天使に粗相はできかねる 第三話「柑橘のジャムと屋台の娘と」

「これがジャム。この街の名産で、他の街へも売りに行きます。」

少年がひとつ手に取ったジャムの瓶を、
少女はまじまじと見つめていた。
人目もあるため、おのずと敬語に切り替わる。
無理もない。
関心のないふりをして過ごしている大人達は、
好奇心から一挙一同を見ているのが痛いほど分かる。

穏やかな陽射しがさんさんと降り注ぎ、
果実を積んだ木箱とジャムの屋台を、
柔らかく陽の光が包んでいる。

「このジャムの原料は何ですか?」
「あ、ああ。ええと…」

屋台の女主人が引き攣った笑いを取り繕いながら
気まずそうに、店番の我が娘の背中を小突く。
女主人には天使を自称する少女と関わり合いたくないという本心を、
娘に店を手伝わせる微笑ましい母親、を真似て、建前で隠していた。

「あの、こちらの果実です」

もともと人見知りがあり、
穏やかに微笑む少女に話しかけられた少女はおずおずと話す。

「きれいな色ね。この村で採れるの?」
「うん。この村からすこし行った畑です。」
「このままでも食べれる?」
「食べられるけど、すごく酸っぱいから食べないほうがいいです。
 だからたくさんの砂糖で煮るか、蜂蜜に漬けるんです」
「どのくらい酸っぱいか、食べてみてもいい?」

屋台の娘が警戒心を緩めて微笑む。

「ほんとだ。すごくすっぱいね」

眉根を寄せた天使の少女を見て、屋台の女の子が笑う。

「ふふ、だから言ったのに…」
「こんなにすっぱいと思わなかったの!」

屋台の娘は敬語をくずしてけらけらと笑った。
すっぱいと顔を顰めていた天使の少女も、
つられてくすくす笑いだす。

年相応に微笑む少女たちは、姉妹に見えた。
彼女の言葉に倣うならば
「天使と人間」なのだろうが、
少年にとってそうは見えなかった。
村の穏やかな日差しのなか、
天使の視察という彼に課された、
でたらめな絵本の役者にでもなったような、
穏やかな嘘に思えてくる。
真偽はどうでもよかった。
いや、どうでもよくなってきたと言うべきか。
だって、確かめるすべは、彼に無いのだから。
なにより、話し相手のいなかった少年にとって、
白昼夢のような柔らかな幻が緩やかに広がっている。

天使の少女の言う失敗が少年の死であると聞かされてどきっとしたが、もともとぼんやりと死を望んでいた少年にとって、いい機会だとさえ思えてくる。

天使の少女の謳う非日常と、
自分に向けられた穏やかな村びとの表情、
のんびりと照らす昼なかの陽射しが
色合いを調和するように燦々と降り注ぎ、
関わりすべてが偽物に見えてくる。

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