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鐘を鳴らして私を探して #リライト金曜トワイライト


大切な人を失ったその日から、私の世界には色がなくなった。

モノクロームの世界。

全てが灰色で、不穏な影の中に潜む微かな光をあてどもなく探していた。


そんな絶望の縁で、あなたに出会った。

初めて会ったとき、その瞳はまるで 深い暗闇の淵を覗いたように沈んだ鈍色をしていた。

同じ匂いを感じた。

それは私の中に密かな欲望という火を灯した。

その小さな光を頼りに、生きる希望を見つけようと必死だった。

あなたも同じだったのだろうか。



横浜   元町  レンガ道 

馬車道は子供の頃から慣れ親しんだ通りだ。

広場のベンチに座ってガス燈の灯を見上げながら、母親に買ってもらったアイスクリームを食べた幼い日々は今でも鮮明に覚えている。

学生時代も歴代の彼氏や女友達とよくここへ来た。常連が集まる喫茶店でクリームソーダを飲んだりインポートのお洒落な店でショッピングしたり。馴染みの花屋では初めてのアルバイトも経験した。


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大人になると この街で恋や遊びやお酒の味も覚えた。あちこちのバーで飲み歩き、ビールやハイボールに飽きると、行きつけの店でバーテンダーが作る色とりどりのカクテルにハマり興味を持った。

そのうちに自分でも作りたくなって、その店の見習いとして雇ってもらったのが事の始まりだった。


・・・・・・・


いつも店のお客さんをアフターで連れてきてはお金を落としてくれるキャバクラ嬢のリサは、その日珍しく店に出る前に一人でやって来て、私にある提案をした。


「ねえチカ、ダブルデートしない? あたしにゾッコンのお客がいてさ、今度後輩くんを連れて来るらしいのよ」


あまり乗り気ではなかったが仕方がない。半年前に恋人を事故で亡くした私が、それ以来ずっと沈んでいて不憫に思えたのだろう。友達である以前に、この店の上顧客として世話になっているリサの言うことを断るのも私的には不義理な気がした。


「いいよ、わかった。楽しみにしてるね」

「そうこなくっちゃ! ねえ、喉が乾いちゃった。あたし、チカのピニャコラーダが飲みたいな〜」

「OK、作るわ。飲んでって!」


バカルディ スペリオールはあらゆるカクテルに使いやすい人気のホワイトラムだ。ライトなボディーにスムーズでドライなテイスト。微かに香るバニラやアプリコットのアロマはフルーツを使ったカクテルに向いている。グラスにクラッシュドアイスをたっぷりと入れ、バカルディ スペリオール、パイナップルジュース、ココナッツジュースをシェークしてグラスに注ぎ、カットしたパイナップルを飾った。若くて華やかなリサにぴったりのカクテルだ。カウンターのリサの前に差し出すと満足げに微笑んで美味しそうに飲んだ。


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「あ〜〜美味しい!サイコーね、チカのカクテル」

「ありがとう。まだまだ勉強中だけどね」

リサのおかげで久しぶりに笑顔になった。いつまでも辛い思い出の過去に縛られてはいけないことは、私自身が一番よくわかっていた。


・・・・・・・


視線

ダブルデートの場所に指定されたワインバーに着いて時計を見ると待ち合わせの30分前だった。この店は前に一度、ビリヤードが得意だった彼と来たことがある。そう、この台で彼はビリヤードに興じていた。そのシビれる姿は今でもはっきりと脳裏に焼きついて、私をいとも簡単に幸せだったあの頃に連れ戻してしまう。


あれから半年か・・・

彼のフォームを真似て台の上に無造作に転がった玉を突いてみる。カチンと乾いた音を立てて赤い玉は真っ直ぐに対角線上に転がり、そのまま黒い穴の中に吸い込まれていった。

見えなくなった赤い玉の残像は、もう決して見ることができない彼の姿と重なって私の視界から音もなく消えた。


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「チカ!お待たせ」

静寂を破った突然の声に驚いて振り向くと、リサといつもの彼 そして背の高い痩せた青年がそこに立っていた。

Tシャツにジーンズにワラビー。まだ学生のようだ。ハンサムだが大人になり切れていない華奢な体つきは心許なく頼りなげだった。


目と目が合った。

青年の鈍色の瞳はその瞬間真っ直ぐに私を射抜いた。

その時、私の冷えきった心の奥底に小さな灯火が生まれた。何かは分からない。形にもならない。でも確かに「何かが始まる」そんな予感がした。


四人がけのテーブルで、彼の向かい側に座る。

リサの店で散々飲んできたのだろう、時々こちらの様子を気にして試すような視線を投げかけてくるその上気した顔が、お酒のせいだけではないことを確かめたくなった。

四人でピザを摘みながらコークハイで乾杯する。

リサを落としたい先輩の男は話に夢中で、目の前の彼と私は置いてきぼりを食ったように暇を持て余していた。そして退屈な私にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。


右脚のヒールを脱いで、赤いペディキュアの指で目の前の男のスネを下から上へとゆっくりと撫であげた。

びっくりしたようにこちらに目を向けた青年はムッとして一瞬怖い顔をした。

冗談よ。ちょっとした挨拶。チロっと舌を出してウインクすると上気した顔がもう一段赤く色づいた。その鋭い眼光に、さっき私の心に芽生えた小さな灯火は希望の光へと変化した。



あの頃あなたが背負っていたものは何だったのか、私は尋ねなかったし知りたいとも思わなかった。私と同じように、言葉にできない思いは嫌というほど伝わってきたから。

若さは希望の塊なんかじゃない。若者の未来が明るいなんて誰が決めたの?

私たちは空っぽだった。この先の途方もなく長い人生の行く末に、必ず光が差しているとは到底思えなかった。目の前にある小さな小さな希望の灯火を絶やさぬよう 持て余した肉体のエネルギーをぶつけ合うために、二人はお互いを必要としていた。


・・・・・・


山手のホテル   乾いた鐘の音

私たちの始まりはある年のニュイヤーを迎える夜、元町ストリートから少し入った場所、その夜二軒目に訪れたbarの前だった。扉を開けようと私の前に立つあなたの背中にそっと触れたとき、急に振り向いたあなたに強く抱きすくめられた。そして二人はそれまでとは全く違う熱いキスを交わした。長く、深い、特別なキスだった。突然のあなたの激しさに戸惑いながら、私はあなたの全てを受け入れていた。そしてあなたを愛していると知った。



何度か訪れた山手に建つ古い洋館。

ギシギシと音を立てて今にも傾きそうなそのホテルの小部屋で あなたと幾度かの夜を超えた。

二人熱い肌を重ねている時だけは、何もかも忘れて目の前のあなただけに集中することができた。

断ち切れない、忘れられない思い出も何もかも、そこでは容易く手放せた。

私はあなただけが必要で、あなたは私だけを見つめてくれた。

どうにもならない不安や悲しみを 真っ白な灰になるまで燃やし尽くしたくて、私はあなたに抱かれた。あなたの唇は見えない未来を探すように私を愛撫した。お互いその先には何も見つけられないと知りながら。ただ二人、とろけ合うバターのように熱く、混ざり合うハニーのように甘く、欲望のままに激しく味わいながらお互いの虚無の心を慰め合い、お互いの存在を肯定し合った。

あの古びたホテルのベッドの上でだけは、生きている実感が湧いた。あなたと一つに交わっている時だけは、自分の体に流れる熱いものを感じることができた。


その部屋の、淀んで湿った空気をあなたとの記憶に留まらせたくなくてベッドから起き上がり窓を開けた。横浜港から吹いてくる爽やかな風が夕日が差し込む小さな窓から入ってきた。その潮の香りを胸一杯に吸い込んで振り返ると、あなたは眩しそうに目を細めながら逆光の中の私を優しく見つめていた。


あなたの言葉を今も覚えている。

クシャクシャに乱れたシーツに二人くるまり お互いの体温を肌に感じながらぴったりとカラダを寄せ合っていると、近くの教会の乾いた鐘の音が聞こえてきた。


「探すときは 教会の鐘を鳴らすよ」

何もない自分をあなたは卑下していたけれど、私にはわかっていた。

「きっと大丈夫。運があるから あなたには」

そう言ってあなたの乱れた髪を撫で、瞼にそっと口づけた。


あなたはこの街に居続ける人じゃない。もっともっと遠くへ、どこまでも遠くへ自分を探しに行くとわかっていた。そこにはきっと希望がある。そして必ずその手に光を掴むだろうと。

一途で、何かを成し遂げたいと必死で、そこへ向かっていこうとするエネルギーを あなたは静かにその胸の内に秘めていた。私の過去を何一つ聞こうとしなかったのはあなたの優しさ。それは狡さではなくて私への思いやりだったと知っている。そして自分の行くべき道を振り返らず進むためのあなたの決意だったと。


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マジックアワーに染まる横浜ベイブリッジを眺めながら遠く想いを馳せる。日没と共に潮の香りが濃くなってやがて暗闇に浮かぶ金星が見える頃、あの時二人で聞いた乾いた鐘の音がまた今日もこの空に響く。

いつの日か あなたがこの街に戻ってくることがあったら、約束通りあの鐘を鳴らして私を探し出して欲しい。


「またね」と別れても、あなたを今も愛しているから。


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イラストレーション by  猫野サラ


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#リライト金曜トワイライト  企画に参加しました。

リライトに選んだのはこちら ↓↓↓


ー追記ー

彼女の気持ちを書いてみたい・・・

池松さんの #金曜トワイライト は今年7月から9月までの3ヶ月間、毎週金曜日に投稿された恋愛小説シリーズ。普段恋愛モノを書かれない池松さん。それはリアル臭がぷんぷんするとても純粋でキラキラ光る思い出話を聞いているような感覚で毎回楽しみに読んでいました。

ドキドキします。ソワソワします。ハラハラします。やはり、リアルに勝るものはないんだなと。いえ、本当のところは知りません。100%ではないでしょう。でも池松さんが書かれると100%リアルに感じてしまう。これは凄い才能なのではないでしょうか。

リライトした池松さんの元の文中にもありましたが、『スマホの小さい画面で笑みをこぼしているあなたは、あの頃の僕をどうみていたのでしょう。』とあります。この一文で決めました。『 彼女の気持ちを書いてみたい 』と。

そこで、書く視点を女性側に変えてみました。彼女の気持ちはどうだったのか?私も知りたくなったのです。そして勝手に名前をつけました。キャバクラ嬢は「リサ」、恋の相手は「チカ」です。青年を「潤」と呼びたかったのですが、そこは後々クレーム対象になる危険性があるので我慢しました(笑)。チカは女性バーテンダーだったのでしょうか。その辺りははっきりと書かれていないので疑心暗鬼気味に見習い程度にしておきました。『バカルディ カクテルコンペティションで優勝した』って書いてあるし…その辺りはどうなんでしょうか。池松さんに聞いてみたいです。

人様の書いた文章をリライトするというのは、私にとっては初めての試みでした。リライトは内容の補足や説明に走ってしまうと、面白味に欠けたりクドくなったりして、元の文章の説明文のようになってしまいます。そうならないためにまずは元の池松さんの文章を何度も繰り返し読み込んで、自分の中に落とし込みました。その上でゼロから新しい物語を考えてみようと。そこまでにたっぷりと時間をかけるとあとは妄想列車が迎えに来るのを待つだけです。いつものように私の創作が自由に走り出しました。

リライトというカテゴリーにおいて、私はそのノウハウや技法をよく理解していません。なので、「こんなのはリライトとは言えない」と思われるかもしれませんがあえてそこはスルーして(笑)、池松さんの文章の中にある『感情』を私の中に憑依させ、印象的なエピソードをふくらませながら生まれる新たな感情をまるで彼女が書いたアンサーnoteのように表現してみようと。とにかく自由に、縛られず、チカになり切って若き日の切なくほろ苦い池松青年の恋へのオマージュをしたためてみました。

いかがでしたでしょうか池松さん。評価のほどはお手柔らかにお願いいたしますね。あ〜楽しかった!













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