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うえすぎくんの そういうところ Season.7 青春の内側編 『第94話 パジャマトーク』

第94話 パジャマトーク


小さく頷いた後、緊張でカサついた唇を潤わせるようにオレンジジュースに口をつけた。


「たくみ君、道場に現れたと思ったらいきなり土下座して『姫嶋さんスマン!』って、なにごとかと思ったわよ。話を聞いてみて男の子同士だし、彼は熱血タイプだから『そういうのもあるんじゃない? 』って思ったけれど、そういえば。仲直りさせて握手させるまでは……って言ってたけれど、その先の展開はいつ考えたの?」

「それはーほら、話の流れじゃん! あたしも煮え切らない態度にイラッとしてたし、彼から『未練はない』って断言してもらうことで兄ちゃんからユヅハに告白させるって……大事なとこ! たくみんがユヅハに振られてたって今日初めて知ったし、そんなの一言も教えてくれなかったじゃん!」

「まだコハクがここで柔道始める前の話だし、面白がって話すような内容でもないでしょ? ましてやあなた自身から気持ちを聞いておきながら、そんなの言えるわけないよ」

今度はこちらの唇がカッサカサ。ポーチからリップクリームを取り出してちょっと俯き気味に塗る。

「あー、それはそっか。ごめん、あたしがその立場だったらやっぱり言えないな。でも正直さ、土下座してる彼の口から聞いたときはやっぱりショックだったよ」

「それは『ごめんなさい』としか言いようがないんだけれど、私にはりゅうくんっていう譲れない人が居たから……」

「なんでユヅハが謝るのよ? わかってるから大丈夫よ、ちょっと聞いて欲しかっただけ」

同じタイミングでジュースを飲み、コップの中身も同じくらいになった。


「それにしてもよ。もしよ? もし『やっぱり譲れない』なんて心変わりして彼の口から出たらどうするつもりだったの? そんなの聞いたらあなたが立ち直れないじゃない」

「土下座の時に本人の口から聞いたから大丈夫だとは思ったけど、もし本当にそんなこと言おうものなら『女々しいわ!』ってぶん投げてたと思う」

「うーん。じゃあ『オレが好きなのは』で言葉を遮ったのはなんでなの?」

「……笑わない?」

「笑わないよ」

お腹の前で抱きかかえていたクッションを胸の位置に持ち上げて、小声で絞り出すように彼女は言った。

「他の人の名前が出たらどうしようって、ちょっと怖かった」

「他の人って、まさか……りゅうくん?」

「違うよ! 確かに女子の間でそういう類いの本は流行っているけども」

「じゃあ、他に名前が出そうな女の子の名前が頭にあったってこと? えー、誰だろう。あのたくみ君だよ? まさか……あかね先輩?」

「なんでだよ! 同じクラスに神谷さんっていうアイドルがいるでしょうが!」

間髪入れずにクッションが跳んできた。

「あー、そっち? 思いつきもしなかったわ」

ケラケラ笑いながら遊びに来たクッションを手渡すと『まったくもう』という感じで受け取り、再び定位置へ。


「話を元に戻すけれど、そこから説明してくれた内容は圧巻だったわね。私なんて申し訳ないやら恥ずかしいやらで、道着をギューってする事しかできなかったもの」

「それね。散々聞いてきたからさ、ちゃんと伝えなきゃって思ったんだ。あたしだって兄ちゃんにクラクラしてた時期があったけれど、ユヅハの想いとか行動とか聞いた一方で、両想いなのに踏み出さない超鈍感を身近に見て一歩引いたじゃない? こりゃ絶対に敵わないって思ったもん」

「本当に……感謝してる」

「ちょっと、やめてよ。湿っぽくなっちゃうじゃん」

お互いに笑い合いながらも、目尻に浮かんだそれをそっと拭った。

「そう! 本題はここからよ。感謝してもしきれないけれど、よくもまあ、あれだけ厳しいことを彼に叩きつけたものね。たくみ君が辛抱限界で何か言おうとしてくれたけれど、私としてはりゅうくんの口から聞きたかったから止めたけれども。正直、不安しかなかったわ」

「さっきも言い掛けたけれど『悪気の欠片もない純粋な超鈍感』を日々、隣で見ているわけよ。そりゃ女子として感情移入するし『自分がユヅハだったら』って考えたら欲しい答えは自然と見えてくる。それを傷つけないように誘導しただけさ。兄ちゃんの口から本音が聞けて、良かったでしょ?」

「うん、うん。本当に嬉しくて、黙って座っていられなかったもの」

「だよねー。男の子からあんなこと言われたら、思わず抱きしめに行っちゃう気持ち……すごくわかる。わーかーるーかーらー、もう泣かないで! おめでとうって思ってるし、あたしも嬉しいから!」


今度は指では収まらず、お風呂後肩に掛けてあったタオルが大活躍。

(今まで拭う側だったのに、この子に涙を拭いてもらいながら頭を撫でてもらう日が来るなんて)


「ちょっとおトイレ行ってくる。いつもあたしばっかりじゃない? ユヅハがおトイレ行ってるとこ、見たことないんだけど!」

彼女は涙を引かせるのも上手だ。


「はい、おまたせ! で、なんだったっけ?」

「これから私のターンが始まるよってとこ」

「ユヅハのターンってなになに?」

「たくみ君に『さっき何か言いかけて止められたわよね』ってとこ」

「あたしが叱られたところからじゃん! さて、じゃあ明日もあることだしそろそろ寝ようか」

「ダーメ、本題はここからなんだから! それで、もの凄いラブコールを好きな人から受けてみて、コハクはどうだったの?」

「正直、頭の中は真っ白だよ。男子から大真面目に告白されたのなんて初めてだし、それを受けてのユヅハは怖いし…… ものすごい勢いで詰めるから、まともに彼の顔を見られなかった。それでも足りないと『柔道舐めるな』って本気で怒るんだもん、泣きそうだったよ」

「舐めるな、なんて言ってないと思うけれど『浮ついた心で怪我でもされたら迷惑だから二人とも辞めたら?』とは言ったわね」

「ほらー、怖すぎるじゃん! あたしは幼い頃からジジイに同じようなことを言われてきたからまだいいけどさ、たくみん呆然としてたじゃん」

「命を救うために名誉の負傷をしたのはわかっているし、一生懸命リハビリを頑張っているのもわかってる。でも、それとこれとは別! そんな浮ついた気持ちで怪我でもしたらあなたは自分を責めちゃうだろうし、彼は本当に柔道を辞めちゃいかねないわよ?」

「それは……そうだけど」

「結果論だけれど、師範三人が来てくれて助かったわ。だってそうでしょう? 本当は仲良しにあんなこと言いたくないし、ちゃんと見届けられるか不安だったもの」

「確かにね、心中慮るよ。あたしも辛いからなるべく早く終わらせようと必死だったもん」

#創作大賞2024#漫画原作部門



重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。