ザ・加藤伸吉アンソロジー(9)「バカとゴッホ」について完結編、の巻
遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします!
今年最初の記事は、2回にわたってお送りしてきた「バカとゴッホ」についてのお話、その完結編です。
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*ストーリーを描くのではなく、絵がストーリーを動かす*
大須賀:前回お話した大家さんのエピソードの後、ゴッホはおかまバー「グロッタ」にたどり着くわけですけど、その前後でストーリーの様相が大きく変わっていると思うんですよね。「グロッタ」までは学園モノで、「グロッタ」以降は人生というか。そういう意味では大家さんの痛烈な言葉がまさにそのスイッチになっています。すごく構造的に計算されたプロットに思えるんですが…でも、ここまで加藤くんと話してきたので分かるんですけど、これも俯瞰してストーリーを構築したわけじゃない、んですよね?
加藤:うん。「学校から出たい」と思ったんですよね。校内の描写だけじゃね、もう描きたいものがないんですよ。
トキタ:あ、絵がね!
加藤:そうです。おかまバーみたいな造形が描きたいわけです。
大須賀:あー、そこが漫画家さんの面白いところなんですね!ストーリーを考えてその絵を描くのではなくて、描きたい絵がストーリーを転がすんだ。
加藤:そう。もう、絵が先。校舎とかヤンキーどうしのケンカばっかり描いていてもね。そっからはさっさと次に行きたいっていう。
トキタ:曲つくるときの「詩先/曲先」の感覚に近いのかもね。
確かに「グロッタ」のシーンはむちゃくちゃ絵がハジけてますよね。お店の造形、ステージ、衣装、小道具、中庭、人物。
加藤:絵が先だからね。だからおれ、『バカとゴッホ』にストーリーがあるっていう感覚がいまだにあんまりよくわからないんですよ。
大須賀:すごい話ですね、それ。
*「創っている人」しか描けない*
大須賀:ところで、前に加藤くんに話したことあると思うんだけど、あるショッピングサイトのユーザーレビューで、「『バカとゴッホ』は大好きな漫画だけど、登場人物がモノづくりにこだわるのがよくわからない」っていうのがあって、僕はもう、衝撃だったんですよ。もちろん感覚は人それぞれだと思うんですが、モノづくりへのこだわりに共感できない人が『バカとゴッホ』のどこを好きになったんだろうっていうのが謎すぎて。もちろん、それはそれで良いんですが、ただ、ここで加藤くんが一貫して描いているのは、何かを創っている人、その苦しさとか楽しさ、ですよね。
加藤:なんか、「創っている人」しか描けない、って思ったんだよね。自分が親身になって描けるのは。ゴッホが創ったTシャツがパクリって言われるっていうくだりあるでしょ、ああいうのとかね…何かを創っている人にしか自分を照らし合わせられなかったんですよね。自分の全然知らない世界のことは描けないし、描く気もないしって思って。絵描きとか音楽を創る人とか、そういう人のことだったらなんとか自分にもわかるから。これだったらきちんと伝わるかなって。
トキタ:それはこの間も言っていた「登場人物は自分」っていう話ですね。そう言われると、この主人公3人、最初僕は堺が加藤くんの投影かなと思っていたんだけど、3人がそれぞれ加藤くんの「ある部分」なんだよね。正二も、ゴッホも。
*ゴッホちゃんはハーフでした*
大須賀:あ!ついにこのタイミングが来ましたね。みんな大好き、ゴッホの話をしましょう。ヒロイン像としてのゴッホは、どうつくったんですか?
加藤:ゴダールの、セシルカットの、あの人。えーと…
トキタ:ジーン・セバーグ。「勝手にしやがれ」のころの。
ジーン・セバーグ:1950年代後半から70年代初頭にかけて活躍したアメリカ出身の女優。サガンの有名な小説の映画化『悲しみよこんにちは』(1957年)やゴダール初の長編映画『勝手にしやがれ』(1960年)に出演すると、印象的なショートカットが「セシルカット」と呼ばれ大流行した。
加藤:造形的には彼女がモデルですね。まんま持ってくるってことはないけど。ショートカットの方がいいだろう、っていうくらいなんだけど。でも、やってみたらあの髪描くの、手間かかるんだよね(笑)スクリーントーン貼るのが大変で。長髪をスミで描く方が簡単だったなーと。でも裏設定としてハーフっていうことになってたからね、ゴッホ。
大須賀:あっ、そうなんですね。ハーフなんですねゴッホ!
加藤:うん。なに人でも良いんだけど…ゴッホのお父さんを出すエピソードも考えたんだよね、当時。髪の色の理由とか全部わかるっていう。
トキタ:たしかにゴッホの家族は出てこないですよね。正二と堺の家族は非常に印象的な役回りで出てくるのに。
加藤:いや、本来はあるべき描写だとは思うんだよね、ゴッホちゃんの家族。今だったらおれ、やっちゃうとも思うんだけど…うーん、でも、あっても邪魔だったかなーとも思うけどね。
大須賀:ゴッホの家族が出てこないかわりに、ゴッホの就職先が、家族になるんだよね。
加藤:うん、そうだね。
*これは青春悲劇でしょう*
大須賀:で、二人が大好きなゴッホちゃんが別の人と結婚するのが切ないんですけど…この結婚相手には加藤くん自身の要素あるんですか?
加藤:いや、彼は僕の、恋愛上の仮想敵ですね。
大須賀:あー、わかる気がする。そうなんですよ。これ、お話の表面的には、最後、みんな大人になって仲良くなりました、なんだけど、でも僕、彼は敵に見えるんですよ。嫌なやつではないんですけどね、だからこそっていう。
加藤:完全に敵だよね。敵視して描いてたよ。あんくらい良いやつだと、手の出しようがなくて。ゴッホが好きになる人ってあんな男性かなと。堺と正二じゃないなっていう。だからまた僕は主人公ふたりをコテンパンにしてるんだよね。女のコが連れていかれちゃったっていうあの感じ。「持っていかれちゃった感」が、おれ、好きなんだろうね。自分のことをいじめてるんだよね。正面切って夢をかなえる、みたいなのをちょっとクサいよ、と思ってるのもあるんだろうね。
トキタ:照れみたいなものもあるんですかね。
加藤:あー、あるね、それはね。
大須賀:そのナイーブさが共感できるんですよね。
加藤:うーん・・・フラれたほうがかっこいいっていうのはありますね。それはね。
大須賀:最後にゴッホに子どもが生まれて大団円、っていうのは、どういう感覚で考えたんですか?
加藤:残酷過ぎるよね(笑)でも、男と女がくっついたら子どもは出来るでしょ、っていう、それだけ。そんで、「友だち」はその成長を横で見ていかなければならない、っていう残酷さ。
トキタ:じゃあこれ表面的には「めでたしめでたし」な感じなんだけど、でもやっぱりこれは残酷な話として実は描いている。
加藤:そうだね・・・これは青春悲劇でしょう。
大須賀:好きな子が母親になっちゃうっていう。
加藤:うん・・・自分でもよくわからないけど。
*改定版に向けて、情報を募集しています(笑)*
大須賀:自分で気に入っている回はありますか?
加藤:絵で言うと…うーん、2話目が好きかな。連載スタートで、これからやれるんだってことで、絵に力が入っている。
大須賀:これからモノづくりで生きていくぞ!っていう主人公たちの高揚感と、これから連載を始めるぞ!っていう加藤くんの高揚感がシンクロしているのかもしれないですね。で、読者は、特にモノづくりをしている読者は、その高揚感にすごく共感するんですよね。読んでいてとても幸せな気分になる。
加藤:そうだね。うん。で、雑誌のペースも確か季刊か隔月で、絵に時間がかけられたんですよ。
トキタ:絵の描き込みがすごいから時間欲しいですよね。ゴッホのアトリエや作品も描かなきゃいけないし。あ、あと、中古レコード屋とかの描き込みもすごいですよね。レコ好きとしてはワクワクする(笑)。棚のレコードも、ちゃんと1枚1枚厚みがあって、壁に飾られてるジャケットも…
大須賀:ポールの1STもあるし、あっ、そうかこれビートルズ解散の原因、ここで出てくるんだ。あとケニー・ランキン。これは普通に好きだったんだよね?
加藤:そう。あとこのシーンで言うと、じつはみんなに訊きたいことがあるんですよ。正二が店のレコードを聴いてジャケット見ながら「お、いいね」って言ってるコマあるでしょ?
トキタ:あるある。
加藤:このレコードって、良いの?
トキタ・大須賀:(爆笑)
加藤:おれ、わかんないんだよ。ここはダブルジャケットの名盤が欲しくて、手元にこれしかなくて、それっぽいから描いたんだけど、実際の音楽的評価はどうなんだろう。ていうか、そもそも誰だっけこれ(笑)
大須賀:あはは。そうなの。これ、僕もディスクガイドや店頭でよく見た記憶があって、このコマ見るたびに引っかかってるんだけど、誰の何だっけ、って思い出せなくて。トキタくんわかる?
トキタ:えーと・・・あれ?なんだっけこれ。
加藤:見たことあるよね、レコ屋でよく見たよね。
トキタ:見た見た。
大須賀:なんだっけねー。これを読んだ人で知っている人がいたら教えてください(笑)
加藤:でさ、これ、たいしたレコードじゃなかったら、このジャケだけ描き直して改定版出そうか。
3人:爆笑
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