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ザ・加藤伸吉アンソロジー(8)さらに「バカとゴッホ」について、の巻

前回に引き続き、傑作『バカとゴッホ』について作者に色々訊いていきます!

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*名前に隠されたヒミツ*

トキタ:最初の発想が、ビートルズとゴッホが出会ったらどうなるだろう、というファンタジーSFだったというのはかなり意外で驚きました。そうか、主人公2人はジョンとジョージだったんですね。

加藤:うん、そう。あのね、主人公の2人、ジンはジョン、正二(ショージ)はジョージなんですよ。

トキタ:あーー!!

大須賀:ああ!!!

トキタ:そういうことね!

大須賀:うわー。それ僕、自分で気付きたかったなぁ。僕が気付いて加藤くんに言ったらかっこよかったよね。「あの名前、ジョンとジョージですよね」って。んー、そう言ったってことにしてもらえません?(笑)

加藤:それとスパイダースを混ぜてるの。堺正章と井上順。

ザ・スパイダース:1961年結成の、グループサウンズを代表するバンド。 田辺昭知~前田富雄(ドラムス)、加藤充(ベース)、かまやつひろし(ギター)、大野克夫(オルガン)、井上孝之(ギター)、堺正章(ボーカル)、井上順(ボーカル)。堺正章と井上順のタレント性が傑出しているのでその印象が強いが、この錚々たるメンバーによるマニアも唸らせる音楽性にももっと注目したい。

トキタ:あ、なるほど、そうなんだ。

大須賀:僕はてっきり、加藤くんが高校時代からやっていた実際の音楽活動がモチーフになっていると思っていたんだけど。

加藤:それもなくはないけど・・・キャラ設定とか、まんま同じだと思われても困るなーっていう感じ。

大須賀:そうか、直接自分の経験を描いたわけではないですよ、ということですね。私小説じゃないですと。

トキタ:でも、自分自身で曲つくってバンド活動してないとわからない感覚っていうのはあって、それは投影されているんだろうけど。

加藤:そうなのかな。意識したのは、コード押さえている指はきちんと描こう、とか。

大須賀:あ、それは読んでて思いました。ここ(単行本第一巻57ページ)とか、ちゃんと音が出せるバレーコードの押さえ方してるんだよね。A7かな。小指なんか、ちゃんと7th押さえてる。映画とかでも、こういうのが適当だと萎えるんだよね。

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加藤:うん。あとギターの厚みとかね、ああいうのはきちんと描こうと。ドラムがいなくて良かったっていうのはありますけどね。あれ、描くの大変だから(笑)

大須賀:でも、ここまで話を聞いてもなお、僕は主人公たちのバンド「ムーズムズ」のシーンをみると「ベイビーパウダーズ」の音が頭で鳴っちゃうんだけどね。

加藤:へえ、そうなんですね。

ベイビーパウダーズ:加藤が学生時代から長くやってきたバンド。カセットテープを使ってつくられた宅録音源も多数あり、「浦安慕情」「AMCR」「ハネムーン漁船」「コーヒーショップのラナ」など、数多くの名曲を残している。

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*「本当に描きたいもの」との葛藤について*

トキタ:たとえば初回、最初の読み切りのストーリーっていうのはどうやって思いつくの?私小説ではないとはいえ、具体的な加藤くん自身のエピソードとかも入ってはいたりするんですか?

加藤:当時30代くらいかな、「遅い青春時代」が僕に来てたんですよね。人間関係含めて。自分がああいう前向きなものを書くとは思っていなかったんだけど、そのときの環境に影響された感じはありますね。

大須賀:第1回、というか読み切りは、話が明るいですよね。

加藤:うん。そう・・・なんて言うんだろうね・・・意識的に、暗黒に入らないようにしよう、って気をつけて描いていたとは思いますよ。だから当時もね、これで良いんだろうかっていう感じはあった。もっとマニアックなものを描きたいという思いはあったから。

大須賀:でも僕はこれ好きですよほんとに!評判も良かったんですよね、連載にしようか、となったわけですから。

トキタ:ただ、一度完結させた読み切りの、続きをつくって連載しましょう、っていうのは、本人のモチベーションとしてはどうだったんですか

加藤:んー、まぁしょうがないからやるしかないと(笑)次に行っても良かったんだけど。バカとゴッホは1回終わっているわけだから。僕、意外とキャラに対しては冷たいですから、これでバイバイ、でも良かったんですけど。

大須賀:でも嬉しいことは嬉しいわけですよね?

加藤:いや、どうだっただろう・・・こんなことやってていいの?っていう・・・

大須賀:ああ。そこはずっとなんですね。ほんとに描きたいものは違うっていう。

加藤:だからいまだに「これでいいのか」感はありますよ。絵はそれなりにね、一生懸命描いているなって思うけど、この人たち、なんか甘えてるなぁとかね。なんていうんだろう、社会できちんと苦労しているっていう描写じゃないでしょう。勝手に悩んでいるんだよね、彼ら。

大須賀:うん、でも、だから大家さんにガツンとひどいこと言われるじゃないですか。

加藤:うん。だからね、ああいうことさせたいの。おれなりに、こいつらに少し厳しくしないといけないぞ、っていうのがあるんだよね。

大須賀:うん、わかります。わかるけど…僕は、今、もうどう考えても大家側の年齢だし、社会的には「大家的存在」なのかもしれないけど、いまだにここを読むと悔しいなぁ。大家に言われるとむかつくね。「ママゴト」って言われるんだよね。アパートで創っているゴッホの服飾ブランドのことを。そこを読むと、「ママゴトじゃねぇんだよ、必死なんだよ!」って思う、今でも(笑)

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トキタ:でもそうか、あそこは加藤くんが彼らに言ってやらないと、ってことだったんだ。

加藤:うん。だからあの大家の顔は脇役とは思えないくらいすごく描き込んでいる。こういう人に言われたらキツイだろうなっていうように。

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トキタ:ここでずっと話している、加藤くんの漫画の登場人物は加藤くんの様々な部分の投影だ、っていう話を踏まえると、イキオイで突っ走っている若い創作者としての加藤くんをオトナとしての加藤くんが叱っている、という風にも読めるのかな。3ページくらいしか出てこないのに、とても印象的ですよね、大家さん。

*漫画は音楽鳴らないもん*

大須賀:しかしこれ、ジョンとジョージって僕、気付きたかったなぁ。気付くべきだったなー。

トキタ:まだ言ってる(笑)

加藤:正面切って「僕ビートルズファンです」ていう漫画も嫌だし。でも、随所随所にこっそり出してるよ。堺が1人でいじけて橋の上を歩いているシーンにポール・マッカートニーのレーベルマーク出したり。

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トキタ:マニアック(笑)

加藤:あと、何を避けたかって、演奏シーンがないんですよ。歌わせてない。漫画じゃ音楽は鳴らないもんって。よくあるロック漫画とかで「ギュイーン」って、あんなの、音鳴ってないもん。

大須賀:それねー。エンディング近く、いわばクライマックスで、2人がギター持って登場して、さぁ歌うぞ!ってとこでも、停電になってやっぱり歌えない。さすがにここは歌ってくれ!って思ったけど(笑)

加藤:そうそう(笑)衣装も天才バカボンだし。でもここ、堺がカウントしているとこの立ち姿はジョン・レノンとそっくりなガニ股にした(笑)

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↑ちなみに、この2コマで正二がちゃんと同じコードを押さえていることにも注目。C#m・・・って、お祝いなのにマイナー!

大須賀:あ、ほんとだ(笑)

トキタ:ほんとだね(笑)すごいなぁ。

大須賀:言っていることはわかるけど、でも僕はやっぱり「バカとゴッホ」を読んでいると音楽が聞こえる気がする。ギュイーンっていう漫画よりも。

加藤:そう?へえー。もうね、作者としてはとことん二人に歌わせないっていうね(笑)

トキタ:だから逆に音を感じるのかもしれないね。

大須賀:まだまだ話したいことありますね。次回も引き続き「バカとゴッホ」について語りましょう。みんな大好き、ヒロインのゴッホちゃんについても詳しく聞きたいです!

<続く>

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