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『小さな家の思想-方丈記を建築で読み解く』文春新書を出して⑨長尾重武

「相田の一言」2062022.8.5(金) 「小さな家の思想」
 
友人の建築家・相田武文さんに拙著をお送りたところ、上記タイトルの文章が過日届きました。相田さんは、芝浦工業大学名誉教授で、研究室の卒業生でメールが分かっている100名あまりの方々に、「相田の一言」というメールを送っているそうです。上記日付で、拙著を取り上げて下さいました。相田さんの許可を得て、ここに転載させていただきます。感謝とともに。読みやすいように、段落ごとに一行アケさせていただきました。

『小さな家の思想—方丈記を建築で読み解く』 長尾重武著 文春新書 950円
 この本は、著者の長尾重武氏から送られてきたものです。この「一言」でも取り上げたのですが、16 世紀マニエリスム期の建築家ヴィニョーラの「建築の五つのオーダー」について書かれたのが長尾氏です。彼はイタリアを専門とする建築史家として認知していたのですが、驚いたことに、今回の著作は日本、しかも方丈記にかかわるものでした。
 
 文体は平易に書かれており、読みやすいのですが、その内容は相当な知識量に 裏付けされていることが感じられます。掲載されている参考文献や著者の学兄といわれる人たちからのインフォメーションなど、キチンとおさえられており、さすが学者だなあと、あらためて著者の長尾重武氏に敬意を払った次第です。全体像をつかむために以下に目次を掲げます。
 
はじめに
第1章 「人と栖」の無常―「方丈記」のあらまし
第2章 鴨長明の生涯
第3章方丈庵に持ち込まれたモノ
第4章方丈庵ができるまで―プロトタイプと完成形
第5章 「再生の地、日野山
第6章 「方丈記」のルーツ
第7章 方丈庵を継ぐもの―数寄の思想
第8章 江戸期の小さな家—芭蕉・良寛・北斎
第9章 ソローの「森の家」
第10章 現代の「小さな家」
おわりに
参考文献
 
 鴨長明の方丈記は、若い頃に一度、その後十数年前に読んだ記憶がありますが、内容についてはほとんど覚えておりません。記憶をたどってみましたら、「相田 の一言」(NO.44 2010/1/20)でとりあげておりました。今回、長尾氏の著作を 通して、あらためて「方丈記」の面白さを認識いたしました。

 著者は「方丈庵」の概念について、次のように記しております。「方」は四角形、「丈」は長さの単位で、1丈はおよそ3メートル。わずか1丈 四方の小さな家、庵のことです。」そして、「長明は方丈庵を<最期を迎える家> としてつくりました。そこには仏教者としての長明の世界観が込められている のと同時に、波瀾に富んだ彼の人生を総括するような家になっているのです。も うひとつの大きな特徴は、方丈庵が組み立て式であることです。(略)現代風にい えば、モバイルハウスなのです。」

 私がこの本の中で建築史家らしい考察をしていると感じたのは、方丈庵を3D 図や平面図として再現を試みていることです。なるほど、このような間取りであ ったのかと、風呂や便所といったものは内部にはありませんが、これならば住めるのではないかと想像をめぐらしています。
掲載されている復元図「方丈庵における<臨終の行儀>。北枕になり、阿弥陀 如来と正面に向き合う」や「略本<方丈記に基づく方丈庵のプロトタイプ>」を みますと、柱が中心にあり、四の字型プランに近い平面になっております。

 また、「大原で構築された方丈庵」の図をみますと、中央に炉がきられており、中心の柱が消えております。そして、「日野山の方丈庵 (完成形)」になりますと、南側の柱が引き戸の関係で4本になっております。

 屋根の形態についても興味ある見解を示しております。「方丈庵という正方形 の建物となると、屋根の形はまっさきに宝形が思い浮かびます。いわゆるピラミッド形の正四角錐です。しかし、実際には切妻屋根(本を伏せたような山形の構 造)で、東西に棟が通っていたと思われます。」

 著者は外国にも眼を向けています。私は読んだことがないのですが、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー著「ウォールデン 森の生活」という本です。著者に よれば、ナチュラリスト、ミニマリストのバイブルとして、いまも世界中で愛読されているとのこと。

 ソローは森の中に小さな家を自分で造り、そこに住む目的について次のように記しているとのことです。 「思慮深く生き、人生の本質的に事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きてはいなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである」と。

 なかなかの人生訓だと思います。私の歳になっても、生きることの意味について回答が出ないままに過ごしているのですが。建築家としての私にとって、第 10 章の「現代の<小さな家>」については、もう少し頁を割いてほしかったと思いますが、一般書としての新書版であることを考慮しますと良い塩梅かと思います。

 著者は「おわりに」において含蓄ある言葉を記しております。皆さん、この暑い夏、一瞬でもよいですから自ずの頭を冷やし、自分の人生について考えるのも、夏の日の良き思い出になるかもしれません。

 「人はく生家>で幸福に暮らし始めます。両親、親族、関係者からの惜しみない愛のもとで、家という揺籠に守られて生き始めます。生まれた家が、人間の連 続性や統合性を保障しているといえます。

 こうした<生家>に対置されるのが、<終の棲家>でしょう。生家は自分で選ぶことはできません。終の棲家もなかなか自分で選ぶことは難しいかもしれません。しかし、鴨長明は自らの終の棲家として、方丈庵を構想し、そこでの暮らしに安寧を見出しました。自分の死の形をそこに取り込み、そうすることによって生を輝かせることができた。そこに現代のわれわれが学べることは少なくないと思います。」 以上

相田武文
 

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