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あの日、あの夏

あれは平成最後の夏だった、、、

近所に愛くるしい顔をした犬が現れるようになった。あいつは、いつのまにか飼われていた。

使い古しのビーチサンダルに愛着を感じて、捨てきれなくなっていたのを母に捨てられ激怒した。

「休み期間の宿題が終わらない」と泣きじゃくる弟を背に家を出た。帰りにアイスを買って帰ると弟は宿題を諦めてゲームしていた。

初デートの帰り道、告白した僕の耳に聞こえてきたのは大塚愛のプラネタリウムだった。

花が好きな彼女が「シュウメイギクって名前にキクの名を持つくせにアネモネの仲間なんだよ。」と少し自慢気に話してきた。

散らばる火が消え、落ちていく線香花火を名残惜しそうに眺めながら君が泣いてた。

風鈴の音が聞きたいから風鈴を買おうと言い出した君が買ってきたのは簾だった。

そうか。あれは平成最後の夏だったのか。

知らぬ間に近所の犬は死んでいた。
知らぬ間に田植えの季節になっていた。
知らぬ間にあの人のお腹には新しい生命が宿っていた。
知らぬ間に夏は過ぎていた。
知らぬ間に冬も過ぎていた。


いつもそうだ。
時間たちは僕に内緒で、勝手に過ぎてゆく。


あなたと出会ったあの夏の日から
もう1年が経とうとしているなんて誰も信じない。


例年より遅く始まった梅雨が明け、どこか街中には活気取り戻されたように感じる。

空一面に広がる青いキャンバスに白い筆で入道雲が描かれている。

この間まで七夕だと囁いていた世間たちはいつしか花火大会だとざわめきだしている。

「今年こそ早めに宿題やるんだ」と弟は意気込んでいる。あのセリフを聞くと今年もこの季節がやってきたのかと感じられる。

この間、コンビニで線香花火が売られていた。
季節の訪れを1番早く教えてくれるのはコンビニかもしれないな。

そういえば、シュウメイギクを今年も見れるだろうか。たしかアネモネの仲間だよな。

縁側から風鈴の心地よい音色が聴こえる。
今年はもう買っておいたんだ。


時代の流行に乗り遅れまいと息巻いて、最後だなんだと嘆いてみては、変わらず訪れる夏に心を躍らせてみる。

僕がまだ見ぬ夏は、今年も違う姿をしているのだろうか。


蝉の音がどこからか聞こえてくる。

夏の始まりを予感させる音。

君のいない夏がくる。

君と僕、2人で過ごせなかった夏が。


僕が君と出会い、君と別れたのは、

平成最後の夏だった、、、

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