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うえすぎくんの そういうところ Season.7 青春の内側編 『第89話 失望したわ』

第89話 失望したわ


話しをしてくれた母上に頭を下げ、強い決意と信念を胸にシャワーを浴びる。顔に降りかかるお湯を感じながら『柚子葉ちゃんと結婚させてください』私の隣で両親に頭を下げている彼の姿を想像すると、つい嬉しくて口元が緩んでしまう。髪を洗いながら、体を拭きながら、髪を乾かしながら。同じところを何度も想像して緩んでみたり嬉しくて泣きそうになったりしながら、予備のスポーツドリンクを持って階段を昇る。

(アイスマクラもそろそろ交換しなきゃだろうし、クスリが効いてお粥くらい食べられるようになっていたらいいな)

扉を開けた瞬間に聞こえてきたのは『ぐー』というお腹の音。

「目が覚めてお腹が空いたかしら? おかゆ食べられそうなら準備してくるわ」

「うん、ありがとう。ユヅハがお姉ちゃんだったらいいな」

「なに言ってるの、最初からそのつもりよ。パジャマの替え置いておくから着替えなさい。あとアイスマクラも冷たいものに交換してくる。ドリンク飲んで待っててね」

冷凍庫に替えのアイスマクラが冷やしてあるのを確認してガスコンロに目をやると、蓋がしてある一人分の土鍋からほんのり湯気が上がっている。私がシャワーを浴びている間に母上が作ってくれたのだろう。テーブルの上には取分け用の器とレンゲ、ウェットティッシュまで準備してあった。

(ありがとうございます)

まとめて大きめのトレーに乗せ、再び二階にあがる。

「わっ、びっくりした。メチャクチャ早くない?」

下着姿で体を拭いていた彼女がダンゴムシみたいに丸まった。

「母上が支度してくれていたみたい、冷えたアイスマクラも持ってきたから使って。とにもかくにも食べないと体力落ちちゃうから、食べられるだけ食べましょ」

「ありがと。ユヅハ何だか顔つきが変わったっていうか、ちょっとキリッとしたっていうか。なにかあったの?」

パジャマのボタンを閉めてズボンに片足を通した状態で問い掛けられる。

(この子の観察力には本当に驚かされるわ)

「うん。母上とお話してきて、自分が進むべき方向性がハッキリと見えてきたの。そして彼女のような女性になりたいって思った。もっと強くならなきゃ」

「そっか。ユヅハが強くなることには何にも異論はないけどさ、兄ちゃんは稽古に参加していないんだから、またその内わかりやすく凹んじゃうんじゃないかって心配してる」

「着替え終わったらお粥食べて。それって、どういうこと?」

「話を聞いている限りでは周囲の女子にチヤホヤされて居心地は良さそうだし、あの人は誰かを育てるの好きだから合っていると思うんだ。でも四人組の中で一人だけ話が合わないなんてこともちょいちょいあって、帰ってからあたしが説明するなんて日もあるんだよ。もちろん仕方がないことなんだけど、そうやって少しずつ伸びていった風船の糸が突然誰かの手に渡ってしまわないかと最近心配してる。だから自分磨きは大事だし必要だとも思うんだけど、妹として兄ちゃんの手綱はユヅハにしっかりと握っておいて欲しいって思ってる」

「難しい問題だね……私はどうしたらいいんだろう」

「上杉竜星の彼女っていうポジションを確立しちゃえばいいんじゃない?」

「そ、そんな。早すぎるよ! 私たちまだ高校生だよ?」

「別に婚約とか結納とかそんなレベルの話しじゃないんだから、彼氏彼女くらい普通じゃない?」

「じゃあコハクは明日から『たくみ君の彼女でーす』っておおっぴらに振る舞えるってわけ?」

「そ、それは……できないかも」

「でしょ? だから困ってるんじゃない」

「うーん。じゃあ、これに関してはお互いのペースでやっていくってことで」

煮え切らない空気感を残したまま、静かにお粥を口に運ぶコハクを黙って見つめて考えた。

(せっかく自分の進むべき方向が定まってきたと思ったら不安になるようなことを言ってくれちゃって。それでも何か一歩進んでみたいというのは同感かも)

「土日までは三日あるから、それまでにコハクは風邪を治して復活する。私たち三人は今まで通り過ごしているから、今度の土曜に四人でどこか遊びに行きましょう」

「おっ、ダブルデートだね! いいじゃんいいじゃん! 頑張って治すよ」

「食べ終わったのならお薬飲んで寝る。あとで上杉のお母様には電話しておくから、盛大に寝坊ぶちかましなさい。お片づけしてくるけれど、もう寂しくないわね?」

「うん、大丈夫。おやすみなさい」

翌朝、隣で制服に着替えたりバッグの中身をゴソゴソしても全く目覚める気配なし。熱も下がり快方に向かっているみたいなのでコハクは母上にお願いして学校へ向かう。電車を降りた瞬間に目に飛び込んできた、向こう側から大きく手を振る太陽みたいな笑顔。小走りで改札を抜け、互いに

「おはよう!」

爽やかな挨拶を交換した。

「コハクは熱も下がってお粥も残さずモリモリ食べているし、私の時より回復は早そうだよ」

「ありがとう。柚子葉ちゃんを本当のお姉ちゃんみたいに慕っているから、看病してもらえて嬉しいんじゃないかなって母さんと話していたんだ。ご迷惑掛けますけど宜しくお願いします」

「全然ご迷惑なんかじゃないよ。女子同士いろいろお話もできるし、一人っ子だから妹ができたみたいで楽しいよ」

コハクちゃんがいない登校道、柚子葉ちゃんを独り占めできているみたいでちょっと嬉しい。

「そういえば、たくみがいないね」

「そうね、いつもならとっくに合流してるのに」

「おはよう、呼んだか? 後ろに居たんだけれど二人の世界に入ってて話し掛け辛かったから黙ってた」

「え? いつから?」

「改札のところから」

全く気付かなかった。

「声掛けてくれればよかったのに」

「だから、話しかけられるような雰囲気じゃなかったんだって。他のヤツもそうだと思うぜ? 」

そういえば、女の子からも声はかけられなかった。

「たくみ君、ごめんね。コハクの様子とか話してたら夢中になっちゃって」

「いいよ、気にしなくて。姫嶋さんとりゅうせいが付き合ってるのはみんな知ってることだから、邪魔したりしないよ」

「え?」

「誰がどう見たって同じこと言うと思うし、実際お似合いだと思うからいいんじゃないか? 」

「いやいや、僕たちは幼馴染であってそういうのじゃ……」

「りゅうせい、そこは男として否定しちゃダメなところだよ。それとも他に好きな女の子でもいるのか?」

「いや、いないけど」

「ほら、姫嶋さん困っちゃってるじゃん。りゅうせい。昼休憩に前と同じところに来てくれ、男同士話をしよう」

こうして三人それぞれのクラスに分かれて、何となく気まずい一日が始まった。

昼休み。お弁当を急いで食べて体育館裏に向かうと、たくみは既に待っていた。

「おう、来たか」

「話ってなに?」

「最近とくに感じるんだけれど、りゅうせいって姫嶋さんをちょっとほったらかしにし過ぎじゃないか?」

「自分では全然わからないけれど、そんな風に見えるの?」

「見えるから言ってるんだよ。最近女子バドミントン部のコーチを引き受けてるって聞いたけど、普通の女の子からしたら『自分の大切な彼が毎日他の女の子に囲まれて楽しそうにしてる』ってだけで心中複雑だよ。それでも何も言わずコハクさんやオレにまで気を回して明るくしているんだぜ?」

「そんなこと言われたって、僕にはわからないよ」

急に険しい顔つきになり、胸ぐらをつかまれて体育館の壁にドンと押し付けられた。

「オマエさあ、一度でも真剣に姫嶋さんの気持ち考えたことあるのかよ? どんな時でも自分の気持ち押さえ込んでニコニコしててさ、同じ歳のコハクさんと一緒に住んでいるってだけでも不安でいっぱいなのに、何をするにもりゅうせいの事ばかり最優先で考えて。彼女がどんな気持ちなのか、考えたことあるのかよ!」

「たくみに……たくみに何がわかるって言うんだよ!」

胸ぐらをつかまれて状態でピョンと飛び上がり、右足で思いっきり彼の腹部を突き放すように、生まれて初めて人を蹴った。砂まみれになって転がり、お腹を押さえて蹲っている。

「ご、ごめん! 頭に来ちゃって、つい……」

「ふざけるな、バカヤロウ!」

近寄ったところに立ち上がりざま、左頬を殴られ吹っ飛んだ。

「平和ボケしているオマエよりはわかってるつもりだ。強くて優しい彼女が大好きで、去年の夏に勇気を出して告白したらなんて返ってきたと思う?
『私には心に決めている人がいて、一生添い遂げたいと思っている』って。そんなの他に誰がいるんだ! そんな気持ちに応えてやろうとは思わねえのか? オマエは姫嶋さんが好きじゃないのかよ!」

殴り飛ばされて転がった状態を許さないとばかりに掴み起こされ、鬼の形相で怒鳴られた。

「そんなの……そんなの、自分がフラれた腹いせじゃないか! たくみは適当な理由を付けて僕を殴りたかっただけだろ!」

「マジで言ってるのか? りゅうせいには失望したわ」

ポイと投げ捨てられるように手を離し、彼は去っていった。

#創作大賞2024#漫画原作部門






重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。