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【 Marriage ~ 伝説 ~ 】

病室のベッドに横たわる君は
ウェディングドレスをまとっていた

君は白い花で囲まれ
美しく輝いていた

牧師がお別れのメッセージをしている
意識不明の君は
今 まさに天に帰ろうとしていた

クリスチャンの君と出逢ってからも
僕は一度も教会に行こうとはしなかった
せっかくの休みを 君と2人きりで過ごせない
教会が君から僕を遠ざけているようで
僕は一度も教会に行こうとはしなかった
そして君も
僕を誘いはしなかった

胃がんの手術をしたことは知っていた
完治したと思っていた
その半年後
突然 試練は始まった

忍び寄る死の影に
動揺しない君を見て
僕は不思議でならなかった
なぜなんだ なぜなんだ
どうしてそんなに穏やかでいられるんだ

教会では断食祈祷が始められていた
牧師や教会員が
忙しい合間をぬって
病室を訪れていた
激痛に襲われながらも
祈りと賛美に合わせて
君のくちびるがかすかに動く
牧師はいつもこう言った
「主がともにおられますからね」
君の瞳がふっと和らいで
その笑顔は幼子のように
あどけなく・・・

なぜなんだ なぜなんだ
どうしてそんなに穏やかでいられるんだ

再発のずっと前に
婚約式の話があった
クリスチャンではない僕は
どうしても教会に足を踏み入れるのが嫌だった
なんでクリスチャンではない僕が?
どうしても拒否反応は隠せない
僕は曖昧に返事を濁していた
何かを信じるのは自由だけど
そして学生のときからの長い付き合いだけど
やっぱり抵抗がある
普通の結納 普通のチャペルでいいじゃないか
僕の言葉に 君は悲しそうな表情を
一瞬浮かべて
それきり婚約式の話はしなかった

ある日 連絡が取れなくなった
電話しても誰もでない
何かあったのか?
思い切って教会にかけてみた
そして 君の危篤を知った

病室にかけつけたとき
君は様々な機械に囲まれていた
がんは子宮に転移して
開腹したところ
もう手の施しようがなかった
そして・・・
一気に君の体を蝕んでいった

僕に何が出来る?
僕に何が出来る?
日々衰弱していく君を
いったいどうしたら守れるんだ?
意識不明に陥った君を前に
僕はただ泣き崩れるしかなかった

その年のクリスマスは
ちょうど日曜日に当たっていた
面会時間を過ぎても
僕は病室に入ることを赦されなかった
通りかかった看護士に
病状を尋ねても
家族以外には・・・と
教えてもらえなかった
「婚約者なんです!」と思わず叫んだ
それでもダメだった

牧師が通りかかり
看護士に何か話しかけている
牧師は僕を促し
やっと病室に入ることが出来た
そして僕の見たものは・・・

病室のベッドに横たわる君は
ウェディングドレスをまとっていた

君は白い花で囲まれ
美しく輝いていた

牧師がお別れのメッセージをしている
意識不明の君は
今 まさに天に帰ろうとしていた

君のご両親が僕に話しかけた
「あなたに伝えないことは
娘の意志でした・・・
クリスチャンではないあなたを
苦しめてはかわいそうだと・・・
娘がこれを着たがっていたんです
教会で神さまのみ前で
結婚式を挙げるのは無理だとわかっていたので
せめて自分が天に召されるときは
これを着せてほしいと・・・」

賛美歌が厳かに歌われ始めた
意識不明の君の顔が
色を失くし始めた
白い花と同じように
その顔は 白みを帯びて
今 まさに天に帰ろうとしていた

なぜ誰も泣かないんだ?
なぜ歌なんか歌っていられるんだ?
なぜなんだ なぜなんだ

その時
君の瞳がかすかに開かれた・・・
息を引き取る瞬間
一瞬 その頬が薔薇色に染まった
穏やかな微笑みが
その顔を和らげて・・・
賛美歌に包まれて
君は天に帰って行った

僕は自分の声が叫んでいるのを聞いた
「洗礼を! どうか今すぐ僕に洗礼を!」

一瞬の静寂のあと
牧師がそばにいた人に何か耳打ちし
泣き崩れている僕の額に
胸に そして額に
祈りを捧げて聖別した
洗面器の水をすくい
「父と 子と 聖霊の御名によって
汝にバプテスマを授く
子よ 安心しなさい
あなたの罪は赦された
見よ 私は世の終わりまで
いつまでも あなたとともにいます」と
宣言した
それは 洗礼式だった

息を引き取ったばかりの君の瞳から
涙がひとすじ流れていた

そしてその日のことは
伝説となった・・・

あれから多くの年月が過ぎた
教会の長老として
多くの若者達の結婚を見守ってきた
生涯 独身でいた僕には
教会の若者達はわが子のようだ

長寿と言われるほど生かされた僕も
今 この世の勤めを終えようとしている
病室のベッドに横たわる僕の
聴こえづらくなった耳に
ああ・・・あの日と同じ
賛美歌が聴こえる
そして今
僕は君と同じ場所に行こう・・・

僕達の伝説は
語り継がれていくだろう
生かされ生きた証として・・・