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運行供用者、運転者、被害者

三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』を入手した。なお、Amazonでは紙版のみ提供。電子書籍版はぎょうせいオンラインにある

まだ通読したわけではない。しかし少し読んだだけで、知らなかったことが多くあった。運行供用者責任を表す自賠法第3条の解釈を誤っていた部分があったことも分かった。理解を深めるため、運行供用者まわりをまとめることとした。

なお、交通法規や保険の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、紹介裁判例、弁護士サイト、保険会社サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談や保険会社に勤める友人への質問などで補完してほしい。

運行供用者

定義

運行供用者の定義は、自賠法3条の中にある。

第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自動車損害賠償保障法3条

これだけだと理解は難しい。書籍では以下のように解説されている。

自賠法3条の運行供用者の意義
 運行供用者とは、自動車の使用について支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者をいう(最三小判昭和43.9.24判時539号40頁)。このように運行支配と運行利益の2つの要素を判断基準とする考えを二元説という。
 運行支配は、当初直接的・現実的支配と考えられていたが(最二小判昭和39.12.4民集18巻10号2043頁)、その後、間接的支配でも足りるとされ最三小判昭和46.11.9民集25巻8号1160頁)、「事実上の自動車の運行を支配管理しうる地位」(最二小判昭和43.10.18判時540号36頁〔本書7②事件〕)、「自動車の運行を指示・制御すべき立場」(最一小判昭和47.10.5民集26巻8号1367頁〔本書8②事件〕、最一小判昭和48.12.20民集27巻11号1611頁〔本書5事件〕参照)、「自動車の運行を事実上支配・管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視・監督すべき立場」(前掲最三小判昭和50.11.28)にあれば運行支配が認められている。また、運行利益は、「運行を全体として客観的に観察する時、本件自動車の運行が所有者のためになされていたと認めることができる」(最一小判昭和46.7.1民集25巻5号727頁)というように内容が抽象化された。このようなことから現在の実務は二元説に立ちつつ運行支配に重点を置いて運行供用者性を判断している

別冊Jurist233号 交通事故判例百選 第5版』p.5

自動車の運行について、事実上あるいは間接的に支配しており、事故等の加害を起こさないように監督する者といったあたりの判断となるように思う。

誤解していた部分

『三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』を読むまで、運行供用者に対して誤解していた点があった。

何を誤解していたか。運行供用者を拓一的な存在と捉えていた。おおよそ車両の所有者を運行供用者と捉えていた。所有者以外が運転している場合、運転している者は運行供用者となり得ないと思っていた。

しかしそうではない。『三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』では、それを伺い知れる記述が複数ある。いくつか紹介する。

 また、車外及び車内に複数の運行供用者がいる事案として、父親所有の自動車で娘が友人とバーに赴いたところ泥酔してしまったため、寝込んだ本人を載せて友人が運転している最中に事故を起こしてしまったことについて、友人による運転は「容認の範囲内」にあったと見られてもやむを得ないと父親も運行供用者に当たるとしたが(最判平20.9.12 交通民集41巻5号1085頁、判例タイムズ1280号114頁)、差戻し審は、父親(車外の運行供用者)との関係で、娘及び友人(車内の運行供用者)は「他人」にあたらないとした(名古屋高判平21.3.19 自動車保険ジャーナル1788号2頁)。

三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』p.80

このケースでは、以下のように運行供用者性が個別に判断されている。

父親。車の所有者。娘の運転は当然のこと、友人の運転も容認していたものと認定されている。それを理由に、運行供用者と判断されている。

娘。父から車を借りて、行きは自ら運転。帰りについて、「(友人に)本件自動車の運転を黙示的にゆだねたとみるのが相当」「(友人に対して)本件自動車の運転を指示したことはなかったとしても、本件事故当時、本件自動車の運行を自ら支配し、この利益を享受していた」と差戻し審で認定されされている。それを理由に、運行供用者と判断されている。

友人(ホスト)。原審、平成16(ワ)415の裁判例が公開されておらず、ホストは控訴していないので、運行供用者と判断された詳細は不明。差戻し審に記されている情報から、ホストが運転した状況は見える。泥酔した娘を自動車に乗せてホスト宅に帰り、ホスト宅に着いた時点で娘を起こし、娘の自宅にその自動車で帰ってもらうつもりだったという。娘宅に代行運転したわけではない、ホストの自宅に向かって運転したから運行供用者とされたのだろうか。それとも行先はあまり関係なく、運転に伴う実効支配を理由に運行供用者と扱われたのだろうか。そのあたりは読み解けなかった。

 「自己のために」というのは、自動車の運行についての支配権とそれによる利益が自己に帰属するということを意味する。従って、この者は、通常自動車の保有者(所有者のほか正当な権限をもって自動車を使用する者を含む。第2条参照)であるが、自動車泥棒のように正当な権限がなくて自動車を使用した者等も含まれる

三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』p.84

泥棒運転を行った者も運行供用者足り得る。運行供用者は択一的でない。そのため、持ち主の運行供用者性とは独立して、泥棒運転者の運行供用者性が判断される。窃盗して運行し始めた時点で運行供用者性を得る。盗難によって、持ち主の運行供用者が時間経過等によって失われていくのに反して、泥棒運転者が運行供用者性を次第に得るという性質のものではない。

 実際に自動車を運転した者以外の者が運行供用者責任を負う場合には実際に自動車を運転した者は全く責任を負わないかというと、決してそうではない。両者とも運行供用者責任を負う場合もあるし、そうでなくとも実際に運転した者は、民法第709条による従来通りの責任を負うことになるのであって、両者がいわゆる不真正連帯債務を負うのである。

三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』p.80

運転していた者も運行供用者足り得ることが明記されている。

運転していた者が運転者(自賠法2条4項)の場合には運行供用者でなくなる。それでもなお、民法709条に伴う賠償責任を負う。

このあたりの掘り下げは、運転者の節に記す。運転者の定義、自賠法2条4項の理解が前提となるため。

まとめ

運行供用者についての掘り下げは、この程度に留めておく。

簡単にまとめると、以下のようになると思う。先頭の項目以外は、誤解していた部分となる。

  • 運行供用者は、運行支配と運行利益を得ている者を指す

  • ひとつの事故に対して、運行供用者は複数存在し得る

  • 運行供用者は、事故を起こした自動車の運行との関係性で、関係した者それぞれ個別に決まる

  • 運転している者もまた、運行供用者となり得る

運行供用者には、「自己のために」「自動車」「運行」それぞれに様々な観点がある。その範囲は多岐に渡る。ひとつの記事で記すには観点が多すぎる。

運行供用者性が問われる事故があれば、別の記事に記そうと思う。

過去に書いた以下の記事で、運行供用者に触れている。「F車の運行供用者たるE社」と記した部分は、運行供用者が拓一的であると誤解しているために、このような表現となっている。

運転者

定義

運転者は、自賠法第3条に登場する。

第二章 自動車損害賠償責任
(自動車損害賠償責任)
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自動車損害賠償保障法3条

これをそのまま「運転している者」と読むと、読み間違える。運転者の定義は、自賠法2条4項にある。

(定義)
第二条
 この法律で「運転者」とは、他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者をいう。

自動車損害賠償保障法2条4項

「他人のために」とある。従業員が社用で運転する場合が、典型的なケースとなる。運転の補助とは、車掌など、運転者の支配下で運転行為の一部を分担する者を指す。

誤解していた部分

前節で、運行供用者を誤解していたと記した。運転者も誤解していた。

誤った理解
 運行供用者=おおよそ持ち主
 運転者=運転していた人(持ち主が運転していれば運行供用者と両立)
正しい理解
 運行供用者=おおよそ自己のための運行支配者
 運転者=他人のために運転していた人(運行供用者とは両立しない)

前節に記したものを再掲する。

 実際に自動車を運転した者以外の者が運行供用者責任を負う場合には、実際に自動車を運転した者は全く責任を負わないかというと、決してそうではない。両者とも運行供用者責任を負う場合もあるし、そうでなくとも実際に運転した者は、民法第709条による従来通りの責任を負うことになるのであって、両者がいわゆる不真正連帯債務を負うのである。

三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』p.80

運転者(自賠法2条4項)は、「他人のために」運転している者を指す。そのため「自己のために」運行支配している運行供用者とは両立しない。

自賠法3条では、責任の主体は運行供用者に限られている。運転者(自賠法2条4項)は運行供用者ではないため、自賠法3条の責任主体でない。その場合でも、民法709条の賠償責任から逃れられるわけではない。

民法709条との関係

誤解していたわけではないものの、重要なため、民法709条との関係に触れておく。

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法709条

(自動車損害賠償責任)
第三条
 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自動車損害賠償保障法3条

この違いには、賠償責任の主体、挙証責任、自賠責保険の適用がある。

賠償責任の主体
民法709条では直接加害者、つまり運転していた者。自賠法3条では運行供用者としている。運転していた者が、自己のための運転なら運行供用者、他人のための運転なら運転者(自賠法2条4項)となる。運転者(自賠法2条4項)なら自賠法3条の適用からは外れるものの、民法709条の適用となる。

立証責任
民法709条では、「故意又は過失」の立証責任は被害者側にある。自賠法3条では、「故意又は過失」の立証責任は加害者側、運行供用者にある。

自賠責保険の適用
自賠法3条の適用があってこそ、自賠責保険が適用される(自賠法11条)。民法709条による賠償責任に対して、自賠責は下りない。この点は、被害者の節で触れる。

前節で、運転者(自賠法2条4項)は自賠法3条の責任主体でないが、民法709条の賠償責任から逃れられるわけではないと書いた。この違いは、立証責任の部分にある。ただし、責任があると認められたあとは、運行供用者も運転者も変わらない。不真正連帯債務を負うことになる。

運転者についての掘り下げは、この程度に留めておく。

被害者

定義

自賠法第3条を再掲する。被害者という名称が記されているわけでないものの、自賠法でいう損害の被害者となるには要件がある。

第二章 自動車損害賠償責任
(自動車損害賠償責任)
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自動車損害賠償保障法3条

自賠法3条の客体は、他人の生命又は身体となる。このうち他人性に触れる。

ここは『三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』以外で見たことがある。例えば以下のようなものである。

 自賠法3条は、運行供用者が「他人の生命又は身体を害したとき」に損害賠償責任を負うと規定しているところ、同条の「他人」とは、運行供用者、当該自動車の運転者および運転補助者以外の者をいうとされており(最判昭和37.12.14民集16巻12号2407頁最判昭和42.9.29判時497号41頁最判昭和47.5.30民集26巻4号898頁〔本書22事件〕、最判昭和57.4.27交民集15巻2号299頁)、この点は、判例法理上ほぼ確立されたものとなっている。

別冊Jurist233号 交通事故判例百選 第5版』p.45

『三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』では、以下の説明となっている。

 「他人」というのは、自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)及び運転者(……)以外の者を指す(最判昭49.9.29 判例時報497号41頁、判例タイムズ211号152頁)。
 運行供用者及び運転者でなければ、妻、子等の家族、無償運送(好意同乗)の友人、会社の使用人等もすべて含まれる(妻について最判昭47.5.30 交通民集5巻3号625頁、子について東京高判昭46.1.29 交通民集4巻1号35頁、仙台高判昭47.6.29 交通民集5巻658頁)。

三訂逐条解説自動車損害賠償保障法』p.79

これらの解説中にある「運転者」も、自賠法2条4項の運転者であることに注意が必要となる。「及び」よりも前は「自己のため」、「及び」よりも後は「他人のため」。「及び」よりも前には、運転していたもの以外も含む。

誤解していた部分に絡んだ観点

ここに、今までの節で示した観点、運行供用者が択一的というのは誤解だったという点が絡む。拓一的でないので、運行供用者は複数の者が該当し得る。これがどのように絡むか。運行供用者と被害者が被る場合がある。

運行供用者がひとりの場合、所有者の単独人身事故の場合が想像できる。このときは分かりやすい。自賠法3条は適用されず、自賠責も下りない。

運行供用者が複数いる場合で、その運行供用者のひとりが被害者となる場合、それは自賠法3条にいう他人といえるのかという視点。典型的には、同乗者死傷のケース。所有者が同乗している場合など。

他人と認められなければ、自賠法3条の賠償責任を負わない。そして、自賠法3条が適用されなければ、自賠責は下りない。自賠責の被保険者は自賠法11条に基づくものであり、自賠法11条は自賠法3条による損害賠償を対象としているため。

第二節 自動車損害賠償責任保険契約及び自動車損害賠償責任共済契約
(責任保険及び責任共済の契約)
第十一条 責任保険の契約は、第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合において、これによる保有者の損害及び運転者もその被害者に対して損害賠償の責任を負うべきときのこれによる運転者の損害を保険会社がてん補することを約し、保険契約者が保険会社に保険料を支払うことを約することによつて、その効力を生ずる。

補足、2項は共済規定であり、内容は1項の保険規定と同様のため省略

自動車損害賠償保障法11条1項

自賠責保険は、被害者への賠償を加害者に填補するもの。そのため、直接的に被害者と関わるものではない。ただし被害者への賠償の資力に直結するため、ここに記した。

別冊Jurist233号 交通事故判例百選 第5版』では他人性だけで7例を使って解説しているような複雑な判断を伴う話題。項目を並べるだけで複雑さが分かる。

18 共同運行供用者の他人性(最三小判昭50.11.4
19 自動車の所有者の他人性(最二小判昭57.11.26
20 代行運転車両に同乗中の保有者の他人性(最二小判平9.10.31
21 共同運行供用者の他人性-泥棒運転の場合-(最二小判昭57.4.2
22 同乗者の妻の他人性(最三小判昭47.5.30
23 自動車所有者の子の他人性(最三小判平6.11.22
24 運転補助者(最二小判平11.7.16

別冊Jurist233号 交通事故判例百選 第5版』目次抜粋

このあたり、記事にまとめられるほど理解できていない。共同運行供用者の中で、運行支配における「直接的、顕在的、具体的」「間接的、潜在的、抽象的」度合いによって、被害者との他人性に差が生まれると解説されているように見える。

このあたり、理解できればまとめてみようと思う。

最後に

本当は保有者(自賠法2条3項)もまとめようと思っていた。しかし、記事が長くなること、観点がやや異なることから、この記事にまとめることは見送った。

運行供用者、運転者、被害者は、事故の損害賠償責任の主体客体の関係にある概念。対して保有者は、自賠責による賠償の填補に関係のある概念。両者はやや異なる観点の話となる。

また別の機会にまとめようと思う。


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