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与那国島のいわゆる「海底遺跡ポイント」

海外メディアからのインタビューがあるため、わたしの見解を整理しておく機会にします。この記事は随時加筆訂正する予定。

BBC REELにて公開されました

https://www.bbc.com/reel/video/p0884j4s/the-truth-behind-japan-s-mysterious-atlantis-

1.八重山層群の砂岩・泥岩

新生代新第三紀中新世(約2000万年の前後)に、ユーラシア大陸から運ばれた砂や泥が、現在の南琉球近海に厚く堆積した。この海成層は、砂岩が優勢の砂泥互層で、八重山層群と呼ばれる。八重山層群の一部は、地殻変動と海面変動によって陸域として露出しており、与那国島を含む八重山列島に広く認められる。

2.塩類風化と乾湿風化

砂岩と泥岩には、堆積環境による層理面のほか、引張応力による伸長節理が形成され、陸域として露出した部分は、その地質構造に支配される形で風化が進んでいる。海岸に露出した砂岩は、間隙率が高いため、海水の飛沫とその蒸発による塩化ナトリウムの結晶圧で、塩類風化が活発に起こる。泥岩は、膨潤性の高い粘土鉱物を含んでおり、乾燥と湿潤の繰り返しによって、乾湿風化(スレーキング)が活発に起こる。

3.マスムーブメント(崩落)

八重山層群の砂岩に形成された節理は、直線的な破砕を促す。砂岩の風化は、節理に沿った形で差別的に進むため、ブロック状に岩塊が剥がれ落ちる。地形プロセスとしてはマスムーブメント(崩落)の一種である。

*マスムーブメントについてはこちらの記事を参照

斎場御嶽でブラタモリ(その2:大庫理)|Takayuki Ogata @s15taka #note https://note.com/s15taka/n/n66d9dd3cd52c

4.氷河性ユースタシー

最終氷期のピーク(約2万年前)の海面は、現在より100~140mほど低下していた。現在「海底遺跡ポイント」とされる海中は、最終氷期には完全に陸域として露出していた。問題のポイントの水深はわずか数m以内であるため、最終氷期のピークのみならず、10万年近くにわたって陸域であったとみて差し支えない。すなわち、最終氷期を通してマスムーブメントを受けていた斜面が、完新世に海面下に没したものと言える。

*氷河性ユースタシーについてはこちらの記事を参照

久高島でブラタモリ|Takayuki Ogata @s15taka #note https://note.com/s15taka/n/n2a4ee7d79d13

5.いわゆる「海底遺跡ポイント」の形成

直線的な風化・侵食地形が、ごくごく浅いとはいえ海面下に認められるので、まるで人工物のように誤解される事態になった。地元のダイビング業者が「遺跡ではないか」と疑問を持ち、それを琉球大学名誉教授の木村政昭氏が支持し、書籍などで紹介したため、世界各地からダイバーが訪れるダイビングポイントとして有名になった。

6.考古学的調査の欠如

もし、これが「遺跡」であるとすれば、考古学的データによって裏づけられなければならない。しかし考古学者による学術調査は行われなかった。調査がなかった理由は詳しくはわからないが、おそらく、考古学の専門家からみて、遺跡という仮説に無理があったためだろう。この問題の難しさは「遺跡でないことの証明」である。遺跡であることを証明するためには、何らかの考古学的証拠が見つかれば良いが、遺跡でないことを証明することは、いわば「悪魔の証明」と言えるもので、現実問題として不可能である。考古学者がノータッチであることは、そういった論理的な不可能さも背景として存在すると思われる。

7.ロマンを求めるダイバー

いわゆる「海底遺跡ポイント」は、特に欧米からのダイバーに人気らしい。わたしはダイバーではないので彼らの気持ちはわからないが、わざわざ遠方から訪問するダイバーには、ロマンを求める人が多いのだろう。それはバイアスとしても作用する。科学的には誤認と言わざるを得ないが、いわゆる「海底遺跡ポイント」として注目されるようになった背景には、そのようなダイバーの心理的作用もあったのかもしれない。

8.地球科学ができることとできないこと

いわば「悪魔の証明」となる考古学的調査が行われることは、おそらく今後もないだろう。考古学的調査がなされない以上、流布されている「遺跡説」を完全に否定することは、方法論として難しい。わたしたち地球科学者は、その景観が自然の営力でも形成されうることを説明することしかできない。しかし、だからと言って、流布されている「遺跡説」を、考古学には門外漢である地球科学者が肯定的に認めることもできない。

9.ジオサイトとしての価値

考古学的調査がなされない以上、文化遺産としての価値は存在しない。しかし、地形プロセス、特に風化・侵食およびマスムーブメントを学習するサイト、また海面変動やそれをもたらす気候変動、さらには第四紀の環境変化を学習するサイトとしての価値はある。すなわち、ジオサイトとしての価値はあるが、文化遺産としての価値は認められないというのが、科学的見地からみて妥当な評価だろう。

関連文献

尾方隆幸・大坪 誠(2019)琉球弧の地球科学的研究─断層と風化・侵食プロセスに関する研究の課題と展望─.第四紀研究,58,377-396.

尾方隆幸・大坪 誠・伊藤英之(2020)与那国島のジオサイト─台湾島を望む露頭が語る地形形成環境─.E-Journal GEO,15(in press).

追記

収録を終えました。わたしとしては反省ばかりの失敗事案でした。もちろん内容の失敗はないのですが、語学センスの問題で。

プロデューサーやインタビュアーとは半年以上前からメールでやりとりをしてたけれど、もちろん全て英語。収録でも、会話そのものはほとんど英語、質問も英語、しかしわたしの回答(科学的解説)のみは日本語というやり方をした。

これは、英語で回答してしまうと英語字幕がつくだけで、日本人の多くが視聴できない番組になってしまいそうだったから。日本語で回答すれば、英語字幕がつき、日本人にもわかる番組になる。

しかしそれが、思いのほか、難しかった。頭を切り替えるのが難しく、結果として、噛みまくりの日本語になってしまった。説明すべき最低限の事項は網羅したとは言え、もっと上手い説明ができたはず。

収録後、英語メールで補足したので、字幕は日本語の説明より詳しいものにしてくれると有り難いところです。





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