88 「本」のはなし

 同人誌を頒布する活動をはじめて5年くらいが経過していて、当初は考えられなかった展開をいくつも経験することとなった。たとえば、自分が50部や100部などの中規模(個人的には大規模なのだが、知り合いでもこのレベルの発注はふつうにあるのであえて「中規模」ということにしている)の印刷を立て続けに発注するとは夢にも思わなかったし、年間で200部近くも頒布することになるとは考えたことがなかった。1イベントで100部近くも頒布するようなことが起きることも、もちろん考えたことがなかった。


 それは、もともとぼくはそれほどたくさんの数を頒布するという目標を持っていないからでもあるし、それ以前に、ぼくの書く文章が多くの人たちに影響を与えるということ自体を考えたことがなかったからでもある。さらに、自分が編集を行った同人誌を間接的ではあるが電子書籍として発刊することができた、というのもまったく考えられなかったことだ。


 ここまでさまざまなはなしを読んでくださっているみなさんにはおわかりのことと思うが、ぼくは「本」というものに対してのこだわりが偏っている。ある、というほどはないし、ない、というのは明確な嘘になる。それは一般の人間と比較すると偏っているというのが正しいだろう。昨今、電子書籍市場の伸びや、電子書籍の利点、そして電子書籍での自費出版という形で自主創作活動をしているひとたちの台頭など、電子書籍関係の情報が華々しく感じる。ペーパーレス社会に移行しつつある現代、確かにデバイスひとつでいくつも書籍と同程度の情報を持ち歩ける電子書籍は魅力で、しかも「在庫」を持つ必要もないから、創作活動を始めるにはむしろうってつけなのだろう。
 ただ逆に、ぼくの小説およびそれ以外の文章に関しては、こういったプラットフォームで公開されているものを除き、原則としては「本」の形にして、対面で頒布することを基本としたいと考えている。それは従前の利点を考慮してもなお、ぼくにとっては紙の本の方が圧倒的に有利であるという事情による。
 そのもっとも大きな部分としては、何よりも頒布した人間の顔が見えるというところにある。電子書籍を市場に置いておくと、ダウンロード数でしか読み手の情報を判断することができない。読んだ人、あるいは読んだ人になりうる人を事前に特定することができない。ぼくにとってこれは非常に甚大なリスクになりうる。つまり、ぼくの意図していないところで、意図していない読み手が存在しているということになるからだ。ぼくはこれを極限まで減らすことを最優先として活動を行っているので、こちらから存在をたどれない読み手というのは非常に脅威になる。ぼくの小説や文章というのは、ある程度読み手の対象を絞った上で書いているので、その前提のない状態で読まれた文章については、ぼくは責任をもちえない。それがたまらなく怖いのである。もっとも、本来であればそもそも、ぼくが何をどう書いたところで、それを読んだ人間がなにがしかの感情を想起したのであれば、その感情はその読み手のものであるのは自明であるのだが、しかしながらぼくのある種の強迫的な感情として、「読んで欲しくない人間」には読んで欲しくないわけで、それはたくさんの人間に読んでもらうこと以上に強い欲求となっているのだ。こればかりはなぜなにという問いは通用しない。15年ほど前からブログを書いていた当時から染み着いている危機意識のようなもの、と書けばおわかりいただけるだろうか。


 それでもなお、ぼくは小説投稿サイトなどで小説の一部ないし全部を公開している。これについては単なるアーカイブであり、参考資料の開示としての意識が強い。つまり、新規の読み手を想定して公開しているのではなく、むしろ既存の読み手に対して開いているという意識がある。だから初稿版だったり頒布を終了しているものであったりしているのだ。これらを読むことがやぶさかでないひとたちは、少なくとも対面頒布によるぼくの作る「本」を受け取っても損はしないだろう、という意識は根底にはある。電子書籍で展開しないのは有料による公開をせずあくまで「体験版」としてのコンテンツであるということと、従前のように完成された「製品」が自分の意識の及ぶ外で読まれているということにどこかしらの嫌悪があるという事情による、というわけだ。


 だから、本来委託頒布もいっさい行わないこととしていたのだが、昨年の活動休止によって、本来は頒布を行うべきところを行わないという事情があったことから、ぼくの中で信頼のおける書き手に、頒布がある程度見込めるものを、その書き手の裁量とぼくの条件にそって置かせていただいている。だから、彼らは実質ぼくの代わりに頒布しているといっていいし、彼らであればぼくの作品を届けるべき人に届けられるという信頼があるということでもある。それ以外のものについては、活動再開まであと1年ちょっとの間、待っていて欲しい。

おすしを~~~~~よこせ!!!!!!!!おすしをよこせ!!!!!!!よこせ~~~~~~!!!!!!!おすしを~~~~~~~~~!!!!!!!!!!よこせ~~~~!