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Noteを書くにあたって決めたこと(まじめ)

自分の経験に基づく、自分なりの意見を書く

長いのか短いのかはわかりませんが、もう15年以上、職種を変えながらも子どもに分類される人を対象に福祉の現場で働いてきました。最近は、特に幼児期の子どもたちに作業療法士として関わっています。
幼児期の子どもが自分で自分の困りごとを表現したり、訴えたりすることはとても少ないです。そのため、作業療法を行う上で主訴として伝えられるのは主に子どもたちに関わる保護者や支援者からになります。それは概ね子どもの問題点についてなので、それを変えたい、やめさせたい、やらせたいという心情は容易に想像できます。ですが、支援とはその問題点に直接アプローチして、止めたり、やらせようと押したり引いたりするだけでなんとかなるほど単純な物ではないと思っています。下手な関わりによって、実際に問題を拗らせてしまったこともあります。その中で、子供への支援は、子どもたちの様々な反応をどう解釈し、自分の関わりに反映していくかが大切であると学びました。それは、ある部分はよくある支援方法と同じようなことかもしれないし、ある部分はそんなやり方でいいの?と疑問に思うようなことかもしれません。ですが、全て私の経験に基づいたもので、私なりの意見として書いていきたいと思っています。

単純で受けの良い表現方法に頼らない

個別のニーズに合わせるためには、様々なことを考慮して支援内容や支援の目標を立てていくことが求められるし、それが作業療法士の仕事だと思っています。
「これだけやれば」とか「絶対ダメな」とか「やるべき〇〇」のような表現はわかりやすく、人を惹きつける表現であると思っています。そうやって、受けのよいフレーズを活用することは、興味をもってもらいやすいし、読んでくれる人が増えれば私の承認欲求は満たされるとは思います。
ただ、私が子どもたちの発達や育ちに関わっていて思うのは、単純なハウツーでできることは限られているということです。やったらいいことも悪いことも、場面やその子の年齢や特性、関わる人のパーソナリティや環境など様々な条件によって変わってしまうのが現実です。なので、盲信できそうなウケの良いことを言うのは専門家としては避けたい気持ちがあります。

出来るだけ人を不快にしないよう熟考する

個人的な経験に基づく意見を書くので、誰かと意見が異なることや、誰かの意見を否定することになる可能性がゼロではないと思います。だから、書くことをずっと躊躇してきました。ただ、臨床経験を重ねる中で、自分なりの考え方や大切に思うことがまとまってきた時期に、子どもたちの力になりたいと悩む養育者や支援者に会うことが増え、自分の経験や考えがそのヒントになるという経験に恵まれました。その経験により、子どもたちからもらった学びである臨床経験に基づく自分の考えを、多くの人にシェアすることは、結果的に自分の学びを多くの子どもたちに還元することになるのではないかと思うようになりました。
だから、私がここに書くことは、誰かと意見を対立させて自分の正義を振りかざしたり、誰かの意見を否定して自分が上に立とうとしたりするためではないことを先に伝えておきたいです。私は研究職ではないので、誰もが納得できるようなエビデンスは持ち合わせていません。ただ多くの子どもの関わってきた経験を持つ専門家の一意見として、活用していただければと思っています。そのためにも、私としては、出来るだけ誰かを不快しないように文章を作っていくために熟考していこうと思っています。

お願い

上記のことを心がけてはいますが、読んでいると、ここは違うのではないかとか、これは自分を否定している、と思うことがあるかもしれません。そう言う時は、「自分とは合わないな、でも単なる一意見だし」と自分を宥め、速やかにページを閉じていただくようお願いいたします。どんなふうに感じるのも、それを伝える伝えないも個人の自由があるとは思いますが、悪意のある表現や誹謗中傷はお断りします。
子どもの支援や日々の生活がより良いものになることを目的に、使えそうだと思うものを上手に活用していただけたら幸いです。

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