『龍と私と彼女の話 その10』

スマホで調べてみると
M神社はすぐに見つけられた。

しかもそんなに遠くない。

私たちは準備してあったお供え物を
もう一度確認してM神社へ向った。

いよいよだわ。
いったい何が始まるんだろう。
ちょっと怖い氣もする.
でも沙織とふたりならきっと上手く行く!




「そうは言うけどね」



沙織は私の氣合いに水を差すように言った。

「え?何?何か問題でもあるの?」

私は不安になって聞いてみた。




「これから行くM神社って
私も初めてのところだし
どんな方がお祀りされているのかも
全く知らないで行くんだから。

それに私だって封印された龍と対峙するなんて
初めてのことだから不安はあるのよ。」



そうか、沙織も不安だったのね。



「ただネットで調べたから
ある程度の情報は書いてある通りだと思う。
でも、問題はその龍が封印されてある祠でしょう?
そこがどうなっているのか
行ってみなきゃ分からないってのもあるわよね。」




M神社は雨乞いの神社なのだと
調べたサイトには書いてあった。
近年でも地元の人たちによる
雨乞いの儀式はあったようで
土地の人にしてみたら
とても大切な神社なのだろう。





「あった!ここだわ。」



駐車場に車を駐めて
私たちは荷物を抱えて神社への階段を登っていった。



「雨乞いの儀式が近年もあるっていうから
手入れはされてると思ってたんだけど・・・
これは・・・ちょっと。」

「うん・・・なんか、ひどいね」



本殿の扉は傾いていて
奥の扉はかろうじて修復された跡はあるものの
全体的に荒れた印象がぬぐえなかった。




当然、常駐している宮司もなく
境内も雑草がはびこっていて
掃除もされた様子がない。



「琴音。祠へ行く前に
ちょっとお掃除しよう」

「え?」

「このままの状態って
こちらの神さまも良く思ってないはずよ。
そしてこれから私たちがやることに
万一、異を唱えられたら
上手く行くものもいかない。
だからまずお掃除して
私たちは怪しい者じゃありませんって
ご挨拶をした方がいいと思う。」




本当にそうだわ。
お掃除ってあんまり得意じゃないけど
これも修行の一貫かも知れないし
出来る限りのことはやらないと。




境内を見渡すと
奥に物置小屋のようなものがあり
一応、管理しようとしていた人はいたのか
その中に箒やちりとりなどが置いてあった。





鍵が掛かってなくてラッキーだったねー!
なんて言いながら
私たちはさっそく落ち葉を掃き
ぞうきんはさすがに無かったので
自分たちのタオルを水に浸して
本殿の周りを拭き掃除した。


本殿の近くには何かわからないけど石碑があって

その周りに何かが埋められているようだった。

沙織はそこにしゃがんで何かを拾っている。

「いいの?」というと

「あとで必要になるかも」と謎の言葉を言った。



本来なら境内にあるものを勝手に持ち出してはいけないのだ。
と沙織から教えてもらったことがある。
小石ひとつでも持って行ったらイケナイと。

でもその沙織が何かを拾った。ということは
意味のあることなんだろう。



コンビニ袋に落ち葉を入れたあと
M神社の外にあるゴミ捨て場へ捨てにいった。
収集日はいつか分からないけど
まあ許してください。




「全部が綺麗になったわけじゃないけど
とりあえずは大丈夫かな?」



私たちはふぅっと一息ついて
持参したペットボトルのお茶を飲んだ。




すると
M神社の裏手の山側の方から
またもや凄い風が吹いてきて
それと同時に
おそらくこちらの御祭神さまと思われる方が
姿を現した。



『私はもののべの大神である。
丁寧に掃除をしてくれた礼を申そう。
大義であった。』




「あなたがこちらの御祭神さまですか?」



もののべの大神と名乗った神さまは
いかにも。という風に頷いた。




「私たちはある目的のためにこちらを訪れました。
ただ、荒れた境内をそのままにしておきたくなくて
つい余計なお世話を焼いてしまっただけなんです」


沙織は丁寧にお辞儀をして
もののべの大神さまにご挨拶をした。
私もそれにならってお辞儀をする。



『私は、いわばこの土地の遠い先祖のようなもの。
日照りの雨乞いの神と呼ばれて久しいが
今はそういう意味を知っているものも
この土地の者でも知るものは少ない。
それが何より寂しい。』



「そうでしたか・・・。
あ、でも近年、雨乞いの儀式があったと
調べたら出ていましたが」



もののべの大神さまは
ふっと寂しげな顔をして
ふるふると頭を振った。



『あれは本当の意味での雨乞いの儀式ではないのだ。
土地の権力者の権威を見せつけるために行われたようなもの。
表向きと腹は違うものなのだ』



「そう・・・でしたか・・・。」



私たちはなんと答えてよいのか迷って
黙り込んでしまった。



『ああ、すまぬ。
久方ぶりに私と話が出来る人間と会えたものだから
つい愚痴が出てしまったな。』

「いえ、それは良いんです。
寂しいお氣持ちも分かりますし。」

「というか。神さまでも愚痴を言うことがあるんですか?」

私はつい口を滑らせた。


沙織はコラッという風に私を見て
肘で突っついてきた。


「いたっ!」
「もう、琴音。バカ!」



『ははは。よいよい。
そう、神も愚痴を出すこともあるのだ。
人間と同じ部分もたくさんあるのだよ。』



そういうと、さっきの寂しそうなお顔と違って
明るい笑顔で笑い飛ばしてくださった。

ふぅ~(汗)
怒られたらどうしようかと思った。




そしてしばしの沈黙のあと
もののべの大神さまは山の稜線を見上げて
ふぅっとため息をついた。



『あれも・・・可哀想なものなのだ。』



あれ・・・とは封印された龍のことを言っているのだろう。



もののべの大神さまは、私たちを見て



『お前たちは、あの龍の封印を解くために来たのだろう。
それは諏訪の大神や諏訪湖の龍神からも聞いておる。』




そうか、同じ土地の神さま同士だから
その辺の意思は通じているのかも。



『あれは弱っている。
命の灯が消えかかっている。
だがそれと同時に
長い間の無念が溜まりに溜まってもいる。
油断すればお前たち二人に障りが出ることだろう。
そしてそれを防ぐことは
私にも出来ないことなのだ。』




もののべの大神さまのお話を伺うと
人間の手で封印された龍を
再び人間の手で解放するとなると
別の者であっても、その障りは人間にやってくる。
助けてくれた者という判別が付くまえに
その無念をそのままぶつけられてしまうのだそうだ。




「あの・・・大神さま。
障りってどんなことが起きるのでしょうか」



私はちょっと怖くなって聞いてみた。



『それは、私にもわからぬ。』


沙織はぐっと手を握り

「分かりました。私たちも覚悟を決めてやってきた者です。
その準備も整えたつもりでいます。
ただ、ここにいる、琴音は
まだ修行中の身ですから
その障りは私だけが受ける。ということには出来ませんか?」



私はギョッとして沙織を見た。



「ちょっと!何を言ってんのよ!
私がいつ一人で逃げるって言ったの?
そりゃ確かにまだ修行中だけど
あんまり役には立たないかもだけど
これでも本当の本氣の覚悟をして
ここまでやって来たのよ?
あんまり私を舐めないで欲しいわ!」



沙織は、ハッとした顔を私に向けた。



もののべの大神さまは

私たちの話を聞いて頷いた。



『その意氣やよし。
本来なら手を貸すことは出来ないのだが
その者の覚悟に免じて
少し手助けをしてやろう。』



「え!あ、ありがとうございます!」



私は、もののべの大神さまに向って
深々と頭を下げた。



沙織はグッと何かを堪える目をして
大神さまにお辞儀をした。




『祠はこの山を登った先にある。
目印はないが、お前たちなら分かるだろう。
氣をつけて行くが良い。』




もののべの大神さまが山へ消えたあと
私たちは改めてお互いの氣持ちを確認しあった。




「ごめん、琴音。
私、本当はね。こんなことに巻き込んじゃって
申し訳なく思っていたのよ。
だから、なるべく危ないことはさせたくないなって。
危険なことは私がやろうって・・・だから・・・」

沙織は溜め込んでいた氣持ちを吐き出すように
私に謝った。



「バカ・・・。
沙織、私たち、友達じゃないの。親友でしょ。
ううん。もう戦友になってるじゃない。
巻き込んまれたんじゃない。
そういう運命だったのよ。
むしろ、沙織に頼ろうなんて考えていた
私が甘かったところがあったわ。
でもここまで来る間に
私たち精一杯準備してきたじゃない。
自分たちの力を、全力を出そうって決めて来たじゃないの。
沙織は沙織がやれることを
私は私がやれることを
お互いにやっていく。それだけなのよ。」




「琴音。そう、そうよね。
ごめん、何だか私ちょっと弱氣になってたかも。
琴音に何かあったらって怖くなってた。
でもそれって、琴音を信頼してないことになるのよね。
うん。もう大丈夫!
私はたくさんのことを学んできた。
琴音は私の心強い戦友よ。
やろう!」



私たちはお互いの手をしっかりと握りしめ
確かに強い絆で結ばれたのを
改めて確認した。



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