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「雪、無音、大学にて」2022年1月18日(火)

朝。電車を目の前で乗り過ごした。最悪。ガンダしたんだぜ。ガンダッシュ。それで間に合わなかったんだ。最悪以外の感情は生まれない。ただただ最悪。荒い息を整えながらやり場のない怒りが溜まっていく。寒いのが悪い。寒いから何もできないし、寒いから授業にも遅刻する。ただ、裏を返せば寒いから虫はいないし、寒いから鍋が美味しい。ただ、そんな恩恵を今は考えられないほど腹が立っていた。いや、もはや怒りを通り越して何も考えがつかなかった。ただただ虚脱を感じていた。一日の始まりとしてはかなり最悪の前奏だといえよう。

電車は満員だった。「泣きっ面に蜂」という諺があるが、おそらくこの時の私も泣きっ面とも呼べないような酷い顔をしていたことだろう。しかし辺りを見回してみると優先座席が空いていることに気が付いた。ここからは良心との勝負になるぞ。優先座席に座れば周囲からの目線が棘のように刺さるかもしれない。慎まし気に座れば許してくれるかもしれない。なんなら体調悪そうに演技するか?知らん。座る。空いてるんだから座って何が悪い。ドカッと座った。ありがとう、優先座席。日本人は優先座席に抵抗感を持ってはいけない。というか、優先座席以外では優先しなくていいのか?そんなことないだろ?優先座席いらないだろ。

案の定遅刻した。火曜ドイツ語は今日がテスト前最後の授業だった。その最後の授業、最後の問題を当てられた。なんもわからなかったので「わかんないです」と言った。えらい。だってなんの予習もしてなかったし。前の人休むと思ってなかったし。当たると思ってなかった。あの時の俺の声ほど弱々しくもあり堂々ともしているものはないだろう。教室を後にし、C棟から外へ出ると工事をしていた。足場をはって幕をかけているがどのような工事が始まっているのだろう。この幕が開けたときには校舎全体が黄金色に輝いていたり、とても大きな龍の壁画が描かれているかもしれない。もちろんそんなことはないだろうが。そんなことは頭ではわかっているが、心は認めていなかった。金色の龍、描かれてないかなぁ。

外はもう完全に冬の様相を呈していた。イチョウは枯れ落ち、風は吹き荒れる。寒さに身を震わせる。そこで少しジャンプをしてみる。そうしていないと寒さに殺されてしまいそうだった。そうだ昼ご飯を食べよう。友人らと合流して大学のカフェテリアに向かう。昼ご飯はメニューを見る前から決まっている。うどん。それも一番安いかけうどん。それに七味唐辛子をかけてすする。そして水2杯を飲み干す。それが大学に来た際の毎回のお決まりとなっている。そして例にもれず今日もそうした。うどんは人を救う。次回の24時間テレビのテーマにしてはどうだろう。大野智さん。どうですか?

カフェテリアから外に出ると雪が降っていた。この冬では一番の降雪だった。黒い髪に白い雪が乗る、溶ける。さながら白衣で化学物質の色を見やすくするように、黒い髪が雪の降雪量を示していた。積もってはすぐ溶ける雪をふしぎに思いながら歩いて再びC棟へ戻る。明日は雪が積もるかもしれないな、と期待に胸を躍らせる。C棟へ着いた瞬間雪はぱたりと止んでしまった。

私が「iPad」という名前をつけてかわいがっているホワイトボードを活用して課題をこなしていく。ただただ無心、ときに頭をむりやり起こしながら1つずつ1つずつ音を立てず課題を殺していく。まるで雪のような冷酷さと静けさをまとって、全ての課題を消した。

火曜5限、数学の授業を終えて部屋を出る。ふと、俺は傍目から見れば大学生であって実際に自分は大学生なんだなと思いつく。これもまた、頭ではもちろんわかっている。4月には入学式に出席し、いまはもう1月だ。しかしなんとなくまだ高校生のような気分が抜け切れていなかった。だがこの瞬間、なにがトリガーとなったのか全く心当たりがないがふと自分は大学生という立ち位置にいるのだと発見した。心が事実に追いついた瞬間だった。ただ、まだおいそれと大学生の意識を持つことはできなかった。その瞬間はもう少し先になることだろう。

ところで、校舎の近くにはこのような石像が置いてある。石像と呼べるのかもわからない、おそらく石像というジャンルではくくれないだろうが、石でできた長方形を二つ重ねたようなオブジェが置かれている。ふと気になってオブジェの紹介文を覗いてみた。

15°だった。そこには「15°」が展示されていた。石の長方形が地面となす角が15°であるようだ。「石のもつ素朴で温かい質感を表現し、自然との調和を図る」と書かれているが、なぜ15°であるのかという説明はまったくない。なぜ15°なのか。15°といえば経度15°で1時間のずれが生じる。この石の狭間には1時間のずれが生じているとしたら。この石を前から後ろへ通り抜ければ1時間前に戻れるのかもしれない。後ろから前へくぐり抜ければ1時間進むのかもしれない。だとしたら今日も遅刻することはなかったし、とんでもない失敗を起こした際にはここで何回でもくぐり抜けてなかったことにするだろう。今度くぐってみようか。いや、もちろんそんなことはしない。可能性を排除することのなんと恐ろしいことか。

最寄り駅に帰ってきた、丁度今朝電車を逃さまいと走った階段を一段一段踏みしめて降りる。ふと上を見上げると「カ」と書かれたテープが2枚貼られていた。世界には謎であふれている。これは「か」ではなく「ちから」なのかもしれない。触れば強大な力を得られるのかもしれない。この「ちからテープ」は周囲10kmの円周上いたるところに貼られていて、この街の地下に潜む強大な力を封印しているのかもしれない。すべてのテープを探して文字をつなげると、パスワードが浮かび上がり、異世界へと行くカギになるかもしれない。だが、もちろん探さない。このテープについて考えることももう無いだろう。

「マボ茄子」「チンジャオロウスー」「マボちゃん」が100均で売られていた。伸ばし棒の使い方を知らなかったのか、本格的な発音を再現したのか。

一日の終わりにTwitterスペースを開きながら共通テスト地理2022年を解いた。36点だった。1日の始まりこそ最悪な1日を覚悟をしていたが、夜にして思い返せばそれほど悪い1日ではなかったのかもしれない。いや、やっぱり電車を逃したことは全然許せない。まじでなんなんだ。腹立ってきた。早く春が来てくれ。冬はあまりにも辛く長すぎる。あぁ!腹立ってきた!怒りがふつふつと湧き上がってきたのでもう眠る。さようなら。

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