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たまに夢に見るような

多分PinocchioPのよいこのくすりのサビが記憶のどこかに残っていたせいだ。朝焼けのビル街の屋上に居る。缶コーヒーの一つも飲まずに、たばこの一本も吸わずに、しらふで、荷物を持たず、コートを羽織らず、歩かなくてもよいから裸足で、足が汚れないように30cmほど宙に浮いてぼんやりと、何も考えていない。俺は一人でここに浮いているから鮮やかな朝焼けの光に対して素敵な感想を述べることも無く、美しいものに対して芽生えるプリミティブな感動にフィードバックの成長はなされない。無表情で、でも内側は感動でいっぱいの俺は透けているから美しさの全てを投影できるのだ。美しさの全てを透かして取り込めるから空の色に雲の色に雨の色に光の色になる。いつの間に夜になっていたようで、街の明滅を見ている。遠ざかって俯瞰するぶんには好きな眩しさたちに目を眇めて見せることも無く、無表情なまま、表情は意味を成さなくて俺は誰にも見えないから。俺が一人の時もそうやって過ごしてきたはずなのにいつの間にか俺は表情豊かな人間になっていた。俺の表情は大げさで演技くさいらしい。もう時流はわからなくなってしまったけどいつか俺は既に自分が死んでいて肉体を通じた世界との関わりから永久に断絶されたことに腑に落ちて気がつく。俺の肉が土に溶けて還るまでのタイムラグを解消するために死体は大人の人がちゃんと焼いてくれたけど魂は放りっぱなしのまま。置いてゆかれた俺の意識プロトコルの残留はいずれ空気に散逸する。黒いコーヒーに牛乳を垂らして放置するのように。いつか均一に溶け合って少し色の薄いコーヒーになる。宇宙の終わりも同じらしい。エントロピーが最大になって全てが均一になった宇宙は温度と変化を永久に失って死を迎えるそうだ。高い場所があって低い場所があるから水が流れるように、気圧の差があるから風が生まれるように、均一でないから世界は動き続けているらしい。ひよこの中でお行儀良く棲み分けられてた内臓や肉や骨や体液や体毛がミキサーの中で全て均一に混ざったらひよこは生物学的機能を失って動けなくなってしまうように。全てが均一に混ざった宇宙も同じように全てが動かなくなって時流は意味を成さなくなる。あれは変化を測るために作られたツールだ。一瞬が永遠になる。俺と俺以外の垣根は失われて個は全体に、全体は個にイコールとなり相対を持たない。機能が失われた俺の意識はたどり着けないけれど、世界に散らばったかつて俺の肉体を構成していた素粒子達がたどり着く全ての終わりを考えるのが好きだ。俺なりの宗教の形なのかもしれない。

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