実化した関係が必要であると解している。したがって、運転行為に内在する危険性がまさに死傷結果を引き起こしていると評価できる限度で因果関係が認められ、本罪が成立することになる。例えば『進行を制御することが困難な高速度』で自動車を走行させたためにカーブを曲がり切れずに歩道に乗り上げ、歩行者を死傷させた場合には因果関係が肯定され、本罪が成立する。これに対して、高速度で運転中、突然、歩行者が道路に飛び出してきて死傷事故に至った場合のように、運転行為の危険性とは無関係に事故が発生した場合には、本罪は成立しない。」(橋爪隆「危険運転致死傷罪をめぐる諸問題」法律のひろば 2014年10月号22頁)と解されていることも理解しておく必要がある。

ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』p.235~236

高速度類型における実行行為の危険性とは、「進行を制御することが困難な高速度」であり、「思い描いた進路に沿って進行することが困難な高速度」だった。

そして従来の考えでは、その「思い描いた進路に沿って進行することが困難」ということに内在する危険性が死傷結果を引き起こしていると評価できる限度で死傷事故との間に因果関係が認められていた。だからこそ、思い描いた進路に沿って進行することができなくなった、つまり進路逸脱の場合に限定して高速度類型が適用されていた。

今回の裁判では、「思い描いた進路に沿って進行することが困難」ということに内在する危険性ではなく、「思い描いた進路に沿って進行することが困難」と認定されるような高速度に内在する危険性が死傷結果を引き起こしていることを以って因果関係を認めたということになると思う。

つまり、「思い描いた進路に沿って進行することが困難」な高速度とひとたび認定されれば、死傷結果との因果関係を検討する段階ではもはや「思い描いた進路に沿って進行することが困難」であるかは関係なく、高速度ゆえの対処困難性によって因果関係は成立すると判断されたように見える。

まとめると以下の図式だろうか。

(従来)
制御困難性
 → 制御困難な高速度の該当性判断
制御困難な高速度
 → (制御困難性を因果関係に考慮)
 → 死傷事故との因果関係判断

(今回の裁判)
制御困難性
 → 制御困難な高速度の該当性判断
   ※ この部分の判断は変わらない
   ※ この認定は「客観的事実」「実質的危険性」による

制御困難な高速度
 → (制御困難性を因果関係に考慮しない)(対処困難性でもよい)
 → 死傷事故との因果関係判断

なお、前記判断の前段、制御困難性を考える際には対処困難性を考慮しないということは、以下から読み取れる。

なお、この判決では、先日法務省有識者検討会でまとめられた報告書において、対処困難な高速度運転につき新たな危険運転の類型を設ける方向で検討すべきとされた点についての関係性を意識して、『本罪が捉える進行制御困難性は・・・(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある』と述べ、有識者検討会の議論を混乱させないよう配慮している点も注目されます。

大分市194km暴走死亡事故で、危険運転致死罪が認められました

そして……

上記の点、死傷事故との因果関係の判断において、制御困難性を考慮しなくてよいのかという点、これを前掲書籍の以下の記述に照らすとどうも疑問に感じる。

もっとも、「危険運転行為と死傷結果との間には因果関係が必要になる。刑法上の因果関係の意義について、現在の判例・通説は、実行行為の危険性が結果に現実化した関係が必要であると解している。したがって、運転行為に内在する危険性がまさに死傷結果を引き起こしていると評価できる限度で因果関係が認められ、本罪が成立することになる。例えば『進行を制御することが困難な高速度』で自動車を走行させたためにカーブを曲がり切れずに歩道に乗り上げ、歩行者を死傷させた場合には因果関係が肯定され、本罪が成立する。これに対して、高速度で運転中、突然、歩行者が道路に飛び出してきて死傷事故に至った場合のように、運転行為の危険性とは無関係に事故が発生した場合には、本罪は成立しない。」(橋爪隆「危険運転致死傷罪をめぐる諸問題」法律のひろば 2014年10月号22頁)と解されていることも理解しておく必要がある。

ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』p.235~236

その点が、過去のつぶやきの疑問である。

その2:過去の記事に照らして

別の説明を。

過去の記事で以下のように書いたことがある。

危険運転行為の危険性は、大きく2種類の性質に分けられる。

ひとつは、運転行為そのものに危険を秘めるという性質である。単独事故でも同乗者死傷事故を起こし得る危険性(①)といえる。

そしてもうひとつは、運転行為が他者の予想を裏切るという性質である。他者の予想を裏切ることによって、他者の事故を誘発する危険性(②)といえる。

これらのうち、どちらの性質を持つかは、危険運転行為の類型によって異なる。

高速度類型(2号)は①「単独でも事故を起し得る危険性」である。他方、②「他者の予想を裏切り、他者の事故を誘発する危険性」はあまりないといえる。他者の事故誘発ではなく、他者の事故回避を困難にするという性質はあれど。

川口逆走暴走死亡事故 危険運転致死不適用

この部分「危険運転行為の危険性」も変わることになる。①「単独でも事故を起し得る危険性」だけでなく、「そんな速度で接近する他者は存在しない」という②「他者の予想を裏切り、他者の事故を誘発する危険性」でもあると変化した判決といえる。それどころではなく、そのような高速度になれば①②は無関係に危険運転致死傷罪が成立することになったともいえそうに思う。

上記のように、性質がかなり変わる判決内容である。そのため、本来は別の危険運転類型とする立法での対応が適切と考えている。それは過去の記事で以下のように記した。

高速度類型
進路逸脱を理由とした高速度(法2条2号)とは別に、法定速度や制限速度などの大幅な速度超過を理由とした高速度を別建てで設けてほしい。

川口逆走暴走死亡事故 危険運転致死不適用

聞きたい方々の見解

城祐一郎氏

ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』の著者である城祐一郎氏が、今回の判決をどのように捉えているかは気になるところである。

以下は裁判前のもの。

城さん:
これまで検察は、この「制御困難な高速度」が適用されるべき事案に対して「解釈」で闘ってきたわけです。これは古典的にはというか、伝統的には車体の性能とかですね、もしくは道路の状況といった客観的な要素に限定されて、それに応じて運転できない、走行できないというのを入れてきたわけです。検察はそれに加えて、例えば交通ルールに従えないような場合なども「制御困難」に入れようとしたわけです。

ところが、それらの新しい解釈がことごとく裁判所に否定されてきたわけです。そういう意味で新しい見直しという以前の段階で、検察は「解釈」によってこれをなんとか被害者のために適用しようとしてきたわけですが、そういった意味で言えばもう、これだけ解釈の限界というかですね。解釈では無理ということであれば、おっしゃられるように法律の改正等の見直しというのも必要だろうと思います。

“危険”か“過失”か 「猛スピード運転」と死亡事故

桑子:
時代に、状況に合わせて法律というのは考えていく必要があると思うのですが、例えばどういう変え方というのが考えられますか?

城さん:

高速度に関して言えば、例えば制限速度の2倍を超える速度で走った場合、高速度の危険運転として新たな類型を設けるというのは一つの方法だろうと思います。

“危険”か“過失”か 「猛スピード運転」と死亡事故

城祐一郎氏は妨害運転罪の成立を検討すべきと考えているようであり、『ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』でも前記「“危険”か“過失”か 「猛スピード運転」と死亡事故」でも触れている部分がある。今回の裁判では妨害運転は不成立と判断されている。この記事は高速度を念頭とした記事であるため深くは触れないが、ここも聞きたいところである。

星周一郎氏

報道では星周一郎氏の名前がしばしば見える。以下の場所にもコメントがある。

前掲書籍に掲載されていた以下の点を、今回の判決を踏まえて、もう少し掘り下げて聞いてみたいところである。

たしかに「進行を制御することが困難な高速度」という概念は、物理的な概念であり、この概念の中に法的な規制を持ち込むのは解釈として少々無理があるといわざるを得ないであろう(星周一郎「危険運転致死傷罪の要件解釈のあり方と立法の動向」『裁判員裁判時代の刑事裁判』478頁)。

ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』p.235~236

裁判員裁判時代の刑事裁判』は共著のようであり、「危険運転致死傷罪の要件解釈のあり方と立法の動向」の章全体が星周一郎氏によるものとなっている。この書籍も気になるところである。

最後に

被告人が反省していることを考えると、おそらく控訴しないのではないかと思う。この裁判結果で確定することになるのではと思う。

加害者や被害者遺族のことを抜きに考えれば、この裁判結果をどのように考えるか、高裁や最高裁の考えを聞いてみたいところではある。ただしその観点を、この裁判の控訴審や上告審で聞く必要はない。

これからはこの裁判基準で危険運転致死傷罪が争われるケースが増えるものと思う。争う被告人が現れれば、高裁や最高裁に進む可能性も増えるものと思う。

最後に、世間が重要な裁判と認識しているこの裁判の判決文を、裁判例検索で公開してほしいところである。


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