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うえすぎくんの そういうところ Season.7 青春の内側編 『第97話 雷光一閃』

第97話 雷光一閃


この日は朝から生憎の空模様。傘をさしたりローファーが濡れないように気をつけたりと、中学の時は殆ど気にならなかったことが高校生になって『雨は女子の天敵だ』と身に染みてわかった今日この頃。靴下を交換したり、登校したての朝は特に忙しい。二人分のノートを作るなんて慣れないことをやっているものだから、ハッと気が付いたらもうお昼休憩。作ってもらったお弁当をお世辞にも上品といえない食べ方で片付けて、ダッシュで隣のクラスに走り込むと彼女は姿勢正しく上品な食事中。

「ミリリン、おはこんにちは! お弁当食べてるところにごめんねー」

周囲の親衛隊ですら食事中に声を掛けないというのに、図々しく大きな声で駆け寄ったあたしに

「コハリン、来てくれて嬉しい!」

お箸を手放して両手を握られる。男子では絶対にありえない光景だ。

「あのね、兄ちゃん扁桃腺がひどく腫れちゃって衰弱してるから昨日から入院になったの。ミリリンには部活をお願いしなきゃいけないし、病室もコッソリ教えたいなって思ってお邪魔したんだー」

実際大勢でワラワラ病室に来られても迷惑だし、何より『内緒』とか『コッソリ』なんてワードが女子は大好きだ。

「あら大変。扁桃腺手術だと二週間くらいお休みなのかしら?」

「すごいねミリリン、さすが博識。あたしもまだ病院に行けていないんだけれど、母ちゃんから『二週間くらい』って聞いてるよ」

「りゅうせいくんは女子に大人気だからお見舞い対応もきっと大変よね。部活のことは心配しないで、しっかりやっておきます」

「ありがとう。あまり大人数で来られちゃうと病院に迷惑掛かっちゃうかもだから、病室まで知ってる生徒はあたしとユヅハとミリリンだけだよ。部活お任せしちゃって大変だと思うけれど、このメモに病院と病室書いておいたから、どこかで顔見せてあげてくれると兄ちゃんも喜ぶと思うんだ」

「二人以外に私だけなんて嬉しいわ。他の子には内緒にしておくわね」

「そうだ! たくみんも高熱出して入院しているって柔道部の先輩に聞いたんだけど、なにか情報入ってない?」

「香中くんも? 任せといて、情報収集しておきます」

「ありがと! お昼ご飯、邪魔しちゃってごめんね」

「コハリンならいつでもウェルカムよ」

手を振りながら教室に戻ってイスに座り一息つくと、どこから漏れたのか周囲の女子生徒がザワザワしながら集まってきた。

「上杉君、入院しちゃったの? お見舞い、何が喜んでくれるかな」

「病院って学校の近く? それだったら私たちも行けるかも!」

ヘラヘラ笑って誤魔化したけれど、女子の情報収集能力はある意味恐ろしい。

ジジイにも連絡が入ったのか、気を利かせてくれて今日の部活は中止。ユヅハと一緒にすっかり雨の上がった並木道を通って病院へ向かう途中、昼間からカップ酒片手に大声で騒いでいる初老の男性が交差点の向こう側にいるのを見つけた。

「ヤダヤダ、みっともないねー」

「本当に迷惑よね。誰も居ない森の中で一人騒いで猟友会のお世話になってしまえばいいのに」

こういう時の彼女はかなりの毒舌だ。

横断歩道を渡りながら酔っぱらいに視線が行く一方、その向こう側からベビーカーを押しながら幼子の手を引いてこちらに歩いてくるお母さんの姿。被害に遭わないかと不安が脳裏をよぎる。

「……何か持ってる」

そう聞こえたのと同時にバッグをこちらに押し付けて猛ダッシュ。瞬時にベビーカーの前に走り寄り、男性の腕を掴んで雷光一閃の背負い投げ。

「コハク! お母さん守って!」

「はいな!」

ほぼ同時に走り出していたので声が聞こえた時にはあたしもベビーカーの前。ユヅハの方を振り向かず、怯え立ち竦むおかあさんに笑顔で話しかける。

「昼間からお騒がせしてすいません、もう大丈夫です。後ろで倒されている酔っぱらいが何か持っているように見えたので駆けつけました。あたしたち、普通の高校生なので安心してください」

コンクリートに叩きつけられた反動で交差点中ほどまで滑り転がっていったのは洋裁バサミだと、駆けつけた警察官から説明を受けた。状況的に見て酩酊状態の男が洋裁バサミで母子に危害を加えようとしたのは疑いようのない事実としてその場で身柄は警察に引き渡され、男は拘束された状態で連れていかれた。自分たちは学生証を提示して学校と姫嶋家に身元確認をされてから調書作成のために警察署へ任意同行、お母さんと赤ちゃんは直接被害に遭っていないということで簡単な聞き取りと連絡先を聞かれ、パトカーで自宅に送ってもらえたと後に聞いた。

学生ということで身元引受人にお父上が迎えに来てくれるらしい。

「姫嶋柚子葉さんと西山琥珀さんだね。勇気を出してよくやってくれた、と言いたいところだが、一歩間違えば君たちが被害に遭っていたのかもしれないんだよ?」

スーツ姿の男性警察官から言われ、ムッとして言い返そうとした。

「警部、姫嶋さんと師範がお見えになりました」

「こちらにお通しして下さい」

(師範って、まさか)

「二人とも、元気そうじゃないか。はーん」

「ジジッ……」

ユヅハに口を塞がれ、襟を絞められ、必死でトントンした。

「姫嶋に寄ってもらっての、校長の代わりにワシが来てやったぞ。はーん」

「師範直々に、ありがとうございます」

警部さんと呼ばれる人が深々と頭を下げた。

(このジジイ、警察でも柔道教えているのか?)

「今日は二人で同級生のお見舞いに行くと姫嶋から聞いておるんじゃが、人助けをして時間まで取られてはつまらんの。香中よ、もうええじゃろ? はーん」

「はい。二人に怪我がなく、本当に良かったです。姫嶋さんもご足労ありがとうございました。後日感謝状を持って学校にお伺いします」

それにしてもこの警部さん、ジジイとお父上には頭が上がらない様子。早々に車に乗り込み病院へ向かう。

「オヤジも弟に似て一言多い頑固者じゃったろう? はーん」

「弟って。ジジイ、ひょっとして『香中』ってたくみんのお父さん?」

「そうじゃ、今頃気づいたのか。はーん」

「何でもっと早く教えてくれなかったんだよ! たくみんも入院しているって聞いたから、それならどこに入院しているのか訊けたじゃん」

「柔道部顧問のワシが知らんわけなかろうが、タワケ。はーん」

「だったら教えてくれよ、どこなんだよ?」

「今向かっておるじゃろうが、このセッカチが! はーん」

ほどなく『陽慈病院』の大きな門をくぐり、立体駐車場をグルグル昇って最上階に停車した。ここが何階なのか、停まっている車が何台あるのかもわからないほど凄まじい広さと高さなのに、四方八方に見える病棟はこれよりも更に高く大きい。どっちを向いているのかもわからなくなりそうな迷路をお父上とジジイの後ろに着いて歩いていると、車椅子に乗った子どもや点滴をぶら下げて歩いている女性など、一つの街ではないかと思えるほどたくさんの人が入院している。エレベーターを乗り継ぎ、結構な距離を歩いて辿り着いた七〇五号室には『上杉竜星』と書かれたプレートがあり、コンコンとノックする。

「はーい、どうぞ」

母ちゃんの声がして扉が開いた。こんな大きな病院に来たことが無いし入院経験も無いから見るもの全てが興味深い。テレビや冷蔵庫、クローゼットから個室トイレまで完備されていて、ベッドを起こせばご飯を食べたりできそうな専用テーブルが付いたベッド。出て行ったときは消衰しきっていたのに左腕に点滴の管が二本ついているとはいえ、元気そうな顔で母ちゃんが持ってきたであろうバナナをモグモグ食べている笑顔の兄ちゃんが居た。

「なあんだ、思ったより元気そうじゃん? お見舞いに来たよ」

「ありがとう、点滴で炎症を抑えてくれているからね。明日からは手術までに腸の中を空っぽにする専用のご飯しか食べられなくなるみたい」

「先生たちにはユヅハが伝えてくれて、あたしはミリリンにだけ伝えたよ。バド部の件もお願いしてきたよ」

「そっかそっか、ありがとうね」

#創作大賞2024#漫画原作部門


重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。