本は集める

切手、貨幣、骨董品……世の中には数多の収集趣味があり、多くの人を魅了し続けています。そうした収集家達の手引きとなるのが「カタログ」。己が専門としない収集対象のカタログでも、眺めているとその世界の広さと思いがけない分類に舌を巻きます。カタログに限らず動物図鑑やジェーン海軍年鑑など、何かを”集めて”網羅的に記述した本というのは博物趣味を刺激してやみません。

今回はそうした「集めた本」を紹介いたします。本来なら『日本印紙カタログ』“Die Kippermünzen der Herzöge von Sachsen-Weimar 1619-1622” 『楽しい鉱物図鑑』『The Grimoire of Marisa』『カストリ雑誌創刊号 表紙コレクション』” Typenrepertorium Der Wiegendrucke”など紹介したい本は大量にあり、何なら『艦内神社と政教分離』(末尾に艦内神社リストがある) みたいにリストだけでも載っている本まで布教したいのですが、あまりに長いオタク語り記事は読む側も苦痛でしょうから、厳選して3点だけの紹介に留めます。


1. 『変化朝顔図鑑』


(仁田坂 英二 [著], 化学同人 2014)

https://www.kagakudojin.co.jp/book/b177619.html

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今年3月にリリースされた『あつまれ どうぶつの森』。その大ヒットは良く知られ、作中の「バラの交配」はプレイヤーにとってやりこみ要素として人気を集めたようです。さて、現実でも花卉の交配は園芸趣味の一つの醍醐味とされています。中でも「変化朝顔」は江戸期の日本で盛んに品種開発が行われ、幾度ものブームを巻き起こしました。私の個人的経験としても、曾祖母が変化朝顔の作出に大いにハマってしまい、家を傾けたことがあります。(植木鉢の重さで物理的に家を傾けた。) この『変化朝顔図鑑』は色彩・造形共に豊かな変化朝顔の世界へ導いてくれる一冊です。

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本書最大の魅力はなんといっても多種多様で美しい朝顔の写真です。副題にもある通り、”アサガオとは思えない珍花奇葉の世界”が広がっています。ここで重要なのが”珍花”だけではなく”奇葉”でもある点。もちろん花の奇妙さ・美しさは最重要ではありますが、葉もまたデザインの対象。本書では葉のバラエティ・名称も6ページにわたって紹介されています。

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朝顔は多くの園芸花と異なり、「複数の原種の掛け合わせによる雑種の作製」という手段を用いずに、変異体を頼りにバラエティを増やしてきた特異な花です。そうして産まれた変化朝顔の中でも観賞価値が高い、花が複雑に変化する種は不稔性 (種子を作らない) であるため、ある品種を作り出してもその種を得て継続するという手段が取れません。ではどうするか?幸いにして、本書ではただ品種を羅列するだけでなく、歴史や育成の基礎知識も併せて紹介しています。往々にしてこの手の本は本棚のスペースを大幅に占有してしまうのが難点ですが、本書は111ページ・B5変形判と良心的なサイズ。濃密で親しみやすい本です。

2.『絹と立方体』


(木村 守一[著], ニコラ・フラメル金属材料研究所 2006)

次の本の前に、まずはこちらを御覧ください。これは12世紀、ハンガリーにて国王ベーラ3世が発行した銅貨です。ここで問題です。このコインの中央部分に刻まれた横書きの銘文、それぞれ何と書かれているでしょうか?

1172-1196年Bela3世擬ク―フィー様式1フォリス銅貨3

わかるわけがないだろうと思われるでしょうが、実際に正解は「何でもない」だと考えられています。つまり、意味を成している文言が刻まれていない可能性が高い。ではこの文字列は何なんでしょうか?

綴られている文字はアラビア語ともローマ字ともとれそうな形状です。
これは当時の文化的先進地域であるイスラム圏の装飾に用いられていた、アラビア文字のク―フィー体を真似たものであり、擬クーフィー様式(擬アラビア様式)と呼ばれております。
擬ク―フィー様式はしばしば聖母マリアについて述べ称える文言などがデザインされました。しかしあくまでもこれは意匠。この銅貨の擬クーフィー体の銘文は装飾としての要素が強く、具体的な解読が可能なわけではありません。この銘文は、貨幣という公的なものに用いられつつもなお、あくまで架空の文字で作られているのです。(注:擬クーフィー体でも意味が通る銘文の貨幣も存在する。ただし大いに誤ったアラビア語が含まれていることがある。)

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『修訂 絹と立方体 : 架空の文字の大図典』は架空の文字のコレクションです。
中世の偽書から現代のアニメ・漫画に至るまで、創作上のあらゆる架空の文字をコレクションしたいという信念の元編まれた奇書です。第16回日本トンデモ本大賞特別賞受賞。

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なんとこちらの書籍、無料公開されているのです。
https://puboo.jp/book/120409
委託販売先によると「「修訂版・絹と立方体」は通販の在庫を全て販売いたしましたので通販を終了いたしました。現在は続編である「声と三稜鏡」の通販のみ受け付けております。木村氏の研究成果は新たな形での公開を模索しておりますので、今しばらくお待ち下さい。」とのことです。
(http://home.att.ne.jp/green/kaida/douzinshi_mokuzi/kinutoripooutai_kai.html)
子供の頃に『世界の文字の図典』を読みふけった方などには特におススメできる本です。


3. MINERVA JAHRBUCH DER GELEHRTEN WELT


(R. Kukula, K. Trübner [編] Walter de Gruyter, 1914)

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ミネルウァ学術世界年鑑、とでも訳しましょうか。19世紀末から20世中頃までドイツで発行されていた、大学・研究機関リストです。
もともと学部生の頃、私は一次大戦前後のミネルウァ年鑑を「欲しい古書リスト」に入れていたのですが、数理図書館の除籍本になっているのを見つけるという僥倖に恵まれたおかげで我が家の本棚に収めました。とはいえ稀覯本というわけではなく、普通に数千円程度で海外の古書店に並んでいます。

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内容としては当時世界に存在した全ての大学を悉皆記載しております。もちろん単純に大学名だけが載っているのではなく、帝国大学など特に重要な大学は総長・学部長にとどまらず全 (!) 教授とその分野名、前年の予算額、附設の研究所や図書館とその規模などに至るまで記載されています。ぶひんブログ (http://buhin-blog.blogspot.com/) の調査記事がお好きな人はグッとくるものがあると思います。

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あの有名教授を探すも良いし (当時アインシュタインは1912年にチューリヒ工科大学の教授職に着任した直後)、○○と××って同時代か~などと思いを馳せるもよし。注意点としては、記述の基準となっているのは都市単位であり、都市名のアルファベット順に並んでいること。なので例えば九州帝国大学は所在地のFukuokaで”F”の欄にあります。

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こういう本は広告も充実していて楽しめますね。巻頭と巻末に広告ページがあるのですが、巻末広告ページは75ページもあります。各時代の最先端機器が何だったかを伺えます。
あとこれはこの本に限ったことではありませんが、カタログ類は固有名詞の羅列が多く言語障壁がやや下がっていますね。図版が多い書籍 (動植物図鑑など) はなおさらです。もちろんちゃんと読み始めようとすると翻訳ソフトに頼る必要があるうえにまじめにやろうとすると語学を習得しなければならない場面もありますが、そこまでせずとも情報の沼に沈むことができるのもとても良い点です。


以上、3冊の本を紹介いたしました。カタログを読み込んでおくというのは、世界の見方を豊かにします。例えば『日本印紙カタログ』を読んだ後は、明治初期の借用書を見るときは必ず貼られた手彫印紙に目が行くようになりました。
しかしやはり、一番のカタログは自分で作ったカタログでしょう。諸事情で公開することは叶いませんでしたが、私も『螺旋磁性体型録』など自分のために作成したカタログ類はとても楽しく見返し、たまに改訂し、そして活用しています。どうしても自分の興味にぴったり合致する本というのはなかなか無いものです。皆さんもぜひ、自分だけのカタログを作ってみませんか?そしてコミケに出しましょう!!!!(おわり)


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