Helloween警察入門

はじめに

今年もハロウィンの季節がやってくる。
そして、ハロウィンをHelloweenと書いてのける輩が大量発生する季節がやってくる。

気持ちは分かる。私たちは英語のテストで「灰色」をGLAYと書いてきた世代だ。攻めの反対は受けだし、「ヴィーナス」を漢字で書くと「臍淑女」だ。好きなものが言葉遣いに出てくるのはよくあることだよね。

え、君たちはメタル好きじゃない?

しょうがないなぁ~!

ハロウィンをHelloweenと書いたあなたに、せっかくなのでHelloween入門を送ることにしよう。

カイ・ハンセン時代:メロの強いスラッシュメタル

ファーストアルバム「Helloween」からセカンドアルバム「Walls Of Jericho」までの短い時代がそれにあたる。後の作品でギターに専念するカイ・ハンセンが、まだフロントで歌っていた時代だ。
彼のボーカルは悪夢に出るような、ガラガラで異様なハイトーン。ファンの間では「魔女声」(魔女を絞め殺した時の声)と呼ばれるほど。もともとの音質の悪さに加え、録音中に本人が風邪を引いていたのも決定的だったらしい(それでも撮り直せないほどの予算とスケジュールだったわけだ)。

だが、このボーカルこそが魅力。英語のワードひとつひとつに異様な説得力が生まれ、ハードなツインギター、よく動くドラムと派手なドラミングを際立たせてくれる。このバンドは、何もかもが渾然一体となって爆走する、密なフォーメーションの暴走族のようなものだ。ひとりのヒーローがいるのではなく、全員がひとつの輝きを放つ稀なバンドだった。

たとえば最初期の「Murderer」。イントロからごり押しで突っ走る。ヘロヘロのボーカルが妙なリズムで歌詞を吐き捨てる。そのくせバッキングのギターソロが異様に丁寧。コーラスはダサい。「マーダラー」だぞ! なのに全部がリズムよく流れてゆく。個々の要素が大体酷いのに全体としては整ってしまう。この現象には説明がつかないが、初期のHelloweenはこんなのばっかりだ。

まるで1+1が200になってしまうようだ。10倍だぞ10倍。

またオープニングトラックの「Starlight」は、「ドラッグのやり過ぎで星が見える」というメタル的シチュエーションを、ギリギリのボーカルと勢いで生々しく表現したスラッシュメタル。カイのボーカルは音痴スレスレだが、絶対にカイにしかできないボーカルだ。10回くらい聴くと、もうこの曲しか考えられなくなる。頭の中でアーライ!と叫んでしまう。アーライ!

彼らは「Walls Of Jericho」の最終曲「How Many Tears」まで走り続ける。バラードなんて一曲もない爆勝宣言まっしぐらのアルバム最終曲は、泣きメロと緩急のついた名曲だ。作詞作曲は、数少ないオリジナルメンバーにして、数々の名曲の作曲家、マイケル・ヴァイカート。

ボーカルが相変わらず酷いので歌詞は聴き取りにくいかもしれないが、しっかり聴くと何を歌っているかは少しくらい分かるだろう。

And look up to the eternal skies
See warfare even there
What once has been a paradise
Now destruction and despair

In other worlds the children die
Lacking food ill from a fly
Oppressed by troops to tame their land
It's all the same again

果てなき空を見上げれば
そこでも戦いが起こっている
かつては楽園だったのに
今では破壊と絶望

他の世界では子供たちが死んでゆく
食べ物もなく蠅にたかられて
兵士たちに耕作を強いられる
そしてまた同じことを繰り返す

この曲は反戦歌である。とてつもなくポリティカルで、魔女声、ツインギター、ハイスピード、みんな忘れてもいいくらいの破壊力がある。最終曲でここまで攻められるメタルバンドが1985年にいたのだ。
Helloweenの地元はハンブルク。東西冷戦の最中、ハンブルクは西ドイツだった。約300kmの先にベルリンがあり、ハンブルクとベルリンの間には、東ドイツの国境線が立ちはだかっていた。

私は、初期Helloweenはスラッシュメタルと定義したい。そして、彼らと対比できるバンドはただひとつ、Megadethだ。インテレクチュアル・スラッシュメタルと謳われたデイヴ・ムステインのプレイスタイルは、今でもナイフの刃をきらめかせている。


マイケル・キスクとカイ・ハンセンの時代:希望のメタルど真ん中

新たにボーカルとして迎えられたマイケル・キスクのボーカル力は、驚異的だった。前任のカイがダメダメだった以上に、キスクが化け物だったのだ。

これは、聴けば一発で分かる。1987年の「Keeper Of The Seven Keys」から「I'm Alive」。

ボーカルの明るさが段違い。激しく上下するメロディも完璧に歌いこなし、不思議と楽曲のトーンまでが明るさを増して輝き出す。こうなるとツインギターの美しさもより際立ち、バンドの方向性も大きく変わる。

さらに、続編「Keeper Of The Seven Keys Pt.2」が、期待の上をいってしまった。これには世界中のリスナーがぶったまげる。超・代表曲「Eagle Fly Free」の誕生だ。

スピード感溢れるリズムにしっかりドライブする歌詞、緩急ついた展開から突き抜けるハイトーン。

Eagle fly free
Let people see
Just make it your own way
Leave time behind
Follow the sign
Together we'll fly someday

鷲よ、自由に飛んで行け
人々に見せつけろ
ただ我が道を行けと
時間を置き去りに
兆しをたよりに
いつかまた一緒に飛ぼう

ここでは自分なりに訳した。「鷲は自由に飛ぶ」なり「自由に飛ぶイーグル」が正しいと分かっていながら、ね。

そして、この二枚のアルバムでは、13分の長尺で物語を綴る実験曲が作られている。それが「Halloween」と「Keeper of the Seven Keys」だ。
特に「Keeper of the Seven Keys」は、心を病んだマイケル・ヴァイカートの再生の曲であるとともに、音楽で物語を語る試みを、ヘヴィメタルで試みた大作でもある。ELPの「Tarkus」など、プログレなら20分超の大作はしばしばあるが、メタルで飽きさせずに展開できるのは彼らの実力を示している。
ストーリーは文字通り「七つの鍵の守護者」として主人公が使命を果たし、悪を滅ぼす物語。物語をおいても、美しい楽曲だ。

カイ・ハンセン脱退:暗黒時代

しかし奇跡は長く続かなかった。
多忙や肝臓疾患のためカイ・ハンセンが脱退(翌年Gamma Ray結成)し、代わりにローランド・グラポウを迎えるも、今度はバンドが権利関係で揉めてアルバムが出せず不完全燃焼。
そのままリリースしたアルバム「Pink Bubbles Go Ape」が大不評。

https://www.amazon.co.jp/dp/B000C4A1EO

確かに、全然メロディックじゃないし全然メタルじゃない。かわりに内省的な曲や中途半端なロックンロールがばっかりが入っていて、おまけにダサジャケ。私が唯一好きな曲は、「The Chance」。このアルバムは黒歴史すぎてサブスク配信すらされていないという冷遇ぶりである。

線の細いイントロのギターは、新加入のローランド・グラポウによるもの。作曲もグラポウで、どこかイングヴェイ的なギターソロも全部グラポウ。

そして次作「Chameleon」は、さらなる大失敗。自分のやりたかったロックが惨憺たる結果に終わったマイケル・キスクが脱退し、ドラムのインゴも解雇(後に自殺)。バンドとして限界に来たか……と思われたところで、Pink Cream 69の元ボーカル、アンディ・デリスが加入、ドラムにはウリ・カッシュが加入。

バンドはこれで、もう一度息を吹き返したのだ。

アンディ前期:せめぎあい

復活作「Master Of The Rings」は、また一皮むけたHelloweenを見せてくれた。

イントロからとどろく、人間を超えたようなバスドラ連打。マイケル・キスクと正反対でワイルドながら、甘いファルセットと幅広い音域を持つアンディ・デリスのボーカル。そしてほとんど変わっていない、マイケル・ヴァイカートの丁寧で聴きやすい楽曲センスとギター。
やはりキスクほど明るくはない。カイほどストレートではない。だが、Helloweenであると納得させるだけの楽曲ができていた。

次作「The Time Of The Oath」は、全員大合唱の名曲「POWER」を生んだ。

これまた作詞作曲は、マイケル・ヴァイカート。イントロとサビで使われるメロディが強烈で、歌詞をのせてもまったくぶれない……というか、このメロディにはこの歌詞しか載らないだろ、と確信してしまうようなハマリぶり。

このあたりからファンは気づき始めたのではないだろうか。Helloweenは作曲者によって形を変える。そして作曲者のエゴがバンドを変えてゆく。特にローランド・グラポウが加入してから、その傾向が強くなり、幅広い楽曲が生まれる一方で、バンドがブレるようになった。要するに、「船頭多くして船山に上る」ということなのだろう。
個々のメンバーは紛れもなく実力者だ。グラポウのギターがイングヴェイかぶれなことを除けば誰もがオンリーワンで、キスクが残していったボーカル地獄のような過去曲も、アンディのテクニックでどうにか対応できていた。
しかし、それでも、覆水盆に返らず、なのである。

アンディ後期~現在:まさかのトリプルボーカル

「Master of the Rings」「The Time Of The Oath」から「Better Than Raw」「The Dark Ride」と、この揺れは続いた。メンバーは楽曲で争い、演奏で争った。そして、ローランド・グラポウとウリ・カッシュの脱退によって、ひとつの時代は終わった。彼らは新バンドMasterplan(この名前はネットで募集したもので、2nd「Wall of Jericho」の歌詞の一節から来ている……)に渡り、新メンバーとしてギターにサシャ・ゲルストナーが入った。ドラマーは数年安定せず、4バスのプレイヤー、ダニ・ルブレが加入して今に至る。

それからのHelloweenは、大ブレイクはせずとも安定した楽曲を出し続けてきたように思う。「Keeper Of The Seven Keys」の続編を出す! という、過去の栄光にすがるバンドが犯しそうな大失敗も、さすがの実力で乗り越えた。定番の長尺曲のみならず、ポップでしっかりした「Mrs.God」などの佳作も出してくれた。

2010年の「7 Sinners」でインパクトを残したのは、「Are You Metal?」。ポップと思えばメタルに、メタルと思えばアコースティックカバーと、実力者が右へ左へ進路をブンブン振って行く。その都度なかなか楽しませてくれる、だが代わり映えしない……なんて思っていた矢先に、とんでもないことが起きた。

カイ・ハンセン率いるGamma RayはしばしばHelloweenと共演していた。例のウリ・カッシュはGamma Rayの元メンバーだったし、ヴァイカートはグラポウ脱退時にGamma Rayのヘンヨ・リヒターに食指を伸ばしたり、この2バンドは絶妙な距離感で動いていた。
マイケル・キスクは脱退の経緯が経緯なのでHelloweenとは距離はあったが、逆にGamma Rayでコラボしたり、カイ・ハンセンの新バンドUnisonicでボーカルを取ったり、面白い関係を期待させていた。

しかし、まさかカイ・ハンセンがHelloweenとコラボするとは。さらにマイケル・キスクまでが戻ってくるとは!!!!

Pumpkins United

2017年、ゲストとしてカイ・ハンセンとマイケル・キスクを加え、Helloweenは7人になった。
ボーカルは3人。カイ、キスク、それにアンディ。魔女声とアーライのカイ、ハイトーンのキスク、テクニックとシャウトのアンディ。この組み合わせは、まさに死角がひとつもない。
ギターも3人になった。ギターボーカルのできるカイ、Helloweenをずっと支えてきたヴァイカート、Freedom Callから加入し、なんでも弾けるサシャ。トリプルギターがいるバンドなんて、アイアン・メイデンくらいしか知らないぞ。

この夢の組み合わせは、二度にわたる世界ツアーを実現させ、世界のメタラーを感動させた。キスクの歌うEagle Fly Free、カイの歌うHeavy Metal(is the law)なんて、メタラーたちが30年越しに願っていて、でも一生実現しないと思っていたことなんだ。それが彼ら自身の作ったバンドでカバーされるだけでも、十分ライブのハイライトたり得るのに、まさかHelloweenで聴けることになるとは!

画像1

もちろん彼らは日本に、2018年のZeppにやってきた。
私がHelloweenに興味を示したのは、彼らがラウドパークにやってきた2015年で、その時点で何もかもが遅すぎた。当時の自分はGamma Rayには興味なく聞き逃し、マイケル・キスク時代しか知らなかったHelloweenを予習もしていなかった。深く彼らの音楽を知ったときには、もう時計は戻らず、彼らの生歌の、さわりでも聴くことは一生かなわないと絶望していた。
それが全部吹き飛んだ。ステージ下手側の花道沿い、センターステージの端から3mもないところで、私は彼らを見た。
何もかもが全部吹っ飛んだ。
奇跡は起こると教えてもらった。

写真は一番最後、確か「Future World」のあたりかな。マイケル・キスクとカイ・ハンセンが、HelloweenでHelloweenの曲を演奏しているんだ。それだけで泣けてくる。

海外の音源があるので、今ならその追体験もできる。
もともとアンディ曲の「Forever One」に、マイケル・キスクのコーラスが入った。自由自在に上へ下へと切り替わる奇跡的なコーラスが繰り広げられる。二番ではキスクが歌う。これも永遠に聴けるはずのなかった組み合わせだ。

稀代のギタリストが三人でギターを奏でる。超個性的ボーカリスト三人が、それぞれの歌で奇跡を築く。まさかの新曲「Pumpkins United」は、歌詞の中に過去作のキーフレーズがたくさんちりばめられている。ボーカルの組み合わせも含め、過去に最大の敬意を払った新曲だ。

さらに、2021年には、彼らを新メンバーに迎えた新譜「Helloween」が発売された。
もうコラボじゃない。奇跡はついに実現態を示した。永遠はあるんだよ!