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天使に粗相はできかねる 第二話 「招かれざる客に捧ぐ生贄」

とり残された少年に、天使を名乗る少女はにっこりと微笑みかけた。
「では、さっそくですが。案内してくださいますか?」
「天使様。
 お言葉を返すようで恐縮ですが、
 綺麗な服に着替えてから来ますので、
 ここで待っていてくださいますか?」
少年はたどたどしい敬語で天使に問うた。
少女はすこし年上くらいだろう。

「ついていきますよ。
 教会なのでしょう? ぜひ見てみたいわ」

少年が否を言える雰囲気ではなかった。
幸いにも教会はひととおり清掃してある。
天使の少女は礼拝堂で待たせ、
少年は教会よこの小さな小屋で、できるだけ綺麗な服を選ぶ。
教会の長椅子で待つ少女は、天使のようにも見えた。

「お待たせしました。
 何をご覧になりたいのです?」
「そうですね。
 ひと通り、この村を見たいんです。
 できれば、あなたが素晴らしさを伝えてくれれば嬉しいわ。
 村の魅力といえば、風景や特産品もそうですが、
 やっぱり暮らしている方々のことでしょう?
 わたし一人では聞けないようなお話もありますし、
 案内役がいてくれたら、もっと色んなことが知れると思って」
「… …」

まるで天使ではない、
俗っぽい観光客の物言いだ、と少年は内心毒づいた。
大人たちの人波に囲まれた緊張感で見えなかったが、
天使の少女は年頃の女の子と変わらないように見える。
更に言うと、少年は信仰心が人一倍強いわけではない。

ふわふわとした語り口、自分と変わらぬ人間の姿。
彼女は本当に天使かという問いは、少年の心にも芽生えていた。
負の感情は増幅するもので、ゆうべみた夢を思い出す。
魔女狩りで母親が連れていかれる夢。
鬱屈とした気持ちを抑えていた理性が、気の緩みによって綻んだ。

「悪いけど」
「ここじゃ誰も君を歓迎してないよ」

はっとして少年は取り繕う。
疲れと気の緩み、そして彼女の纏う親しみやすさから、
ふっと少女が天使を名乗っていたことを忘れてしまう。

「だから、君が望むようなものはここでは見れないかも」

名ばかりの教会は、かつて旅人を泊めていた。
掃除は行き届いているものの、ほかに仕事を与えられなかった少年の唯一の居場所だった。それさえしていれば、食うに困らず寝るに困らない。教会の名前があれば、村のだれかが守ってくれる。

少女は微笑んだ。
「わかっています」

意外だったのは彼女が微笑んだことだ。
天使の少女が少年の手を取る。
包むように撫でられた指は柔らかく温かいのに、不穏な気持ちになるのはどうしてだろう。

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