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私の部屋の玄関には、一本の古びた折りたたみ傘がある。
柄の所が錆びついてしまっていて、途中で引っかかるので、1回では開かない。

カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、バサッ
さっき試してみたら、4回目でようやく開くことができた。
おととい雨が降っていたときは、2回目で開いたのに。

この調子でいくと、そのうち10回に1回とか、20回に1回とかしか、開かなくなるのだろうか。

それでもまだ開くのだからと、ずっと使い続けたらどうなるだろう。

100回に1回しか開かないとなったら、これはなかなか大変だ。雨の日はかなり早起きして、99回の空打ちをしたあと家を出なければならない。

もっともっと時が経って、1000回に1回、いや1万回に1回、あるいはもっと⋯何万回かに1回しか開かないとしたらどうだろうか。
これはもはや、一大イベントである。
そんな珍しい瞬間、みんな見たいに決まっている。

――広い会場を埋め尽くさんばかりの、人の群れ。
大勢が見守る中、ステージに佇む私は、おもむろに傘を構える。
これまで99999回、開いてこなかった傘。今日が記念すべき10万回目。
今日こそは開くのではないかと、人々が固唾をのんで見守る中、私は傘のボタンに手をかける。

カチッ⋯

バサッ!

「⋯開いた!」
「ついに傘が開いたぞ!!」
「信じられない!こんな日が来るなんて⋯」
「かーさ!かーさ!かーさ!わあぁぁぁー!!」

盛り上がる群衆の中を、傘を差したまま歩く私。
「傘神様の降臨だ⋯」
「ありがたや⋯」
口々に感動の言葉を漏らす人々。

新興宗教、傘教の誕生である。

そんな日がいつか来るかもしれないので、私はもうしばらく、この傘を捨てずに取っておこうと思う。


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