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Rainy night

雨が強くなってきた。

とっくの昔に潰れた店の軒先、小さな電球の頼りない光で照らされている安全地帯が雨に侵食され始める。薄汚れたコンクリートを反射する雨粒が、スニーカー──あいつが好きなマニキュアと同じ鈍い赤色──の先端を濡らす。足を引くと、地面に靴の形が残った。

大通りを挟んだ先にある、長い夜をどうにかして越そうとする者のために開かれているカフェの入り口では、チープなネオンサインが濡れるのも気にせずに煌々と輝いている。時折、光に引き寄せられるように見知らぬ誰かさんが入口の中に消えていく。

一服。

煙草と、雨と、コンクリートの匂いが混ざる。だいぶ短くなった何本目かの煙草を弾く。先端の火が暗闇の中でいびつな図形を描きながら宙を舞う。が、すぐに重力に引き寄せられて地面に落ちて消えた。

相棒を失った手がジーンズのポケットに伸び、すぐに新しい煙草とライターを取り出す。

カチッ、シュッ。カチン。

ライターを戻し、代わりにスマートフォンを取り出す。通知は、無し。意味もなく画面を眺め続ける。時刻変わる。無造作にポケットに戻す。冷えきった太ももに広がる熱。

舌打ち。

前衛的なグラフィティーアートが描かれたシャッターにもたれかかると、想像以上に大きな音が鳴った。夜も遅いというのに咎めるものはいない。もう一度。通行人がちらりと視線を向けるが、何も言わずに去っていく。

目に映るは雨で濡れる静かな闇と、対抗するように輝く街の明かり。

逃げるように瞼を閉じる。

どこかから音楽が流れているのが聞こえてきた。耳を澄ます。雨が刻む原始的なリズムとノイズ混じりの優しいメロディが混ざり合い、耳を通過して体内に流れ込む。自然とローテンポを刻む足先。鼻歌のアンサンブル。

煙草が小指ほど短くなった時、唐突に音楽が途切れた。煙草を足元に捨て、踏み潰す。

不意にスマートフォンが震えた。ディスプレイに表示されるあいつの名前。

雨はまだ降っている。

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