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蛍宿

 「出張、ですか」
 午前の潜書業務を終えた後、特務司書は館長に呼び出された。
「君も知ってると思うが、侵蝕現象対策の一環で旧都の帝國図書館にも侵蝕対策を担う研究機関が設けられることになった。その研究機関の立ち上げ支援で、旧都館に行ってもらえないか」
 館長から渡されたのは、旧都の帝國図書館館長から特務司書へ名指して依頼書だった。普段特務司書が転生文豪達に発行しているものと同じ正式の依頼書には、最長1週間とある。
「1週間も。その間こちらの潜書業務はどうするんですか」
「その間は、特務司書候補のアルケミスト達に交代で潜書の立ち合いをしてもらう」
 
 帝國図書館の侵蝕現象対策業務も5年目に入っている。侵蝕現象の親玉と言える存在を昨年のこの時期に討伐してからは大きな侵蝕は発生していない。それよりも転生文豪を83人も抱えている特務司書への負担が問題となっていた。その対策として新しい特務司書を養成する目的で特務司書候補という役職が設けられた。

「彼らにもそろそろ一人前になってもらわなければいけないからな。君に不測の事態が起きた場合の対応訓練も兼ねている」
 わかりました、と特務司書は答え、出張の間の業務の分配を考え始めた。
 それに、と館長が続けた。
「あちらにはネコのような存在がいない。君と転生文豪とを寄越してほしいというのが正式な依頼だ」

 特務司書が転生文豪を連れて出張で旧都に行く、という話は瞬く間に転生文豪達に伝わった。ぜひ自分を連れて行けと言う者が現れ、司書室は文豪達でごった返した。そんな中、特務司書は特務司書候補達に徳田秋声、佐藤春夫、織田作之助を交えて、出張中の業務の打ち合わせをしていた。
「君たちねぇ」
 文豪達の出入りに業を煮やした徳田が彼らに声を掛けた。
「司書さんはお仕事で旧都に行くんだよ。遊びにいくんじゃないんだ」
 練度の高いはじまりの文豪のお小言に、幾人かは特務司書にくれぐれも宜しくと言い残して司書室を後にしていった。最後まで残っていたのは梶井基次郎だった。いわく、旧都に住んでいたから名所を案内してあげる。親友の暴挙を止めようと隣に控える三好達治が梶井に釘を刺した。
「旧都に住んでたっていうなら、谷崎さんも志賀さんも住んでたっス。カジだけじゃないっスよ」
「達治も三高だったんだし、行きたくないのかい」
 それを聞いて、オダサクも三高だしと思った三好は織田と目が合った。三好の考えてることが分かったのか、織田は特務司書が書き溜めた書類の束を取り上げて三好に渡して言った。
「德田センセとワシら最初の4人はお留守番や。おっしょはん候補のお守りやわ。転生の早いセンセ方もそやで」
 織田から見せられた書類の束を三好も捲った。はじまりの文豪と呼ばれる徳田と最初の4人ー佐藤に織田、堀辰雄、中野重治-は帝國図書館の侵蝕現象対策の立ち上げに関わった文豪達で経験値も練度も高い。三好も彼らに次ぐ早さで転生している。特務司書は経験値の高い文豪達に潜書依頼を出して特務司書候補達を鍛える気でいるらしい。特務司書候補達と話していた佐藤が三好から書類の束を受け取ってぼそりと言った。
「俺は井伏がいいんじゃないかと思う」
 どうしてだい、と梶井が聞いた。
「やつは俺たちの中で一番没年が遅い。外に出てもうまく立ち回れるんじゃないか」
「そやなぁ。ワシらが生きてた頃と、大分だいぶちゃいますもんねぇ」
 織田が横目で特務司書を伺いながら続けた。

 結果、佐藤の推薦もあり特務司書に同行するのは井伏鱒二になった。
「俺でいいのかねえ」
 井伏は腕の中の女に問うた。制服から私服に着替えた特務司書が井伏の胸に頭を預けて答える。
「先生が一緒でしたら心強いです」
「先生?」
 井伏は特務司書の肩に鼻先を埋めながら聞き返す。膚からは湯上りの良い香りがした。
「ま、鱒二さんと一緒で、わたしも嬉しい」
「俺も夜釣りなんて誤魔化さなくていいからな。一緒に行けて嬉しいよ」
 特務司書と一夜を過ごすため、それを邪魔されたくないため、「夜釣り」を理由にしたのは何時頃からだったか。釣り仲間の幸田露伴辺りにはそろそろ気づかれているだろうか。そんな思いの井伏を見上げると、特務司書は背を伸ばし僅かに唇を重ね、すぐに離すと言った。
「明日から宜しくお願いします」
 井伏も軽く口吻を返して答えた。
「ああ、明日、8時に玄関で」
 特務司書は立って、井伏を送り出した。

 旧都の帝國図書館旧都館には侵蝕現象対策の設備は充分に整えられていた。待機していたのは旧都館の館長と特務司書候補のアルケミストがふたり、有魂書と少なからず侵蝕を受けている学術書だった。足りないのは潜書ができる文豪だけ。帝國図書館の館長の後輩だと自己紹介した旧都館の館長は、転生させるのは学者達だと説明した。転生に2日、浄化業務に3日、その間にノウハウを教えてください。そういって頭を下げたのはアルケミストだった。忙しないスケジュールに特務司書は見覚えがあった。

 アルケミストが期限を切った5日目の夕方、井伏はようやく自分の特務司書とゆっくりと話ができた。学者を転生させると次は有碍書潜書に同行する。それを繰り返して目まぐるしく働き、特務司書とは食事か休憩の時間に僅かに言葉を交わすだけだった。転生させた学者たちはみな理化学系の専門家たちで、門外漢の井伏には彼らの会話についていけなかった。
「約束は1週間だったな」
 珈琲を飲んで休憩している特務司書をカフェテリアで見つけると井伏は彼女に聞いた。
「はい」
 言葉少なに特務司書は答えた。彼女も何も聞かされていないようだった。
転生してきた学者の一人が別の学者に挨拶をしていた。生前は同期だったらしいことは話の端々から聞き取れた。井伏は転生して初めて佐藤に逢った時のことを思い出した。特務司書も彼らを懐かしげに見ていた。
 旧都館の館長が誰かを探すようにカフェテリアに現れた。彼は新しく転生した学者に挨拶した後井伏たちの元にやって来た。
「こちらでしたか」
 彼は特務司書と井伏がこれからのことを確認しようと口を開く前に、一礼すると続けた。
「おかげさまで滞りなく立ち上げが完了しました。これから侵蝕現象対策の業務に入れます」
「館長、お約束は1週間だったはずですね」
 特務司書の問いに、旧都館の館長は悪戯っぽく笑って答えた。
「ええ。でもスムーズに進んだので予定は今日で終わりです。せっかくですから旧都でゆっくり過ごされては。旧都らしい場所ををご用意しましたので。これは先生方からのお礼ですのでご遠慮なく受け取ってください」
 そう言うと館長は2日後の汽車の切符を渡し特務司書と井伏を招いた。玄関には車が待っていた。5日の間に顔見知りになった旧都館の職員がハンドルを握っていた。荷物は後で届けさせますというと館長は二人に車に乗るように促す。車は二人を乗せると同時に走り出した。
 
 車は旧都館の敷地を出ると川沿いをかみに向かって走る。旧都観光で宣伝される街並みを通り過ぎて車は猶もかみに向かって走った。民家とお屋敷らしい門扉の建物が現れるころ、車は橋を渡って川の中州に入った。川を左に見ながら車は更にかみに向かって走る。民家がなくなり大きな神社の社領に隣りあう古い木の門の前に車が止まった。職員が車を降り、特務司書と井伏が座る後部座席のドアを開けた。門の中から着物姿の仲居が現れ、職員ともども3人を誘導する。玄関に向かう敷石から分かれた飛び石を伝って、離れへ迎えられると、座敷にはすでに夕餉の支度がしてあった。仲居が障子窓をあけると、せせらぎの音が聞こえた。小さな光が二つ三つと飛び交っている。職員は2日後に駅までお見送りに伺いますと言い残して立ち去り、仲居は露天風呂などの部屋の設えを説明して消えた。特務司書と井伏は呆然と立ち尽くしていた。

 湯船の中から右腕をゆっくりと差し出す。暫く待つと中指の爪先に瞬きが灯る。ついたり消えたりを繰り返すと瞬きは川の向こうへ飛び去った。同じ戯れを特務司書は繰り返していた。露天風呂の湯は熱すぎずぬるすぎずとろりとして彼女の膚には心地よかった。

 据え膳は食ってしまうか、と言うなり井伏は特務司書の手を取ると座敷に上がり夕餉の前に座った。唆すように彼女に笑いかけると伏せてあった酒器を返す。いいんでしょうか、と彼女は戸惑いを隠せない。
「求められた業務が終了したら帰るのが本筋だな」
 館長に連絡して、と言いかけて彼女は荷物を旧都館の宿舎に置いてきたことを思いだした。後で届けると言われたが何時届くかわからない。普段図書館から離れないこともあって、図書館の電話番号は憶えていない。ここから連絡するにも連絡先がわからなかった。
「列車の切符はある。帰れないことはない。ならそれまでここで待つさ」
 何か聞かれたら旧都館の館長のせいにすればいい、と言われて彼女はようやく夕餉の箸をとった。

 川からそよぐ風が頬を撫で、長湯をしていても上気のぼせる心配がない。ゆらりと湯が動き、後ろから何かが近づくのを感じた。首をめぐらせると湯船の対角に身を沈めて彼女の戯れを見ていた井伏が近寄って来るのが見えた。
「かたまるや散るや蛍の川の上、か」
「えぇ、と」
「夏目先生の俳句だな」
 井伏は湯船の縁に右肘をのせ、その上に顎を預けた。さらさらと流れる水音に混じって、笹がこすり合う音がする。部屋に通された時には二つ三つだった光が、句を写し取ったような光の川になっていた。
「5年前を思い出しました」
 ぽつりと呟くように彼女は言った。
「德田先生と私で佐藤先生たちをお迎えして。それから有魂書と有碍書の潜書を繰り返して……。一日に一人は必ず何方どなたかが転生されて……」
 とろんとした瞳を輝かせて彼女が井伏を見た。
「毎日することが多くて、忙しくて……。そうしているうちに先生が転生されて……」
 するりと身体の重みを感じさせずに彼女は井伏の懐に潜り込んだ。そのまま井伏に凭れかかる。転生直後しばらく助手業務をした際の特務司書の張りつめた表情が現れる。それもつかの間ですぐにほどけた。
「先生のことが好きになって……」
 夕餉の膳で井伏は彼女に酒を勧めた。旧都の女酒の口当たりのよさに、彼女は嗜み以上に過ごしてしまった。彼女の酒量の限度を井伏は知っていた。それを解かって井伏は彼女を露天風呂に誘った。
 腕の中の女の顎を右手で掬い上げ上向かせる。期待するかのように目蓋が降り唇が心持ち開いた。それに己の唇を当て離し、また当てて離す。また当てて離す。繰り返すと焦れて唇の間から舌先がのぞく。のぞいた舌先をこちらも舌先でつついて押し戻した。
「で、オジサンとこんなことをしてるわけ、か」
 とろんとした瞳が見咎める様な光を帯びた。
「オジサンなんて言わないでください」
 両腕を井伏の首に回し抱きつくと囁くように言い、唇を重ね、舌先を井伏の歯の間に割り込ませた。井伏の舌先が抗うように彼女の舌先に絡みつく。湯がさわさわと波立ち、唇と唇が触れ合う生々しい水音がせせらぎの水音を消し去る。井伏の膝に横座りになった彼女が身を寄せやすいように井伏は左腕を彼女の腰に回す。空いている右手は彼女を身体を抱え直すように胸の膨らみに伸びた。掌の中でやわやわと形を変え、その頂は当の昔に尖りを持ち上げ、指の腹で刺激するたびに彼女の身体がぴくぴくとはねた。長い口吻に息を切らした彼女が耐え切れず唇を離す。すうと糸を引く唾液を井伏は嘗めとる。右腕を垂らし頭を井伏の左肩にずらして息を整える彼女の耳元へ口を寄せて言った。
「それじゃ、先生って呼ぶのもやめてほしいな」
 強請るような口調で最後に彼女の名前を囁いて、耳朶を甘噛みする。彼女は驚いて顔をあげようとしたが、井伏の甘噛みが許さない。合間に何度も彼女を名前で呼びかけるとその度に肩を震わせ、胸の尖りへの刺激にはあえかな嬌声が漏れた。井伏の右手が胸から脇の下へ彷徨い、腰骨まで撫で降りるとゆっくりと指を躍らせる。臍からまた胸の膨らみの下まで指先で撫で上げると、次は反対の胸の尖りを指の腹で刺激する。ゆっくりとした刺激を繰り返すと、焦れてきた彼女が腰を揺らした。それをもう一度見たくなり井伏は胸から臍、臍から胸という右手の動きを繰り返した。嬌声が少しずつ大きくなる。強請るように腰を揺らし、鼻を鳴らす。頃合いか、と井伏は思ったがもう少し湯の中で戯れたい気もする。彼女を抱えたまま思案する井伏に彼女が顔をあげ唇を寄せてきた。
上気のぼせたかい」
 いえ、そうではと答える瞳に羞恥の色が混じり始めた。酒の酔いが醒めてきたらしい。ちゅっと音を立てて口づけると、右肩にしがみついている彼女の左手を取って己の牡に導いた。触れたとたん引こうとした左手を右手で押さえて握らせると、唇を離して瞳を覗き込んだ。羞恥の色が広がっていた。
瞳を見つめたまま、牡の容を確かめるように左手を上下させるように誘導する。羞恥の色は増し、ごくりと彼女が生唾を飲み込む。それを見た井伏の牡がはち切れんばかりに膨れ上がる。左手のぎこちない動きを続けさせて、井伏はそろそろと右手を彼女の腿の隙に這わせる。左手の動きを止めて、腿を閉じようとした彼女に井伏が、続けるように命じる。また彼女の左手が井伏の牡に沿って動き始める。男の生理には詳らかでない彼女のそれは井伏にはじれったいが、彼女の瞳に浮かぶ別の熱を認めて腰の後ろに震えが走った。腿に滑り込ませた右手は動かさず、彼女が自分の動きに集中できるまで待つ。利き手ではない彼女の手交が牡の裏筋を掻き井伏の口からため息が漏れる。
「せ……。ま、すじさん」
 不安げに彼女が問いかける。ふぅと深く息を吐き意識を引き寄せてると井伏は彼女の耳元で囁く。
「気持ちいいからな。惚れた女に大事なものを預けて、な」
 気持ちいい、ということばで彼女の左手がぴくっと跳ねる。先の問いとは違う甘い声が井伏の耳に届く。
「ほんとうに。それなら……」
 わたしも嬉しい、と消え入る声で言いながら井伏を見上げる貌はおんなのそれに整いつつあった。
「そろそろ上がるか。でも……その前にちょっとだけ、な」
 腿に差し込んだ右手に力を入れ少し強引に腿を開かせると、腰に回していた左手を下ろし両手で腿裏を支えて、井伏を跨る形に座り直させた。左手をもう一度腰に回し動けないように彼女の身体を固定して、右手は内腿に沿って付け根まで撫で上げる。親指が叢にかかると花芽と思しきあたりをくるくると撫でまわした。左手はそろそろと背骨に沿って下ろし、尻の始まる辺りを指先でくるくると撫でる。ひゅうともひぃともつかない嬌声が高く上がる。親指を支点にそのまま右手を動かせば、井伏の指はなんなく彼女を花を捉えた。いきなりの強い刺激に彼女は左手の動きを止め、額を井伏の肩に当て息を整えようとしている。が、続けざまの刺激には吐息が漏れるばかりだった。戸渡りから蕊に中指を滑らすと、湯とは別のぬかるみに中指がはまり込む。
「濡れてる……。嬉しいよ、こんなに感じてくれて」
 ぬかるみに誘われるまま井伏は中指を潜り込ませ、親指と擦り合わせるように彼女を刺激した。それに反応して、井伏の肩に額を当てたままイヤイヤをするように彼女の首が左右に揺れる。宥めるように井伏は彼女の名を呼んだ。きゅっと指を締め付ける感覚がして、彼女に預けっぱなしの牡がまた膨れ上がる。官能に意識が集まるように彼女の内側を中指で引掻くよう撫で、彼女に分からせるように囁く。
「自分で入れてごらん」
 ぴくっと小さく彼女の両肩が震える。何度も身体を重ねていても、彼女が井伏に跨って牡を身に納めることはしていない。それに、と井伏は思う。
図書館での交接ではいつも声を洩らさぬようにと歯を噛み締める。そんな用心を取り払って、愛慾に溺れる彼女を見てみたい。何よりも己が彼女に溺れたい。この2日だけ。
 ぴくっと肩を震わせた後、心持ち牡を握る彼女の力が強くなったような気がした。親指の腹が裏筋を撫で上げ、亀頭の容をなぞりはじめる。蹂躙を希う瞳が井伏を捉えた。促すように内壁を中指でひっかくと、するりと抜いて花芽を撫で上げる。ひゅうという声が洩れ、強く息を吸い込んだ彼女が呟くようにいった。
「今挿れたら、ってしまう」
 でも、っと続けかけた彼女の唇を口吻で塞ぎ、彼女が腰を浮かせ易いように支える。両の手指を牡に絡めて、彼女は自らの花にそれを導く。亀頭が花に潜り込むと唇を離し独り言のように呟く。
「ああ、駄目……。っちゃう……」
 半端に躊躇する彼女を井伏は下から突き上げ、牡をすべて飲み込ませる。ぴくぴくと彼女の身体が跳ね、同じリズムで牡を締め付ける。吐精の誘惑を耐えた井伏が彼女の耳元に口を寄せた。
「何度でもっていいさ」
 耳穴にねじ込むように名前を囁くと、彼女がきゅうと牡を締め付ける。
ちょっとだけと言ったが済みそうにない、と井伏は甘く後悔した。

夏越>につづく

 
 
 

 


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