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うえすぎくんの そういうところ Season.7 青春の内側編 『第87話 女として未熟すぎます』

第87話 女として未熟すぎます


「涙を拭いて鼻も噛みなさい。そうね……初恋の人でありながら今も尚ずっと変わらず、彼のお嫁さんになりたい。それが私の夢かな」

「ユヅハすごい、すごすぎるよ!」

「えへへ。でもこんな女の子、重いよね。それでもその時が来たらプロポーズしてもらえる様に頑張らないとね」

「プロポーズすべき時に出来ないようなら、あたしが思いっきりお尻をひっぱたいてやるよ! それはそうとさっきの話しだけど『自分がバドミントン辞めてアルバイトするから認めてあげてください』って、もうプロポーズじゃん。そこまで言うってことは兄ちゃんも本気なんだね」

「お互いが結婚できる年齢になった時にもう一度言って貰えたら嬉しいね。それにしても今日はよく喋るじゃない? きっと熱が高いからよ、少し眠りなさい」

もう一度おでこのタオルを交換して薬を飲ませ、立ち上がろうと体重移動しかけたとき

「ユヅハ、ごめん。ずっと独りぼっちだったから、一人になるのが怖いんだ。お願いだからもう少し一緒にいて」

手を掴まれて懇願された。確かに彼女は誰も居ない部屋で一人暮らしをしてきて、最近になって家族と呼べるものが出来たけれど思い出してしまうのだろう。先日私が寝込んだ時にベッドに入ってきたのも、寂しかったのかもしれない。

「いいよ、側に居るから安心して。それで? 私の話ばかり沢山したけれど、たくみ君とはどうなってるの?」

「それがね……あれから『他人を寄せ付けないオーラ』はちょっとナリを潜めていて、男女問わず話をできる人が増えているのはいいことなんだけれど、あたしとの距離が空いちゃったっていうか、そんな感じ」

「みんなと仲良く出来ているのは良いことなんじゃないの? 自分が好きな人が周囲から嫌われている方が辛くない?」

「それはそうなんだけれど。隣のクラスを見に行っても彼の周りにはいつも誰かがいるし、話しかけられる雰囲気じゃないの」

「え、そんなこと? 部活とか道場とか一緒にいるじゃない」

「そんなこと? って、あたしにとっては大変なことだよ! 柔道やってる時は話なんて出来ないじゃん」

「ごめんごめん。でもそれを言ったら『私とりゅうくん』なんてもっとお話しできない環境だよ?」

「う……」

「コハクはさ、心が急激に女の子になろうとしちゃってるのに着いていけてない状態だと思うの。男の子は私たちよりもずっと不器用で子どもなの。だから『ここぞという時に選ばれるのは自分しかいない』っていう状態を作っていくことが大事だと思うな。ほら、お薬効いてきて眠いでしょ。ぐっすり寝なさい、寂しくなったらいつでも呼んでくれていいからね」

自分の場合を思い返してみると、とんでもなく大胆な行動をとったものだと今でも思う。果たして自分が親の立場だったとして中学生の娘が『彼のそばに居たいから転校したい』なんて言い出した時に、条件付きとはいえ首を縦に振ることができるだろうか。精神的にまだ子どもだし、もし上手くいかなかった時のことを考えると、もう転校はできないのだからずっと失恋の傷を引きずって生活しなければいけなくなる。こんな押し掛け女房みたいな真似をしておいてコハクが言うように私に好意を持ってくれているのならばそれは幸せだけれど、まだこの先どうなるのかなんて誰にもわからないし不安でいっぱいだ。

深い溜息をつきながら階段を降りると

「柚子葉、キッチンにいらっしゃい」

母上からお呼びが掛かり行ってみるも、夕食の手伝いとかそういうものではないっぽい。

「最近の稽古を見ていて感じるのだけれど、あなたもコハクも全然ダメ。心ここにあらずだし、このまま続けていたらどこかのタイミングで大ケガするのではないかと思って呼んだの。私だって母親の前に女なのだから、二人の気持ちはよくわかっているつもり。恋心が稽古の邪魔をしてしまっているのも仕方がないのはわかる。でもね、それにのまれてしまうようでは柔道家である前に女としてあまりにも未熟すぎます」

最強の人から強烈なお叱りを受けてしまったのだけれど、どうしたらいいのか皆目見当もつかない。

「自分には現在抱えている心の問題をどうしたらいいのか想像もつきません。無理矢理答えを出すとするならば『恋を捨てて柔道に打ち込む』か『柔道を捨てて恋を大事にする』ですが、どちらを選んでも一生後悔すると思います。ちょうど先ほど今まで自分が選んだ道について考えていたところですが、お叱りを覚悟で申し上げます。もしどちらかを選ばなければならないとするならば、私は後者を選択すると思います」

「それはそうでしょうね」

「え?」

柔道を捨てて恋を大切にしたいなんていうワガママに対して叱られるどころか、最強の人から肯定されるなんて全く考えも付かなかった。

「言ったでしょ、私も女だから二人の気持ちはわかるって。でもそれが空回りしていて、ケガをするであろう状態を指くわえて見ている訳にもいかないからここに呼んだの。女の子は恋をした方がキレイになるし、もっと強くなれるの。でも今のあなたが弱いことは先日の試合で身に染みてわかったわよね? そして稽古にも身が入っていない、これはなんでだと思う?」

「そ、それは……りゅうくんの事ばかり考えて、気持ちが浮ついているからだと思います」

「そんな教科書みたいな答えは要らないの。本音で話しなさい」

「いま自分の頭の中に浮かぶ答えは本当に言ったとおりです」

「そう、あなたもそんな年頃になったのね。ではこれから『女の恋心最強法』を伝授しますから、ノートと鉛筆を持っていらっしゃい」

驚きと混乱が入り混じった状態ながら、母上からこんなことを言われるのは初めてだっただけに、反射的に立ち上がった。

「コハクを起こさないよう静かに、かつ迅速に行ってらっしゃい」

摺り足の要領で静かに部屋に戻ってみると眠れているのはいいのだけれど、横向きになって掛け布団にしがみ付くように丸まっている。おでこにのせていたタオルは当然のごとく落ちているし、パジャマもはだけてだらしがない。誰に見られるでもないのだけれど着衣を直して仰向けに戻し、再び冷やしたタオルを乗せて階段を降りる。

「コハク眠ってたかしら?」

「はい。ちょっとだらしない格好でしたので、元に戻してタオルを乗せ直してきました」

「で、ノートと鉛筆は?」

ハッとして再び立ち上がろうとするも、微笑みながら軽い溜息と共に

「ほら、そういうところよ。全ての事象に対して身が入っていない、だからケガに繋がると言っているのです。書き物はここにあるから使いなさい」

「はい」

最強の人から何やら伝授してもらえろうなのだけれど、その前に……怖い。

#創作大賞2024#漫画原作部門



重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。