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⋆辛くて悲しい日々⋆

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涙ながらに思ったこと

初期の流産は、
稽留流産完全流産等があって。

私は完全流産でした。
子宮の中が本当にからっぽ・・・。

稽留流産だと
お腹に残っている赤ちゃんや、内蔵物を取り出す手術をしなければならないそうですが
完全流産だった為手術しなくても良いという事でした。
(多少残っているものは、薬で出す形でした。)

流産の時は、すごくお腹が痛くなると聞いていたのですが、
診察するまではほとんど痛みもありませんでした。

お腹の子・・・“おんちゃん”が手術しなくても良い様に
持って行ってくれたんだな・・・
痛みもなるべく少なくて済むように抑えていてくれたんだな・・・と。
最初で最後の親孝行に
お腹に来てくれた事含めて感謝しました。

おんちゃんはちょっとだけ早く・・・
フライングしてきちゃったんだね!

帰宅後

ですが・・・帰宅後・・・・・・・・・。
お腹が急激に痛くなりました。

もう、おんちゃんのいないお腹。
ぽっかりあいた心。
追い討ちをかける痛み・・・。

分かってはいたはずなのに
痛みを抑えていてくれていたと思う
おんちゃんはもうお腹にいないんだと、
思い知らされました。

頭と心はバラバラで・・・
頭では解っているのに心が追いつきませんでした。

お休み

仕事を早退していた為、会社から心配の連絡がありました。
やはり流産していたと伝えると、電話相手が社長になりました。
(社長直々に電話をくれ、
今の会社で良かったと思いました)

内容は、
・社長自身・・・正確に言うと社長の奥さん(専務)も流産した事があるから、本当に辛いという気持ちが分かるという事
・仕事は気にしなくて良い。身体を休めるのが今の私の仕事だから、1週間は身体を休める事
・身体が回復したら、また仕事頑張って欲しいという事でした。

電話越しですが有難くて泣いてしまいました。

会社にお休みを貰った1週間。

毎日ずっと、
お腹の痛み(激痛)に泣いて、
おんちゃんがいなくなった事に泣いて
自分が仕事で立ち仕事をしたから?
重いものを持ったから?
頑張りすぎたせい?と考えて泣いて。
涙って枯れないんだなって思うほどの無限ループ。
そして痛み止めきいて落ち着くとその間少しだけ寝る
という生活でした。

※読んで下さった方の中にはご存知の方もいると思いますが、
この時期の流産は、
卵子の時点で染色体の異常等があり、成長できない子が流産になるのでお母さん側が悪い事はありません。
それでも、流産してしまったお母さん(当時の私含む)は自分を責めるんです。

気分転換

お休み最終日・・・

私は家族に心配されながらも
県内の少しだけ遠めの別の市に出かけました。

仕事を再開するに当たって
ずっと布団の中での生活だったので
多少筋力を回復させたく、運動しなくては行けないと考えたのです。
あと、お腹にいてくれた子への気持ちを少しでも何とかしたくて
日帰りの1人センチメンタルジャーニーへ・・・

寺社巡りをし、心を落ち着かせようと歩いて周りました。
それでも安産の神社では、
思わず感極まって涙してしまいました・・・。

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