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「ハイウェイ・ホーク」第三章 鷹の目(1/6)【創作大賞2024ミステリー小説部門】

 現金が強奪された当日に、公団本社内に設置されていた緊急対策本部は大阪府警に移された。その日は報道機関に対するプレス発表も行われ、犯人を目の前にして取り逃がした大阪府警の面子は丸つぶれになった。
 翌日の朝から捜査会議が行われた。無論、容疑者グループを取り逃がした水川と谷川への風当たりはきつかった。谷川が一昨日の報告を一通り終えると、堰を切ったように質問が浴びせられた。
「なぜ、覆面パトカーを先行させ、追跡を一台のみで行ったのか」
「容疑者グループがサービスエリアで接触してくることを、予期できなかったのか」
「なぜ、東出を一人にさせてしまったのか」
「緊急配備を引いていたのだから、谷川たちはサービスエリア内に留まるべきではなかったのか」
 質問のどれもこれもが谷川に言わせれば、自分でやってみろと思わせることばかりだった。しかし容疑者グループを取り逃がした負い目から、ひたすら耐え続けた。ふと水川に目をやると、申し訳なさそうな目で谷川を見ていた。
 議論は今後の捜査方法に関する内容へと変わった。さすがに個人攻撃は影を潜め、会議に参加していた警察関係者たちの眼つきが変わった。

 尾形からの報告によると、容疑者グループから三宮への脅迫電話の中に、現金を受け取った後にダイナマイトを仕掛けた場所を教えると言っていたが、未だにその連絡がないことだった。おそらく容疑者グループは、新たな爆破を起こすつもりはないのではないかとの議論に至った。
 続いて尾形から盗難車について報告があった。現金が強殺されたのが一昨日の午後十一時ごろ、逃走に使用されたワンボックス車については、レンタカー会社から四日前に盗難届けが出されていたことがわかった。
 犯行に使用されたダイナマイトについては盗難届が出されておらず、容疑者グループがどのように入手したのか、今後捜査を続けて行かなければならない。
 谷川から今後の捜査における着目点について説明があった。当然のことながら、犯行前から用意周到に計画が練られていたことはだれの目にも明白であった。しかも高速道路という特殊な空間を巧みに利用していることが、今回の犯行の特徴であった。これらのことを踏まえて、会議では様々な意見が飛び交った。谷川は先程までの悪びれた態度を一変させて、それらの意見を巧みに取りまとめていった。

 脅迫電話から容疑者グループが接触してくるまでに丸一日空けたのは、どうも不自然に感じられたが、犯人の陽動であるとの意見も少なからずあった。容疑者グループは犯行を一日遅らせることで、警察に通報されるリスクは高くなるが、現金を確実に用意させるための時間を与える目的があったかもしれない。また軽トラックを使用させたことや、運転に不慣れな三宮を運転手に選び、追跡を困難な状況にしたのはあらかじめ警察に通報されることを想定していたと考えざるを得ない。その点からも綿密に計画された犯罪であると明言することができる。
 容疑者グループが軽トラックの走行位置を適確に知っていたこと、緊急配備に引っかからなかったことについては、一転して意見が出なくなった。高速道路という閉鎖された空間の中で容疑者の姿を感じることもできず、彼らは仮説すら立てることができなかった。まるで犯人が空を飛んで軽トラックと谷川たちを追跡し、現金強奪時には神出鬼没に現れて雲散霧消したかのように思えた。
 犯行現場がサービスエリアに選ばれたことについても議論がなされた。容疑者グループが現金を強奪するためには、高速道路を走行する軽トラックを一旦停車させなければならないが、例えば市街地にあるインターチェンジで降ろさせた場合、軽トラックを誘導する指示が難しくなるうえに、一般道が渋滞していれば容疑者の逃走ルートが確保できなくなる。また郊外にあるインターチェンジであれば、三宮との接触は容易になるが、逃走ルートが限られてしまう。そう考えると人が少ない夜のサービスエリアであれば、何のトラブルなく接触が可能であり、市街地に出るにも交通の便がいい。しかし包囲されてしまえば逃げ場がなくなるというリスクもある。この件についても明確な捜査の方向性を見出すことができなかった。

 容疑者グループの人数については、三人以上と言うことで意見が一致した。三宮が現場で言ったように、現金を強奪した容疑者グループがサービスエリア内の施設裏にいたのであれば、三宮の行動は全く見えなかったはずである。第三者がいたことは間違いない。問題はその第三者がどこから三宮たちを見ていたかと言うことである。サービスエリア内の駐車場は、犯行があった午後十一時ごろとなると閑散としていた。あえて人目に付きやすい場所に第三の容疑者がいたとも考えにくい。
 三時間に及ぶ会議の末、整理された課題に対する捜査班が編成され、操作は翌日から開始された。谷川と尾形は現金強奪があった小泉サービスリアに向かった。駐車場で仮眠をしている大型トラックの運転手に対して、一台々々窓ガラスを叩いて起こし、迷惑そうな顔をされながら事件当時にこの駐車場にいなかったか否か聞いて回ったが、そう都合よく居合わせた運転手は見つからなかった。強奪事件から三日目のことだった。二人は相変わらず同じサービスエリアの駐車場にいた。

「あれは何ですかね」
 尾形が然したる意味もなく指をさした。その先には、高速道路の上空を横切る少し幅の小さい跨道橋があった。オーバーブリッジとも呼ばれる。この跨道橋はサービスエリアから少し大阪側に離れた場所にあるが、上り線側と下り線側のサービスエリアを行き来するためのものだ。ただし高速道路からサービスエリア内に流入してきた車両は、この跨道橋を渡ることはできない。あくまでも緊急時の通路として使用するためのものであった。二人はその橋を歩いて見に行くことにした。そこに行くには、一旦施設の裏にある駐車場に出て、五十メートル程歩かなければならない。その橋の幅員は三メートル程度で、普通車が交互通行で行き違うには少し狭い。彼らは下り線側の施設へとその橋を歩いて渡った。橋の中央付近まで来て、谷川はあることに気付いた。この位置から、犯行があったサービスエリア内を一望することができる。少し距離はあるが、双眼鏡を使えば、人の顔を識別することも可能である。二人は跨道橋を渡り切ると、その緊急用ルートがそのまま下り線側のサービスエリアの駐車場につながっている光景が見えた時、二人は互いの顔を見合わせた。
 —ホシは下り線を使って逃走したのか。
 谷川は思った。そう考えれば、緊急配備に引っかからずに逃走することが可能になる。犯行直後、谷川たちは小泉サービスエリア近隣の一般道に検問を配備して、容疑者グループを市街地に出ることができないように封鎖する策を講じたが、容疑者グループはこの跨道橋を渡って、下り線を悠々と逃走した可能性が考えられる。

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