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午前8時7分発の電車に乗って、この街を離れる

人を好きになったことがない。と言っていた彼女に彼氏ができた。

彼女は星屑みたいな人だと言って笑ってた。

彼女は大学の唯一の友達で、大学の人気者だった。


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元々知り合うはずもなければ、交わることもないであろう根暗な僕とは正反対。初回の授業で前後だったとかが理由でない限り彼女とは縁がなかったと思う。

そんな、偶然座席が前後になって仲良くなった僕らが距離を縮めるのに時間がかからなかったのは彼女の底抜けの明るさだけも理由だと思う。

気づけば学内ですれ違うたびに目を合わせて会釈するようになり、授業で被るたびに声をかけるくらいにはなった。

「私、人のこと好きにならないんだよね」

口癖みたいに言うセリフは決まってそれだった。

たしかに、彼女はいつだってつまらさそうな目をしていたように思う。




いつだったか、大学から駅までの道のりで偶然会い、一緒に帰った時に互いのこれまでの話をした。

「私は人のこと好きになったことないからさ」

用意されたセリフを読み上げるみたいに呟いて、あなたは?と聞いてくる。


さぁ、どうだっけな。と知らないフリを一つ挟んで道へと飛び出した木を避ける。

暑いからな。と何回か折られたシャツをパタパタしながら彼女はこちらを覗き込んでくる。

青が好きな彼女にしか似合うはずのないお洒落なシャツが汗でうっすらとしていて、妙に色気を感じる。



僕が好きなのは君だよ。なんてお決まりの言葉を言えたらきっと楽だったんだろうけど、その頃の僕には言う勇気がなくて笑って誤魔化した。


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「あなたとなら入れ替わってみたい」

というようになったのは僕らが大学3年になった頃だから2016年くらいだったか。


あの頃に流行った映画の影響をモロに受けた彼女は、その時くらいからそれらしいセリフを使うようになり聖地巡りをしたいのだと言うようになった。

髪をゴムで縛るようになった彼女とは相変わらず2人でご飯を食べに行ったりするくらい仲が良くて、この頃には僕の家で映画鑑賞会をすることも稀じゃなかった。彼女と僕は映画の好みが一緒だった。

アクション映画より恋愛モノが好きで。
純愛なんて綺麗なものよりバッドエンドのドロドロした恋を2人してケタケタ笑った。

「こんなこと本当にあるの?」

って笑う彼女には、やっぱり好きな人はいなかった。



ドロドロの恋愛映画を観て、ケタケタと笑い、お気に入りの赤ワインを飲む彼女は同い年なのにひどく大人に思えて、いつだって恋をしてた。

それでも、好きな人がいない彼女にとって僕はおそらく友人Aでしかなく、彼女が好きな僕にとってそれは越えれない壁に思えた。




大学4年になると互いに就活で忙しくなり、会う回数は減っていった。連絡が返ってくることも1日に1度くらいになってきた頃に僕は就活が終わり、そこそこ大きな会社で春から東京に行くことが決まった。

彼女は最後の最後、ギリギリまで悩んだ末に超大手を蹴ってベンチャー企業を選んだ。

「まだ会ったことのない自分を、探している」

相変わらず影響を受けて成長したままの彼女は世界観の変わらぬまま大人になっていくのだと思った。



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近くのコンビニで買ったばかりの袋をゴソゴソしながら、彼女はこの日もケタケタと笑ってた。
「最近セブンのおつまみにハマってんだよね」

あったあった。と呟きながら彼女は枝豆を取り出して慣れた手つきで開けて食べ始めた。美味しい?と聞くと、当たり前じゃん?と目を細めて見つめてきた。



彼女と知り合ってから4年が経ってた。互いに仕事が慣れてきたからということで久しぶりに会ったのだった。

彼女は長かった髪を肩上くらいまで切り上げ、黒髪のショートにしていた。


久しぶりに再会したことや彼女のショートが予想以上に似合ってること。1年前にあげたミサンガがまだ切れてないこと。なんだか色んな感情が重なって手に待ってたハイボールのロング缶を余計に飲んだ。

釣られるようにして彼女もいつも以上に飲んでいて、気がつけば流していた東京ラブストーリーは終わりを迎えていた。何度か2人で見たから内容はお互いに熟知していて「かんちー」と2人で声を揃えて映画を止めた。

「次何にする?」
「やっぱ不機嫌な果実あたり?」

きっと次も集中できないはずの環境でも無音よりはマシだからと次が決められていく。そのまともさと恥ずかしさの掛け合いが僕は好きだった。

スマホの画面にLINEの通知が届いたことが表示された。その頃気にかけてた女の子からの返信だったけれど、彼女にバレるくらいならと気付かぬふりをする。

すぐ隣で彼女は映画の準備を進めていて、部屋また暗くしていい?と聞いてくる。どうぞ。と適当にあしらいながら僕は新しいお酒を取りに冷蔵庫へと向かった。


「そーいえばさ」
「ん?」

「私、彼氏できたんだよね」
「へぇ」


あくまで同様を見せないように。彼女に感情を悟らせてはならないと笑って場を濁す。

私好きな人できたことないんだよね。と笑っていた大学時代の彼女のことを思い出す。結局、出来たんじゃんか。と彼女を責めることしかできない自分を嫌いになりそうでほろよいを諦めてハイボールのロング缶へと手を伸ばした。


******


くだらない話を続け、彼女に恋人ができた話題を適当に避け続けた僕はほんの数時間前の会話がぎこちなく思えるほど饒舌に口を動かした。

僕の好きな人は相変わらず彼女だった。

とはいえ、男なんて誰かへの好きがコロコロ変わるものだと僕は思っていて、少なくとも僕はそうだった。携帯を触り、「今夜は電話無理ですか?」ときてた気になる女の子に適当に理由をつけて明日話す約束に取り付ける。

動き出した山手線のアナウンスが少し開けた窓から聞こえてきて時間の終わりを知らされる。

「はやかったね」

僕らの飲み会はいつだって始発のアナウンスが聞こえてくれば終わりだったから、この時も彼女は反射的にそう呟いた。



「今日はもーちょい飲もうよ」

何を思ったのか、気づけば僕はそう言ってた。彼女は最初戸惑っていたけれど、たしかにね。とすぐに快諾して次のお酒を取りに向かった。


何度も忘れようとして、何度も聞いてないフリをしようとしたけれどもう無理だった。

「彼といつからなの?」

言いたい言葉とは違う言葉が口をついてきて、恥ずかしかった。どこで会ったのか、どんな人なのか。聞きたいことは沢山あるはずなのに、今夜に限って僕の口は言うことを聞かない。


「まだ2ヶ月だよ」

と彼女は笑ったけれど、月日なんかより彼女の初めての恋人になれた彼に僕は悔しがってるのだと自覚してた。


結局、僕は彼女のことが好きだった。



そこからは、曖昧になっていく返事を繰り返しながら彼女の話を聞き、セットもしていない髪型が変になっていないかと気にしたりしながらハイボールだけを飲み続けた。

ずっと、彼女のことばかり考えていたことに気づく。



大学の帰り、彼女と話した時に告白できていたらと思う。今更なんて遅いだろうか。彼女なら、何言ってんの。と笑うだろうか。

それでも、目の前で幸せそうに笑う彼女の姿を見て付け入る隙なんてどこにもなくて、初めから彼女の横には僕のスペースなんてなかったんだと気付かされる。


許されるなら今夜くらい間違いを犯せる関係になりたかった。と思い、最後のひと口を飲み干した。



少しして、どちらからともなく片付け始め、2人で家を出た。

これも、お決まりのように彼女は僕のことを駅まで送ってくれた。

彼女は最後に「またね」と僕に言った。




もう、彼女とは会えない気がする。

午前8時7分発の電車に乗って僕はこの街を離れる。そしたらもうここには帰ってこない気がする。

今夜くらい、間違えられる関係が良かった。

そんな感情を抱え、僕は彼女のLINEを消した。


告白はしなかったけれど、好きになった時点で友達じゃなくなるのだと彼女が教えてくれた。


送ろうとした「またね」の文字は送れていない。

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