ベローチェ

たまり場にしていた喫茶店では1階でいつも新聞を読んでいる爺さんと、たまにスーツを着たサラリーマンが来るくらいで、地下の席に陣取る僕らの周りに客が来る事はほとんどなかった。
冷房の効きすぎた地下は昼間から薄暗くて、天井に当たって落ちてくる煙がザラザラと肌に纏わりつくようだった。

「お前はどうなんだよ、本田。」

会話が無くなると息がつまりそうな気がして、僕はとにかく話を続けたようとした。

「死にたくねぇよ、俺まだやることいっぱいあるもん。」

「分かるぞぉテツハル、男ならやっぱ、やることやってから死にたいよなぁ?」

りょうはそう言いながら本田の肩を叩き、下品なジェスチャーをしてみせた。

「そういう事じゃねぇよ、ほら起業とかさ、やりたいこといっぱいあるんだよ。」

「起業――、お前起業してなにすんだよテツハル。」

それまで黙っていた将也が口を開いた。

「なにってまだ決めてないけど、適当にITでベンチャーとか立ち上げてさ、それがアップルに買収されんだよ、そしたらそん時は経営も手放してさ、後はその金で不動産とか転がしながら遊んで暮らすの。だからそれまで俺は死ねない。」

「遊んで暮らすねぇ、エッチはそれまで我慢かァ。」

「お前にそんなこと出来たならな。」

りょうの軽口は無視され、吐き捨てるような将也の言葉にはいつも以上に棘があった。


本田が将也の方に体を捻り、何か言うのかと思ったが、そのままこの日何度目かの重苦しい沈黙が流れる。

「なぁ本田、お前本気で起業する気あるなら倉田に取られたパソコン取り返して勉強でもしろよ、こんなとこで腐ってる暇あんのか。」

「俺だってそうしたいけどさぁ、あの先輩やべぇんだよ。こないだ酔って後輩の妹に手出そうとして、止めに入ったらその兄貴の方、歯が折れるくらいボコボコにされたって。」

将也はまた黙って机の上のアタッシュケースを睨んでいる。アタッシュケースの上には僕の上着が掛けられていたので、正確に言えば将也が睨んでいるのは臙脂のコーデュロイだった。

「お前あんなのにビビってるからいつまで経っても童貞なんだよ。なぁ、シュウト。そのコーヒー要らないなら俺飲んでも良い?」

りょうの指さす先、僕の目の前のテーブルには、氷が溶けて薄くなったコーヒーが、グラスの周りにびっしょりと汗をかいていた。

「そうじゃなくてさぁ。」

ちらっと将也の方を見ると、もう自分は会話に参加してないという風にそっぽを向いている。僕は机の上のコーヒーをりょうの前に押しやって席を立ち、新しいコーヒーとタバコを手に入れるために階段を上った。

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