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聞こえる・・・/#春風怪談


よく言うじゃないですか、「見える人」とかって。

わたしはどちらかというと、「聞こえる人」なんですよ。

最初に聞こえたのは…確か祖母が亡くなった時だったと記憶しています。

同じ屋根の下に暮らす父方の祖母がある日曜の夜、脳溢血で倒れたんです。その瞬間、わたしは確かにわかりました。家族全員で我が家の居間でNHKの大河ドラマを観ていた時です。テレビの上の壁に吊ってあった、どこかのお土産の木彫りの鈴が、何の前触れもなく落ちて物凄い音を立てたんです。「ガッシャーーーン!!」と。

それなのにその場にいた家族は誰一人として微動だにせず、テレビに釘付けになっていました。わたしは不思議に思いましたがなんとなくその事に触れてはいけない気がして黙っていました。けれど何故かその瞬間「あ、おばあちゃん…」と思ったんです。おばあちゃんがどうしたとかなんとかは全くわからないんですけれど、ただ「おばあちゃん…」と意識が2階にいる祖母に飛んだんです。

大河ドラマが終わって家族に「ねえ、鈴が落ちたよね、すごい音したよね」と言ったらみんなが首を傾げて「へ?何が?」と言います。確かに鈴は落ちていましたが、その瞬間はわたし以外の家族5人、誰一人そのことに気づいていなかったんです。鈴が落ちた時のあの「ガッシャーーーン!!」という大きな音も誰も聞こえなかったと言います。わたしは慌てて2階の祖母の元へ走りました。部屋の襖を開けると、祖母が正座したまま上半身を前にぺたんと倒してガーガーとすごい音のイビキをかいていました。


祖母のお通夜の晩、夜中の2時頃にふと目を覚ましました。そしてトイレへ立った時にわたしははっきりと聞きました。誰も入っていない真っ暗な風呂場の中からジャー…ジャー…と何度も掛け湯をする音を。祖母はお風呂が大好きだったんです。ああ、おばあちゃん、あの世に逝く前に綺麗にしていきたいんだな…。そう思って納得しました。別段「怖い」という気持ちは不思議と全くありませんでした。



それからというもの、わたしは度々「聞こえる」ようになりました。

見晴らしのよい前後誰も走っていないハイウェイを彼の車の助手席でのんびりとドライブを楽しんでいる時、後ろから爆音のバイクが近づいてきました。あぁ、走り屋か…爆音は私たちの乗る車を猛スピードで追い抜いて行きました。・・・はずでしたが、その姿はなく、追い抜いたのは音だけでした。思わず彼の顔を見ましたが彼は何も気にしていない様子で運転をしています。あぁ、聞こえたのはわたしだけか。


大阪に住んでいた独身の頃、毎月出張で使う東京のホテルはなるべく安価な常宿を決めていました。ビジネスホテルでもかなり大きな、そして古いホテルでした。部屋はベッドとトイレがあるだけ。隣の部屋とは薄い壁一枚。お風呂は各部屋には無く、最上階にある天然温泉の大浴場というのは結構気に入っていました。

いつも出張は女性上司と二人。隣同士の部屋を取ります。その日も仕事を終えた後に最上階の大浴場の温泉で二人でゆっくりと疲れを取り、それぞれの部屋に入りました。

わたしは寝る時は部屋の電気を真っ暗にしないと眠れません。いつもと同じようにベッドに入って部屋の電気を消して目を瞑りました。すると聞こえてきたのです。


最初は男女二人の話し声でした。どうやら隣の部屋の宿泊者のようです。何を話しているのかは分かりませんが、ひそひそとまるで内緒話をするかのような、一定の低いテンションで話しています。

壁越しの話し声なのですが、妙に響いてきます。こんな真夜中に何の相談かと思いましたが文句を言いに行くのも億劫で我慢する事にしました。でもずっと話し続けています。ボソボソと何を話しているのかと気になって眠れません。

すると次の瞬間、「ゴオォォォ〜〜〜〜ン」と、まるで除夜の鐘のような大きな鐘をつく音がして・・・

僧侶の読経の声が聞こえてきました。最初は一人の声でした。何故?わたしはてっきり隣の部屋の二人がテレビを観ているのだと思いました。でも、何故に読経のテレビを?こんな真夜中に?そんな番組があるのか?

不思議に思っていると、徐々にその読経の声の人数が増えていきました。どんどん増えます。まるで何十人もの僧侶に囲まれているような感覚になりました。わたしの寝ているベッドの周りにぐるりと何十人もの僧侶たちが取り囲み、中心に寝ているわたしに向かって一斉に般若心経を唱えているようでした。

余りにもその声がうるさいのですが、何故かわたしは隣の壁を叩くことも、隣の部屋のドアをノックすることもしようとはしませんでした。まぁ、仕方ないな。そんな風にだけ思ったことを今になるととても不思議に思い出します。そして、いつの間にか深い眠りに落ちていきました。


何度も泊まっていたにも関わらずチェックインがいつも夜なので窓から外を見たことがなかったのですが、その読経が聞こえた翌朝、初めて窓から下を見るとそのホテルのすぐ裏にはお寺があり、大きな墓地がありました。

あぁ、そういうことか。わたしはそれでも確かめたくて、上司と朝食の席で顔を合わせた途端ききました。

「昨晩、読経の声がうるさくなかったですか?隣の部屋の二人の話し声がうるさくて眠れなかったんです。そしたらテレビの読経が…」

「何言ってんの?そんなテレビがあるわけないでしょ。それに私たちの泊まっているフロアは全部シングルよ。あんな狭い部屋に二人は泊まれないでしょ」


あぁ…。また聞こえたんだ。



あんこぼーろさんの企画に参加しました。


#春風怪談  








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