「君は私になろうとするけれど、私は君には永遠になりたくないな」
"もうすぐ夏が終わるよ
いつまで夏から逃げてんの?
今朝、そんな文章が友達から届いた。
下界はまだ夏だったのか。という気持ちと
もう夏が終わるのか。という気持ちが僕の中にフツフツと現れたのを感じてた。
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2018年、夏が目を覚ましてそろそろ暑くなりだそうかと思ってた頃だったか
「君は、、私になろうとするけれど、、、、
私は君には、、、永遠になりたくないな。」
彼女は相変わらず、今にも消えそうな声でポツポツと言葉を並べていった。
自称清楚系女子のカナさん見た目はたしかに清楚系で、何故だかいつもニット帽を被ってて、いつも片手には違う本を持ってるくらい読書家だった。
自称清楚系女子のカナさんは、元々高校時代の僕の友達と付き合ってた人で、今ではしょっちゅう僕を呼び出してはこの前読んだ本の感想がどうだとかって話をしてくるお姉さんにすぎない。
カナさんは、よくひとりごとをこぼす人だった。
その上独特な表現をしたがって、思い出したかのようになにかを呟いては「知らんけど」と締めくくり、また本の世界に戻っていく。
ただ、そのひとりごとはいつもどこか辛辣で
抜き忘れられたトゲたちは時たま僕の心に深く突き刺さってくるのだった。
カナさんは、とある会社の社長令嬢らしく、そういえば彼女が働いている姿を見かけたことは今まで一度もない。昼間から本を片手にビールを飲んでるような人で、ふと思い出したように1人でふらふらと海外へ出かけていく。
僕が彼女と知り合った2016年の時点では、月に5.6回旅行だと言いながらスーツケースに大量の本を詰め込んで出て行く彼女は当時の僕からしてみれば"変人"以外の何者でもなかった。
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その月で何回目かの彼女に呼び出されて向かった本屋さん隣接のカフェ、いつもと同じブラックコーヒーといつもとは違う甘ったるそうなケーキをテーブルの上に並べて眺めながら彼女は言った。
「私は、、尊敬する人、好きな人、、、たくさん、たくさんいるけれど、、その人みたいには、なりたくないなぁ。市販のチョコより手作りの方が美味しいもん。
君は、、私になろうとするけれど、、、、
私は君には、、、永遠になりたくないな。」
そう話すカナさんの声はいつも以上にどこか遠くて
いつもみたいにひとりごとには聞こえなくて
わけもわからず相槌を打つ
成功者の話聞くことは好き。だれかみたいに何かをできるようにはなりたい。けど、誰かにはなりたくない。市販のチョコだよ?美味しいけど、つまんないじゃん。
そんな内容のことをポツポツと並べた後
カナさんは満足したかのように帰っていった。
いつものこととはいえ振り回されている自分に笑いが溢れ、流し込むみたいにカナさんの置いていった冷めたコーヒーに口をつけた。苦い大人の味だった。
ふいに空席になった真正面のイスを眺めてたら居心地が悪くなって席を外し店外に出た頃、カナさんからLINEが入ってることに気づいた。
"君はいつも誰かに憧れてて、何者かになろうとしてるよね。なんだか、オリジナルじゃなくてコピーになろうとしてるみたいでつまんないよ。
私は、「カナ」ってタイトルの人生歩んでいって、君を忘れるだろうけど、君は永遠に私になろうとして私を忘れられない。"と書かれていて
僕は的外れに、LINEだとおかしな表現しないんだな。なんて思ってた。
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あの頃の僕にはその言葉の意味が全く理解できなくて、妙な反骨心みたいなのであの日からLINEを返すこともなく会ってなかった。
富士山に来て、ふと寂しさを埋めるみたいに携帯とにらめっこしてた頃にカナさんから届いたLINEを開いただけだった。
およそ1年ぶりに目を通したカナさんからの最新のLINEの最後には、
"まだあなたは自分になれない?"と書かれてて
そういえば、僕はずっと「何者」かになりたかったんだとようやく理解できた。
富士山で働き始めて3週間が過ぎた頃、僕はようやく夏が終わろうとしていることを知った。
海には行けていない。花火も見れちゃいない。
大切な人と過ごす夏は来ず、汗に隠した涙もなくて、季節外れの雪を見ただけで、
まだ夏らしいことが何もできていなかった。
僕はずっと誰かになりたかった。
"こんな風になりたい"が先走って、嘘を並べた感想文を書き、夢を魅せ、虚実を語る。
"これは自分じゃない"と言わんばかりに、誰かに責任転嫁し、自分は逃れようとし、真実を捻じ曲げる。
ずっと、自分じゃない「何者」になりたかった。
そういえば、カナさんがカフェを出るとき、「また飲みに行こうね」と言った。
それから1年、僕たちはまだ飲みに行けていない。
カナさんは今の僕を見て、「君らしいね」と笑ってくれるだろうか。
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