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【一括版】ラッキーハッピーハウスの死闘【HELL地獄BAN(G)ディッツ‼シリーズ】

💀HELL地獄のスリーアウト制💀
HELL地獄では一日に二回まで死んでもその場で生き返ることができます。
三回死ぬと強制労働所へ送られ三十日の強制労働を課せられてしまいます。
後は実際に経験して覚えろ。

新人地獄人のための手引き ~ヘルカム トゥ ユートピア~より抜粋

 《YoYoYo!待たせたなお前ら。『LA・バックショット・ラジオ』の時間だ。今日も長ったらしく退屈な前口上は無し。さっそくリリースされたばかりの最高にホットでクールな新曲達を流していくから耳かっぽじって聴いてくれ──》
 ガンッ!
 クールなサックスのメロディが流れると同時に、愛車の左側面に追いはぎ野郎の黄色いボックスカーが衝突。Hell地獄きっての最大獄道、悪名高き√He66の洗礼のお出ましだ。
「くそっ、曲が聞こえねえじゃねえか」
 二回目の突撃をいなして、逆に車両を押し込むようにハンドルを左にきる。ボックスカーはスリップ。
「ざまあみろバカ野郎!──へいヒート、ラジオの音量を上げてくれ」
『残ってるバカを何とかしたらね。これ以上わたしの綺麗な肌に傷がつく前に』
「なぁ、そんなこと言わずに頼むよ」
『嫌』
 どうやらヒートは──愛車に積まれた専用人格AIで俺の相棒──この状況にご立腹の様。
 手動で音量を上げようとしたが、ノブは硬くロックされていて梃子でも動きそうにない。。
「分かった分かった。それじゃあ、自動小火器システムを──」
『故障中よ。誰かさんが一向に直してくれないから』
 ヒートの呆れたような口調とともにフロントガラスにARディスプレイが映し出され『故障中……あんたの頭もね』と波打つサイケデリック色の文章とドレッドヘアーの男のデフォルメイラスト──俺を表しているようだ──が表示された。これは相当怒っている。
「わかった、わかったよハニー。LA(ロスト・エンジェルス)に着いたら直すから。もちろんハニーの肌も」
『そうしなさい。どちらにせよ、今わたしにできることはないから、さっさと何とかして頂戴。ほら、また来てるわよ』
 後ろに先ほどよりは軽い衝撃。ラジオから流れる曲に一瞬ノイズが入る。
 ARディスプレイに360度カメラの映像を出すと、追いはぎ共のボロ車3台が俺を囲もうと動いているのが見えた。
 そっちがその気なら乗ってやろうじゃねえか。俺の気持ちを高めるかのように攻撃的な曲調のメロデスが流れ始めた。
 右手を助手席に伸ばしてハチの巣ショットガン──拡声器のように先端が広く、無数の銃口がハチの巣のように並んでいるオーダーメイド製。グリップに『エイト・0・エイト』とカッコよく刻み込まれている俺の名が超クールだ──を掴んだ。
「ヒート、どれかが横に並んだら俺の方の窓を下げてくれ」
『オーケィ』
 追いはぎ車両の一台が真後ろについたタイミングを見計らい、ブレーキペダルを緊急ロックがかかるまで踏みぬく。
 瞬時に四本のタイヤがロック。砂が薄く被ったコンクリートの上を愛車が急減速。車体がスリップしないよう繊細なハンドルさばきで押さえつける。
 ガツンッ!後ろのマヌケが衝突。そいつはフロントバンパーを破壊され、蛇行しながらリタイア。
 アクセルを全開。左手に黄色いボロ車が並走する形。ベストタイミングで窓が降りる。車内に入り込む細かな砂に対してヒートが文句を言う。
 ショットガンを持った右手をハンドルを握った左手の上に乗せ、銃口を窓枠に乗せるようにして安定させる。
「よう、調子はどうだ?」
 驚愕の表情を浮かべる間抜けめがけて引き金を引いた。
 怒り狂ったヘルバチのように凶悪な散弾がボロ車を容赦なく引きちぎる。
 胴体の大半を失った黄色いボロ車はよろよろと酔っ払いのようにコースアウト。道路脇に鎮座していた大岩にぶつかり爆発。スリーアウト(三死)はしないだろうが追ってもこれないだろう。
「残りはどこだ?」
「後方に離れていくわ。逃げたみたいね」
 ハチの巣ショットガンを助手席に戻す。すぐに助手席のグローブボックスから触手めいた機械腕が伸びてきて、ショットガンに弾を込める。
「√He66も大した事ねえぜ」
『こんなの序の口でこれからもっとひどい目に合うんだから。今からでも別の道を進んだ方がいいと思うけど?』
「賽は投げられたってな。それに、どんなトラブルでも俺とヒートなら問題ないだろ?」
『はぁ……どうなっても知らないわよ』
 ヒートは黙り込み、代わりにラジオの音量が上がった。ソフトなピアノのチルい旋律が車内を満たす。
・・・
・・

 事故も強盗もモンスターも出ない退屈な走行を続けていると、前方に3つの看板と3つ又に分かれた道が視界に入ってきた。
 看板にはそれぞれ、
【ポークチャムSA】【√He66】【マン・ハンター】
 と表記されている。
 どの道の先も、蜃気楼がかかっていると言えばいいか時空がねじ曲がったように"曖昧"になっている。
 これが噂に聞いていたランダム分岐路か。
『残念、外れね。データベースによると、初めの分岐で目的地を引ける確率は0.000001%未満だし妥当だけれど』ヒートが冷たく言う。
「そう簡単に引けるとは期待してないさ」
 自分に言い聞かせるようにつぶやき、中央の道──引き続き√He66を進むことにした。そして、蜃気楼に突っ込んだ。
 一瞬の浮遊感を感じ、次の瞬間には同じ風景なのだが何かが違う道を走っていた。

 √He66も案外大したことがねえ。3つ目の【√He66】を通過しているとき俺はそう思っていた。
 周りに建物一つ立っていない平地を数台の一般車両と同じのんびり走っていた。
 確かに√He66ではどこからともなく現れた車両強盗やギャングが小競り合いが起こしていたり、道路上に危険物が転がっていることはあるが所詮その程度。俺含む一般人がお互い撃ち合ったりはしない。だからラジオに耳を傾けている余裕があった。
 《──で、どうしたんだ?》
 《シュガーバレットがバンから予備の車用燃料を取り出して、頭から被ったと思ったら火をつけやがったんだ。これで暖がとれるだろって。俺たちは急いで雪をかぶせて消火したよ。おわったときには俺たち全員汗だくでね》
 《ハハハ。そいつはイカれてるな》
 《あいつはいつもイカれてるんだ。おかげで身体が温まった──》
『エイト、車用燃料が半分切ったわよ』いいところでヒートが割り込んできた。
「え?早くねえか?」
 燃料は数日前に満タンにしておいたはずだ。燃料ゲージを確認。ヒートの言う通りだった。
『そうだけど、なんだか√He66に乗った瞬間から燃費が悪いわ』
「多少、荒い運転をしたせいじゃないか?」
『それもあるけど、この空間の特有の現象かもね。他にも同様の症状を訴えてる"子"も多いわ』
「へぇ」
『というわけだから早く補給してね。こんなところで立ち往生なんてあんたも嫌でしょ』
「オーケイ」
 なんてことを話していると、もはやおなじみの看板が見えてきた。
【ラッキーハッピーハウス】【狂気の海近辺】【√He66】
 こういう時に限ってSAを引けない運のなさを恨む。
「ラッキーハウス?なんかの店か?」
『サーチしても出てこないわ。どうするの?』
 少し考えた末にハンドルを左に切った。
「運が良ければ燃料を手に入れられるか」
『運というものがあるとして、あなたは持ってる方なの?』
「さあな」
 ・
 ・・
 ・
 ワープ先はすでに道の先に【√He66】の看板が見えるほど短い荒野の一本道で、俺の前を走っている奴はいなかった。ただ、
『左』
「分かってるよハニー」
 アクセルペダルを踏む力を緩め速度をおとす。
 前方少し先の左手、道路から少し離れたところにポツンとみすぼらしい小屋が建っていた。小屋の手前には大きな看板が、小屋の奥には大型の水タンクがある。そして、道路と小屋の間に、一見何の変哲もない一般車両が3台並行して止まっている。
 愛車を水タンクの手前で停止させた。ディスプレイに小屋を映すしながら、いつでも飛び出せるようにアクセルの上に足を置いておく。
「ラッキーハッピーハウス……ねえ」
 俺は看板に書かれた文字を読み上げた。場末のダイナーを思わせるフォントで書かれた店名の隣で、何がラッキーでハッピーなのか知らないがショットガンのマスコットが笑顔を作っている。
『明らかね胡散臭いわ。ここは避けて先に進んだ方がいいんじゃない?』
 《そう、こんな辺鄙な場所に記者がいるわけがない。今思えば明らかに怪しかったんだけど──》
 時計を見る。この空間も時間は進まないようだ。だからと言って無駄に長居する気はないが。
「そうだな──」
 《そしたら奴さんは突然ペン型マイクを──》
 BANG!
 小屋の方角から小さくない銃声。反射的に身体をシートに深く沈ませながら右手でハチの巣ショットガンを掴む。
 しばらくその体制のまま様子をうかがっていた。十秒、二十秒……何も動きはない。
「なあヒート、なにか──」
 BAAANG!!!
『何かは起きてるわね』
「回答ありがとよ」
 《それはマイクに見せかけた銃で、ヤツは強盗だったわけなんだよ》
 さらに数分待っていると、小屋の入り口からジェリ缶を手にしたサラリーマン風の野郎が現れた。そいつは必死の様子で何かから逃げているように見えた。
「なんだあいつ。強盗か?」
『外見や仕草から算出した強盗度はすごく低いわ』
「ああゆう一見無害そうなやつほど危険なんだぜ」
『あらそう。どうでもいいわ』
 《それからは俺たち全員、ヘルバイスでライブをするときは常に護身用の武器を持ち歩くことにしたよ》
 男は一番きれいな車両に燃料(推定)を入れると、ささっと乗り込んでフルスロットルで走り出し、危なっかしい挙動で俺の脇を走り抜けていった。男を追って出てくるものはいなかった。
「あいつ、燃料入れてたよな」
『そうみえたわね……行く気?』
「とりあえず、中の様子を見てくるわ」
『気を付けてよ。こんなところで置いていかれたらと考えるとゾッとするわ』
 一旦ハチの巣ショットガンを手にしたが、何かを感じたので別のものを持っていくことにした。
 グローブボックスの中に手を突っ込み、一見小さな鉄パイプのようにしか見えない棒ガンを取り出す。単発からミニ散弾モードに切り替えて、ズボンとベルトの間、右太ももの前側に差しこんだ。
「のんびりしていてくれよハニー。できるだけ早く戻ってくる」
『はいはい』
 ヒートがエンジンを切ると静寂が車内を包み込んだ。
 ガチャ。ドアを開ける音がやけに大きいと感じた。
 外に出て凝った体をほぐすようにストレッチ。小屋からは何の音も聞こえてこない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 静寂に包まれた小屋に足を踏み入れると木の床板がミシッと大きな音を立てた。背筋が冷えたが罠が仕掛けられていたりはしなかった。
 中は薄暗く、硝煙とタバコの臭いがこびりついている。店内は虚無しか入っていない棚がいくつかと、正面奥にバーカウンターがあるだけで他にも何もない。あまりにも殺風景で、店として機能しているとは考えられない。つまり店ではないのだろう。外れだ。
 そう結論づけ、小屋を後にしようとしたとき、
「おや。今日は客が多い日だねぇ。いらっしゃい」
 バーカウンターの向こうに咥えタバコの禿げた片目の老人が立っていた。いつからそこにいたのだろうか。
「あ、ああ。……ここは店なのか?」
「そうだよ。ワシの店だよ。色々置いている雑貨屋ってところだね。お客さんは何が望みだい?」
 雑貨屋というには何もなく、胡散臭いことこの上ない。盗品でも売っているのだろうか。
「車用燃料が欲しいんだけど置いてないか?さっきここにいた男が持ってたのを見たんだけど。種類の希望はない」
「車用燃料ね。もちろん。うちは何でもあるよ。ゲッゲッゲ」老人は何が面白いのか耳障りな笑い声をあげた。
「ああ、安心しなさい。商品は奥で厳重に保管してある」
 と俺の心を見透かすように言った。なるほど、強盗対策という事だ。こんな辺鄙なところでも……いや、辺鄙だからこそということか。先ほどの銃声は強盗対策だったのだろうか。
「ほら、その紙にお目当てのものとお客さんのサインを書いてくれるかな」
 と長いこと放置されていたような茶色の紙と高そうな万年筆をカウンターの上に置いた。右下にサインを入れる欄が書かれているだけの。
「ちなみにいくらだい?」
「値段は……いくらだったかな。忘れてしまったが、非常にリーズナブルな価格だったと約束しよう。記入を終えたら確認ついでに一緒に取りに行ってもらえるかな?」
「ああ、わかった」
 俺はサイン欄に『8・0・8』とサインを入れ、その上に車用燃料と書いた。量を書こうとしたところで、ヒートに聞くのを忘れていたことに気づいた。まあ、どうとでもなるだろう。
「これでいいか? 量は後で確認するからさ」
 老人は紙を受け取りざっと目を通してうなずいた。
「よろしい。──ところでお客さん、銃の類はここに置いていかないといけない決まりなのだが。火"器"厳禁ってね」
「銃は持ってないが、護身用の鉄パイプがここに。これは問題はないか?」
 ただの鉄パイプではないことは当たり前だが黙っておく。
 老人は片目で俺をジロジロとみて、
「結構。実際は銃なんて持っていたところで意味はないがね。それでは着いてきなさい。お客さんは運がいい。すでに先客がいるからすぐに始められる」
「え?始めるって?」
 老人は俺の問いに答えることなく、カウンター裏からつながっている扉の向こうへ消えた。
 俺は一人肩をすくめ、老人の後を追った。
 扉の先は四畳半ほどの小部屋で、地下へと続く階段がつながっていた。
 その先から、例の臭いが濃く漂ってきていた。手が無意識に棒ガンの位置を確かめていた。第六感が信号を発している。
 長くない階段を降りて、石畳の短い廊下を進み、開け放たれた扉の中へ入った。

 そこには奇妙な部屋が広がっていた。
 まず手前、部屋の中央にやけに大きな木製の丸机と丸椅子が二脚。片方の椅子に座っている赤いバンダナを頭に巻いたタンクトップの男が俺を静かに見ている。打ちっぱなしコンクリート壁のいたるところにある焦げた跡は古いのもあれば新しいのもある。
 部屋の奥には一枚の大きなガラス窓が大型店のディスプレイのように部屋を区切っている。ガラス窓の向こうには水や食料、衣服や衣料品がずらっと棚に並んでいた。どれも盗品などではなく新品に見える。
「やあやあ来たね。さ、座って座って。あまり待たせちゃ悪いからね」
 老人はガラス窓の前にあるDJブースのような機械をいじっている。
 とりあえず言われた通りバンダナ男の向かいに座った。バンダナは俺の顔をジロリと見たが何も言わなかった。
「よお」と俺は言った。
「……よお」とバンダナはかえしてきた。
「あんたは?」
「そっちと一緒さ。欲しいモノが手に入るって聞いてきたんだろ?」
 俺はうなずいた「車用燃料が欲しくてな。それで、一体何が始まるんだ?」
「今にわかる」とバンダナは「どうなっても俺を恨むなよ。俺もあんたを恨まん」
「ああ?」
 それはどういうことだと聞こうとしたその時、でかい音と共に地面が揺れた。
「ああ?」
 俺達が座っている空間と老人の周りを分けるように、床からガラス窓が出てきて、あっという間に天井に達した。
 さらにはこちら側の部屋の四方に、天井からスピーカーとカメラ、物騒なセントリータレットが降りてきた。
「は?」
『待たせたね、お客さんたち。こんな短時間に"4"人もお客さんが来たのは初めてから準備に手間を取ってしまった。許してくれ』
 スピーカーから発せられた老人の声が地下空間ないを反響して耳に痛い。
「おい、これはなんだ。一体何が始まるのかいい加減説明してくれないか」
 ただの罠ならとっくに殺られている。だから何か目的が合って俺をここまで誘い込んだのだろう。
 俺はさりげなさを装いつつ、万が一に備えて(もはや十が一レベルかもしれないが)ベルトの棒ガンをいつでもつかめる姿勢を作った。
『もちろん、もちろん。安心してくれたまえ。このタレットはただの保険だ。いまだかつて使われたことは数回しかない』
「イカレ野郎め」バンダナが言った。
『さて。先に来ていたお客さんは知っているだろうが、改めて説明をさせてもらおう。少々長いからよく聞いてくれたまへ』
 老人がそう言い終わると機械音が鳴り響いた。
 天井が開き、何かがゆっくりと降りてくる。それはヘルスパイダーを想起させる10本指の緒方マジックアームで、丸机の上に三本の棒状の物を置いた。それは銃身の長さが違う三本の銃だった。
『お客さんたちには、そこの特注の散弾銃を使ったゲームをしてもらおう』

 老人のふざけた説明をまとめると、
 ・俺とバンダナは散弾銃を交互に打ち合う。
 ・先攻後攻は老人がランダムで決める。
 ・銃身の短い散弾銃は50%の確率で一死する弾が、中のモノは33%の確率で二死する弾が、長いモノは25%の確率で三死する弾が出る。
 ・弾が出ようが出まいが一発撃てば射撃権は相手に移る。
 ・どの銃を使うかは発射権を得るたびに選択する。
 ・途中退場はおろか、この話を聞いた時点で逃げることは不可能──なぜなら、上の階でサインを書いた紙が"ゲーム"の契約書だったからだ。逃げ出そうとしたらタレットに三死するまでハチの巣にされジ・エンド。残されたものは勝者となる。
 ・散弾銃を打つ以外で相手を攻撃しようとしたり、相手の銃撃を避けようとした場合も、タレットに三死するまで撃ち殺される。
 ・使えるのは今この場にある散弾銃だけ。
 ・ギフト──生粋のHell地獄住民が稀に持っているやべー能力。もちろん俺は持っていない──は使用不可。
 ・相手が三死すれば勝利。
 ・勝者は賞品として事前に老人に伝えた望みの品をもらえる。料金は相手の死。
 ・まったくもってふざけた話だと思わないか?

『さて、少々長くなってしまったが理解できたかな?』
「面白くない冗談だぜ爺さん」
「マジさ」とバンダナ「俺はついさっきまでそれ見てた、いや、見せられていた」
『そういうことだお客さん。なあに、やってみれば単純なゲームだ』
「そういうことじゃねえよ」
 バンダナは黙ったまま、視線をジッと銃に落としている。何を考えているかはわからない。
「どうにかならねえかな」と俺。
「逃げられるか試してみるか?俺はごめんだね」バンダナは相変わらず目を合わそうとしない。
「ふざけやがって……」
 とんでもないことに巻き込まれちまった。
 どうするべきかを考えようとしたとき、バンダナが右手で左腕を隠し続けていることに気がついた。はじめは無意識の仕草だと思っていたが、ヤツの視線が一瞬俺の腕に向かった時、ひらめきが走った。
「なあ、あんたは何死してるんだ?」
「は? あぁ? 教えるわけねえだろ!?」
 バンダナは一瞬だけ俺の顔を見てそらし、逆に挑むように睨みつけてきた。動揺を隠そうとするかのように。
 間違いない。ヤツはすでに一死以上していてそれを隠そうとしている。
『それでは時間も惜しい。始めてもらおうじゃないか。先行は──』
 三本の散弾銃がコマのように回転。次にサイコロが転がる音。
 こんな場でなければ洒落ている演出だと思えたのだがな。
 音が止まると同時に散弾銃が銃口をこちらに向けてピタリと止まった。
『先行はタイヤ2本を所望のお客さんだ。さあ、楽しんでくれたまえ。ゲッゲッゲ』
 バンダナはじろりと俺を見て、それから三本の銃に視線を向けた。
 ヤツは前の"ゲーム"を見ており、どう進むかを知っている。もしかしたら必勝法とまで言わなくてもコツをつかんでいるかもしれない。
 俺はさりげないジャブを入れて情報差を埋めようと試みた。
「ちなみに前のやつはどうやってケリが付いたんだい?」
「うるせえ」
「そんなつれない態度取るなよ。恨みっこ無しなんだろ?」
「……後攻の野郎が一発目で長いやつを選んだらまさかの大当たり。哀れな相手は一瞬で強制労働所行き。それだけさ」
 バンダナは吐き捨てるように言い、長い散弾銃を手に取った。
 震える銃口の中は光の一切が差さないトンネルの様で、この先の運命をあらわしているように見えた。
 銃口の向こう側で、バンダナの殺意のこもった黒い眼と視線が合った。
 カチッ。
「クソッ!」
 バンダナが散弾銃を置くと、再び全ての散弾銃がコマのように回りだし、こんどは俺の方にケツを向けて止まった。
『グググ。残念じゃったのう。ま、そうそう弾は出ないでの。さ、後攻の番だ。じっくり選んでくれたまえ』
 俺は気を静めようと長く細い息を吐いてから、いったん思考を整理させることにした。
 俺の考えが正しければ、すでにバンダナは一死あるいは二死している。なので長いものを選ぶ必要はない。
 短を二回か中を一回、どちらが最適解なのだろうか。
 短い散弾銃を手に取ってみる。見た感じ、どこにでも売っているような既製品の銃口をギリギリまで切り詰めたものにしか見えない。
 続いて中サイズの方。これも同じような感じ。奴らの話が本当だとして、一発の弾丸でツーアウトさせることができる銃なんてものはめったにお目にかかれない。ましてや一発でスリーアウトだと?老人は相変わらずニタニタと不愉快に笑っている。ふざけやがって。
 老人とバンダナはグルでただ俺をからかっているのか……いや、ヤツが演技をしているとは到底思えない。つまりこれはマジだ。
 短か中か。直感で短いほうを選択。確率は半分。銃口をバンダナに向ける。ヤツは目をそらそうとせず逆ににらみを返してくる。タフな奴だ。
 BANG! 初心者用拳銃程度の軽い衝撃。
 バンダナの左目が抉れ、左耳と頭部が弾ける。壊れた人形のように首から上を後ろに倒して動かなくなった。壁に新しい散弾の穴。
『ほっほー、やるではないか』
 俺は散弾銃を置き、ピクピクと痙攣しているバンダナの腕をつかみ、服の袖をめくりあげた。
 ビンゴ!三つあるドクロタトゥーのうち二つに赤いバツ印が付いている。つまりあと一回殺せば俺の勝ち。
 バンダナが超常現象的に回復したのは約一分後だった。
「くっそなんで俺がこんな目に──」バンダナが治ったばかりの頭を激しくかきむしる。
 血走る目で睨んできたかと思うと奪い取るように長い散弾銃を掴み、銃口を俺に向けた。
 カチッ。
「ちくしょう!!」
 バンダナは散弾銃をテーブルに乱暴にたたきつけた。
「来いよドレッド野郎!」
『流れは後のお客さんにあるかのう。ヒッヒッヒ。最後までどうなるかははわからないがねえ』
 老人の言う通り。流れがあるとしたらここで決めておきたい。あと一回。たった一回が遠く感じる。
 汗ばんできた手のひらを拭こうと腰に手を当てた。
 ジャケット越しに固いものが右手に当たる。その時ふとアイデアが浮かんだ。一見小さな鉄パイプのようにしか見えないそれは……。
「爺さん。ルールの確認だ」
 俺は両足をテーブルに乗せ、アピールするよう大げさに左手の人差し指をたてた。バンダナがいぶかしげな視線を俺に向けてきたが無視をする。
「む?何でも聞きたまへ」
 意識は右手に集中しつつ、悟られないように自然な声を作る。
「このゲーム。自分の番であれば、この場にある散弾銃ならのどれを選んでもいいんだよな?」
「そのとおり。ただし複数の銃を同時に撃つことはでき──」
「オッケイ」
 自分が出せる限界ギリギリの速さので右手を棒ガンへ。身体の上を滑らすように引き抜き、両足の先から見えるバンダナの顔へ先端を向ける。大まかな狙いは足をテーブルに乗せたときにすでに完了している。
 何が起きているかわかっていないバンダナの顔。全身に力をいれ、身体を固定。
 BANG!
 小さな散弾の塊が両足の先の間を抜け、テーブルの上を通り抜け、バンダナの眉間周辺をぶち抜いていく。
 短い悲鳴。飛び散る血。椅子ごと後ろに倒れるバンダナ。舞う埃。
 やったか。俺は棒ガンを突き出した格好のまま待った。10、20秒……
 テーブルの向こうに突如赤い光が浮かび、中からグロテスクな触手が現れる。
 触手はバンダナ野郎が包み込むように持ち上げ、光の中に消えた。スリーアウト、ゲームセットだ。
 俺は沈黙を貫いているタレットを見上げ、そして老人を見た。
「ほぉ」と老人が声を上げた。
「ルールは破ってないはずだが……?」と俺。
「ふむ、たしかに……」
 老人は顎を手で撫でながら考えるように視線を落とした。
 俺はゆっくりと姿勢を戻した。棒ガンを持った手はテーブルの上に。問題が起きたときにいつでもぶっ放せるように握ったまま。
 しばらくして、老人が口を開いた。
「ルールには沿っていることだし、有効ということにしよう」
「じゃあ俺の勝──」
「だがつまらん悪知恵は好かん。ペナルティを受けてもらおう」
 老人が言い終わると同時にタレットがけたたましく唸り声を上げた。慌てて棒ガンをタレットに向けたが、引き金を引くよりも早く轟音が鳴り響き──。
・・・
・・

 重い瞼を開けると老人が俺を見下ろして立っていた。
 何が起きたのかを数秒かけて思い出し、距離を取るように身体を起こして身構える。
「約束の車用燃料だ。持っていくといい」
 老人は冷めた口調でそれだけ言うと、背を向けて階段の方へ歩き始めた。
「おい!」
「今日はもう店じまいだよ。お客さんの必要としている量は入っているから安心したまえ」
 老人は歩みを止めず、やがて階段の向こうに消えた。
 残された俺はしばらくその場で様子をうかがっていた。これ以上何も起きる様子はなさそうだ。
 まず足元に転がっていた棒ガンを拾い、テーブルの上に置かれているジェリ缶の前に立った。ジェリ缶はどこにでもあるようなものだった。ジェリ缶を持ち上げると、たっぷりと液体が入っているような重さを感じた。
 出るか、上に戻ろうと考えたその時、地下室からテーブル以外のモノが一切なくなっていることに気づいた。
 残った空気は恐ろしく静かで冷たく、先ほどまで渦巻いていた熱気と狂気が嘘のように感じられた。
 背筋に冷たいものを感じ、せかされるように部屋を後にした。
 階段を登って先にも老人の姿はどこにもなかった。何の気配もない。死の臭いだけが残されている。
 俺は気の床を鳴らしながら速足で外に出た。
 目を差すような陽射しに目を細め、持ち主を失った二台の車を通りすぎ、ヒートの元へ向かった。
 ヒートに合図を出して給油口を開ける。流し込む前にジェリ缶の中身を確認するとこを忘れない。質の高い燃料特有のガツンと脳にくる臭いがした。この質ならば、満タンでなくてもしばらくは燃料の心配をしなくて済むだろう。
 燃料を全て入れ終え、ジェリ缶を脇に投げ捨てる。ドサッと砂にめり込むジェリ缶が墓標のように見えた。
 運転席へ滑り込むようにして座ると、
『お帰り。死んだのかと思ったわ』ヒートが言った。
「死んだよ。一回だけな」
 エンジンをかける。燃料メーターは満タンになっていた。
『ああもう、だから言ったのに』
「良質な車用燃料が満タン手に入ったんだ。あまり怒らないでくれよハニー」
『そうやって適当に生きてるといつか痛い目に合うわよ』
「だろうな」
 デススタンドの影を振り切るようにアクセルを強く踏み、滑らかに加速して道路に出て次の【√He66】へ向かった。

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