#18 生理的嫌悪は時として知識や感情を超えてくる、みたいなはなし



 大規模な食中毒事件と、それに付随するSNSの動きを見て、なんともいえない気持ちになっている。当事者が(図らずも)飲食業界に与えた衝撃は非常に大きい。そして、一度毀損された信頼というものはそう簡単には戻らない。思うに、この信頼というものの厄介さと、それを容易に破壊しようと試みる社会の不安定さは、SNSという情報伝達システムの寄与が大きい。それについては、まとまったときに書くかもしれないし、書かないかもしれない。

 学生のころ、振り込め詐欺がなぜなくならないのかわからなかった。普通の人間は親族の声なんか聞いたらすぐにわかるだろうし、高齢者が持っている貯金なんてたかが知れているのだから、リスクが大きすぎるだろうと考えていた。後半については今でも変わらないが、前半については就職して考えを改めた。電話というインフラは非常に音質が悪い。実際、音声だけを取り出したら個々人を確実に識別できるには専門の機械でもないと難しいほどと聞く。みなさんも電話で仕事のやりとりをすることもあると思うが、電話で要件から話すのはあまり得策ではないのも、最初聞いただけでは相手の素性を確認できないからであろう。電話のやりとりに慣れている人間は、必ず「お世話になっております、(所属)の(名前)です」と最初に入れる。顧客の立場で、一般ピーポーの状態でもそうしている人は多い。就職活動時代、電話がどうにも苦手だったが、電話口で一度挨拶するとなぜか話しやすくなることに気づいて、以降そうするようにしている。よくIT業界とおぼしきひとが「メールで挨拶すんな要件だけ書け」みたいなことをいっているのをたまに見かけるが、おそらくはメール文化というものが電話の延長線上にあるから出来た慣例的なルールで、結局のところそうするのが「相手とのコミュニケーションに不和が生じにくくなる」最大公約数的な定石になったのだろうと思う今日この頃である。

 また、こうした「挨拶文化」というのは別に日本固有のものではなく、全世界的に、どのコミュニティにおいても大なり小なりある。そして、その文化が相互コミュニケーション、とかく「危険察知」の文脈で発展してきたところが少なからずあるように思っている。

 実際、メール文や電話で最初に違和感をおぼえる部分というのは、「要件」以外のところがほとんどである。挨拶の文脈が変だったり(多くの「挨拶」というものは、その様式が様々であるにせよ、「文脈」を捉えているという点においてはほぼ共通していると言っていい、とぼくは思う)、やたら誤字脱字が多かったりするものは、内容を読む前に「何かあやしい」と感じてしまうものだ。

 もちろん、当人の「くせ」という可能性も少なくない。が、いちど「あやしい」と思われてしまうとその払拭には相当の時間がかかるし、そのために余計な心理的ないし物理的コストを支払う必要が出てくる。直感的な判断を覆すのは難しいし、だからこそ「ミスリード」が戦術的手段として非常に使われるのである。

 振り込め詐欺というのは、この「ミスリード」をフル活用した詐欺行為である。身内の助けという緊急事態、それを解決できるのが自分だけというヒロイックな情景が「論理的におかしい」という理性のセキュリティを無効化するから成立する詐欺なのである。実際、その辺の学生をつかまえて「取り分1割」の歩合制のようなものをちらつかせて電話をかけさせ、現金を取りに行かせる足を消耗前提の兵隊にやらせて、そいつにもはした金を握らせてさえしまえば、うまくいくと一気に数百万の収益を得ることができてしまう。たとえば100件電話をかけたとしても、1件成功してしまえば十分元が取れるくらいの収益率だとしたら、なくならないのも当然だろうと思う。そして、これだけ対策が喧伝されていてもいまだに被害がなくならないのも、これがある種の射幸心を煽る仕組みを悪用しているからにほかならないだろう。それに駆られてしまえば、いくら知識があろうが警戒していようが無力だ。催眠商法がなくなっていないのも、悪辣な献金で有名な宗教団体が全くつぶれないのも原理的には同じだろうと思う。

 生理的嫌悪も同じで、一度感じてしまうと、それを生理的に受け入れるのは相当難しくなる。それこそ、「理屈を無視」してしまうからだ。だからこそ、「合理性」や「最適解」のようなものは一部の人間を除いて、結果的に文化に馴染み切るということはない。不合理なところに生理的な快(ここでは「不快のない快」も含む)があれば、人間というのは容易にそちらになびく。

 昨今で求められている「合理性」は、どうもそういったものを逐一軽蔑し、意図的に無視しているきらいがあるように感じる。「合理性」を不合理に押しつけているような人間もよく見かける。ぼくはどうにも、そういった人間にこそ、人間らしさを感じてしまうもののようである。

おすしを~~~~~よこせ!!!!!!!!おすしをよこせ!!!!!!!よこせ~~~~~~!!!!!!!おすしを~~~~~~~~~!!!!!!!!!!よこせ~~~~!