見出し画像

モデルチェンジを目指すNPOマーケティング、成功の7つのポイント

1.「マーケソン」が始まる

 今年もNPOサポートセンター主催の「マーケソン」の募集が始まった。 2008 年からスタートし、私自身は 2012 年から関わっているNPOにマーケティングを導入するプログラムである。毎年進化してきたプログラムであるが、今年もリニューアルされている。一番大きな変化は「期間」である。これまでは 4 月にスタートし、 12月の報告会まで半年以上かけて、研修と実践を行ってきたが、今回は 3 か月間に大幅に短縮されている。「マーケソン」という名称には、長期間取り組み続けるという点で「マラソン」という言葉を含んでいるのだが、今年は「 1000 m走」になったイメージである。ジョギングでもなく、ダッシュでもなく、それなりのスピードで最後まで走りきる一番きついペースかもしれない。

 そのかわり、研修内容を濃くして、実践内容は無駄なものをそぎ落とし、効果と効率を最大限にあげる「実験による高速仮説検証」というこのプログラムのテーマにもっとも近づいたものなったといえる。

 5年近くプログラムを運営してきて、マーケティングは時間をかければできるわけではないことがよくわかった。一番大事なのは「モデルチェンジへの意志」である。団体の変わろうとする意識こそが最大の資源となる。

2.事業開発における3つのイノベーション

 NPOマーケティングプログラムが今のような「マーケソン」へ進化した背景には、事業開発( business creation )の大きなトレンドの変化が影響している。企業だけではなく、行政、NPOなど広い分野で事業開発における3つのイノベーションが求められている。

○ソーシャル・イノベーション

○顧客起点のイノベーション

○オープン・イノベーション

 ソーシャル・イノベーションは自分たちの事業がどのような社会的な価値を生んでいるかという視点から事業を考えるということ。どんな事業も「何のために」が問われ、こんな社会にしたいという志こそ、事業開発のエネルギー源となる。顧客起点のイノベーションは、現場に入って、顧客にそばにいるからこそ、事業に生まれるということ。供給者目線ではなく、顧客に「憑依」して彼らにとっての価値を考えることで、本当に必要とされる事業が生まれてくる。オープン・イノベーションは、事業をすべて自前でやるのではなく、外部の力を活用し、事業の志や価値に共感できる関係者の生態系で育てていくこと。この3つのイノベーションは、もともとNPOがやってきたことである。NPOのやってきたことが、すべての「事業」に求められる時代になったといえる。

3.イノベーティブマインドを取り戻す

 このように、もともとNPOはイノベーティブな存在だったはずだ。誰も気づかない忘れ去れた課題を掘り起し、大きな志をもって対象者に寄り添い、彼らの声を聴きながら、多様なプレイヤーを巻き込んで事業を営んできた。しかし、そのNPOが自らをイノベーションできていないと感じることが多い。

 団体の使命は最近の社会の大きな変化を踏まえて更新しているか。使命はぶれないものだといって、変わりたくない言い訳にしていないか。現場にはいるが本質的な課題に目を背けていないか。現場が必要としているからといて漫然と同じサービスを提供していないか。異質な組織や人と関わることを避けていないか。できない理由を行政等の他者のせいにしていないか。

 もう一度、団体を立ち上げた時のイノベーティブマインドを取り戻そう。そのためには、マーケティングの実践を通じて、団体のモデルチェンジを目指そう。モデルチェンジは自動車のモデルチェンジのように、その車種だという軸は変えずに、新しく生まれ変わることを意味している。

4.2つのモデルチェンジ

 モデルチェンジには、2つのモデルの変革が含まれる。ひとつは、メンタルモデルのチェンジだ。このときのメンタルモデルは、組織そのもののメンタルモデルなので、団体が取り組む社会課題をどのような視点でとらえているか、何を価値としてとらえるか(つまり、何が良くて、何が悪いことなのかの価値判断)という認識のあり方を指す。団体がスタートしてから、生活者の価値観も、テクノロジーも、制度も変わった。当時、課題だと考えてことも大きく変わっている可能性がある。その変化に敏感になり、そのメンタルモデルを変化させることで、自分たちの志・使命を更新していかなければならない。その認識の変化のなかで、自分たちの取り組むテーマや、対象となる「顧客」が変わってくるかもしれないということだ。

 もうひとつが、ビジネスモデルのチェンジである。ビジネスモデルというと、企業の「儲け方」と感じるかもしれないがそうではない。様々なステークホルダー(利害関係者・組織)から資源を動員していく仕組みのことをここではビジネスモデルと呼ぶ。新しいコンセプトで、新しい事業をするのであれば、このビジネスモデルも変えていかなければならない。場合によって、ビジネスモデルを意識的に変えていくことで、組織全体の革新を目指してもいい。

5.モデルチェンジをするために~組織的自己認識

 この2つのモデルチェンジを実現するためにはどうしたらよいか。当然、そのためには現在のメンタルモデルとビジネスモデルがどうなっているという自己認識が必要となる。自分たちが何のために、どのようなテーマについて、何をしているのか、いったい、私たちは誰の役に立っているのか。どこから、どのような資源をどのように動員しているのか、これまで当たり前だと思っていた自分たちの「ありのまま」を理解する。しかも、これを一部のメンバーが理解するのではなく、組織的に理解する、合意するというプロセスが必要となる。特に重要なのは、無意識にやっていることに、意識的になることであるが、これがかなり難しい。当然、無意識でやっているから、自分で気づくのは難しい。自分の癖は他人に指摘されて初めて認識できるのと同じだ。そうなると、人の意見やアドバイスの声に耳を傾けることが重要となる。NPOのように、想いが強いメンバーが多い組織ほど、他者による異見を受け入れられないことが多い。自分とは違う異なった意見こそ、最高の宝物である。その異見から感じ取るのは、自分たちが変えなければならないことより、変えてはいけないことを理解すること。やらなければならないことよりも、やってはいけないことを理解することだ。このようなプロセスを私は「組織的自己認識」と呼んでいる。

6.マーケティング導入の壁

 モデルチェンジは、人間でいえば、体質改善のようなものだ。対処療法ではなく、組織のあり方を根本的に見直す。このときの体質改善のための方法として、私たちは「マーケティング志向の習慣化」ということを最終目標に掲げている。

 今となっては、NPOとマーケティングの取り合わせに違和感をもつことは少なくなっただろう。一昔のように、マーケティングが企業の「売りつける方法」という誤解はなくなったと思うが、マーケティング導入の動機を「うちはPRが下手くそなので」という団体は多い。つまり、こういった発言の根底には「商品は良いがプロモーションがうまくない」という意識があるが、ほとんどの場合、プロモーションの問題ではなく、「商品」が悪い場合のほうが圧倒的に多い。「商品」が悪いということは、「顧客」の設定が間違っていたり、環境分析が甘かったり、自分たちが提供できる価値を理解していなかったりする。ここに踏むこむことは結局団体の根幹となるものに触らないといけなくなる。これこそが、団体がマーケティングを導入するときの一番の壁となる。今まで見たくなかったもの、触れたくなかったものを扱わなくてはならなくなるが、これをやりたくない理事やスタッフは多い。そうなると、マーケティングの導入を「お勉強」で終わらせてしまうのだ。新しい知識を得られてよかった。マーケティングという道具を勉強できてよかった。今後、うまく活用していこうといった場合、ほとんど実際にはやらないだろう。私たちが聞きたくないのは「勉強させていただきました」という言葉だ。

7.マーケティング志向を習慣化する

 私たちが目指すのは、マーケティングという営みの本質である「論理志向」「顧客志向」「価値志向」という3つの姿勢や思考法を体に染みつけることにある。私たちが食事のあと、歯磨きをしないとなんとなく気持ち悪いのと同じで、マーケティングをしないと何か足らないと感じるように習慣化する必要がある。歯磨きが習慣化したのは、幼少から親が根気よく、食事後に歯磨きのやり方を教え、忘れないように声をかけ、やらないといけない理由を常に伝えつづけてきたからである。マーケティングも同じである。その必要性を何度も伝え、実際にやってもらわなければ、習慣とはならない。マーケティングは机の上のお勉強というよりは、スポーツに近い。もちろん知識の学習も必要だが、何よりも体を動かして、自分でやってみなければ、その感覚が身についていかないのだ。「マーケソン」ではマーケティングの枠組みを理解し、マーケティングプロセスを試行することで、学習から習慣へとつなげていく。

8.NPOマーケティング成功の7つのポイント

 昨年度の「マーケソン」から成果を出したNPOの活動の特徴を7つにまとめた。このポイントを「マーケソン」ではプログラムのなかで学んでいくことになる。

1)テーマや顧客を絞る。「絞る」というと、どうしても何かを「捨てる」というイメージを持ってしまうが、このときの「絞る」は「焦点を絞る」という意味である。テーマにしろ、顧客にしろ、絞って、深掘りすることで逆に視野や視点が広がる。

2)「泣いて喜ぶ」顧客を探す。「あってもいいかな」製品・サービスをつくらない。みなさんを心から必要とするたった一人の顧客を発見することにまずは注力する。

3)顧客と出会う場をつくる。すでに活動している団体であれば、ヒントは新規顧客よりも既存顧客にある。まずは顧客に会いましょう。顧客と会えるということがどれだけ価値があるかに気づけば、ふだん何気なくやっているイベントや会議の意味も変わってくるはず。

4)顧客は「ターゲット」ではない。顧客は何かを提供する対象(ターゲット)と考えるのではなく、一緒に「商品」を進化させる仲間としてとらえれば、接し方が変わる。彼らが味方になれば「商品」は広がっていく。

5)データを比較して、適切さを考える。自分たちが「適切」なことをしているか、ただなんとなく評価しないこと。きちんとデータをみて、判断する。そのためには比較をすること。どのような指標を何と比較するか、その「適切さ」を必死に考える。

6)本当にそれは自分たちがやりたいことかを問い続ける。社会や顧客が望んでいても、それは本当に自分たちがやるべきことなのか、自分たちがやりたいことなのかを問い続ける。マーケティングは他者(顧客)を通じて、自分(自団体)を知るプロセスでもある。

7)実験を続ける、あきらめない。最初からうまくはいかないし、理論どおりにも進まない。ずっとモヤモヤ感を引きずって、進まなくはならない。それでもあきらめない持久力こそ、マーケティングには必要である。「終わらない実験」「顧客の対話」を続ける勇気こそ、成功の秘訣である。

もし、このエントリーを読んでピンときたら、ぜひ、「マーケソン」に応募してほしい。モデルチェンジへの意志こそ、最大の資源である。

【NPOマーケソン2016夏】参加団体募集


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?