『龍と私と彼女の話 その12』

沙織の言葉はさらに続いた。



「もうあなたは、あなたの好きなように
生きていって欲しいのです。
水の神としてこの地に残るよりも
あなたの生れた龍の国へ行く方が良いのではありませんか?」



龍は沙織の言葉の意味をくみ取ったようだ。



やがて



『私の命はもう尽きかけている。
もうこの地に留まる力すら残ってはいない。
龍の国へ帰ろう。
そしてもう一度、そのままの私で生きることにしよう。』




「そうしてください。
あなたは今までたくさんの人間のために働いてこられたのです。
もうただの龍として生きていってください。」



『人間よ。礼を言おう。
もしもこのまま私の命が尽きていたら
私の無念だけがここに留まり
悪霊となっていたかも知れぬ。
それを止めてくれたお前たちに
感謝する。』




糸のように細かったその身体が
最後の力を振り絞るように
はっきりと大きな龍の姿に変え
そして空高く昇りやがて消えていった。



”さらばだ。人の子よ”




龍の声だけがこだまのように
辺りに響いていた。




「お、、、終わった・・・?」
「うん・・・・終わった・・・」




はぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!




私たちはシートの上に突っ伏して
そのまま動けなくなった。



終わったんだ。
私たち、やり遂げたんだ。



ふと自分の手を見ると
どれほど強く握りしめていたのか
爪の跡がくっきりとついている。



いつの間にか朱金は私の腕に戻り
朱金を地面に突き刺した場所には
一筋の切れ目が残っているだけだった。




「琴音・・・。」
「ん・・・・」




いや、なんでもないよ。
沙織はそう言って
私の手を握った。
私もその手を握り返して
わかってる。
と言った。




「ありがとう。」
「私こそ、ありがとう。」




お互いにそれ以上の言葉はいらない。
言葉にしたら
なんだかちぐはぐな氣がして
それ以上言えなかったのだ。





ガバッと、沙織は起き出して

「お供え、食べよ!」

「お、おう・・・」

すっかり忘れていたけど
私たち、めちゃくちゃお腹が空いていたのだ。
エネルギーを使い果たしたって
こういう感じになるのか。

バナナ、大福、みかん
量はそんなに多くなかったけど
それらを私たちは全部食べ尽くした。




「もうこの祠には何もいないんだよね?」



沙織に聞くと
「うん。いない。けどね」



主のいなくなった祠には
さまよう魂が入る可能性があるのだという。

だからここの神さまに後をお願いしなければいけないのだけど




「ちゃんと最後まで清めていかないと
後始末みたいなものね。」



そういうと沙織は
お供えしておいた
塩、米、水、小豆、お酒を
祠の周りにまき始めた。



私も一緒に祠を清める氣持ちで
それらをまいた。



もし今後、この祠に主が入るときには
可愛い妖精さんとか
入ってくれるといいな~。
屋根付きだから居心地いいかもよ~?
妖精さん。
って、鳥の巣箱みたいじゃん(笑)



そんなことをひとり想像して
ふふふっと笑う。


「なによ、氣持ち悪い笑い方しちゃって」

「え、ちょーっとぉ。氣持ち悪いはないでしょー」

「だって、ふふふっとかさ。琴音っぽくないんだもん」

「失礼ね。私だって乙女な想像くらいする時があるのよ」

「あー、乙女ね。はいはい」

「むかー!なによそれー。」



私たちはいつものような冗談を言い合いながら
もう主のいなくなった祠に一礼をして
その場をあとにした。




本殿の前までくると
沙織はさきほどの土器の欠片を元の場所に戻した。

「在るべきところに在る。
それが一番いい。」

もう、もののべの大神さまは姿を現してはくれなかったけど
優しい日差しが私たちに降り注いでいるのを感じるから
きっと満足してもらってるんだろう。
あの祠のこと、よろしくお願いします。

また、こちらに参りますね。
さようなら。





車に戻って時計を見ると
なんともう12時をとうに過ぎていた。


「明け方に諏訪大社に来たのに
もうそんなに時間が経ってたの?!」

「なんかね。こういうことすると
時間がやたらと早く過ぎたり
逆に時間が止まったかのようになったり
色々起きるんだよね。」

「そうなんだ~」

そういえば沙織から
宇宙には時間という概念はなく
人間が勝手に意味づけしただけのことなのだと。



過去も未来も本当は同時に存在していて
過去だと思っているのは
経験の積み重ねの記憶だけなのだそうだ。



まだ意味はよく分からなかったけど
なんとなく
今までの常識とか、当たり前だと思っていたことは
本当は間違っていたんじゃないか。



視えない世界は本当は大きくて
見えている世界はほんの小さな一部なのだと
だんだん思えるようになっていた。




ホテルのチェックインまでは

まだ間があった。
早く温泉に入りたいのは山々だけど



「そういえば!諏訪湖の近辺に
新しくオーガニックカフェが出来たって
ネットに書いてあったのよ。
そこでお茶しなーい?」

「いいわね!
ってゆーか、いつの間にそんなの調べてたの?」

「そりゃあもちろんこっちに来る前よ。
やっぱり美味しいものは外せないでしょ?」

「琴音・・・うん。さすがだわ」



相変わらず、褒めてんだかけなされたんだか
わからない返事をして
それでもいそいそとカフェに向って私たちは移動した。







カフェでお茶とパンケーキを食べたあと
ホテルに到着。
私たちは荷物を置いて
早々に温泉に飛び込んだ。




「いーーきーーかーーえーーるぅぅぅぅーーーー!!」


「いやだ。年寄りくさいこと言わないでよ。
でも、いやほんと。生き返るわ~」



少しぬるめの温泉が
まったりと肌に絡んで
なんとも言えない氣持ちよさに包まれている。
日本人ってほんと、温泉好きよねぇ。



「どうして温泉が好きなのか。わかる?」

「へ?そりゃ氣持ちいいから。でしょ?」

「もちろんそうよ。
でも本当は分かってるのよ。
温泉って地球のエネルギーの恩恵が
そのまま恵みになっているの。
だから温泉に入るとエネルギー充電出来るし
氣持ちも身体もほぐれるのよ」

「ふぅ~ん。そうなんだ~。
確かに普通のお風呂より断然氣持ちいいもんね」




たっぷりと温泉を堪能して部屋にもどると
もう布団が敷いてあり
ちょうど夕食の準備が出来たと連絡が入った。
お部屋食って贅沢かと思ったけど
沙織とふたりで遠慮なく話が出来るには
やっぱり二人きりじゃないと・・・
痛い人に見られちゃうしね。



夕食は和の食事が次々と出されて
私たちは日本酒で乾杯した。



「今日の初仕事に」
「私たちのタッグに」
「「Salud!(サルー)」」




お酒好きの私がよく行くBarのオーナーから
”乾杯”の言葉の代わりに
”Salid(サルー)”と教えて貰ったのだ。
繁栄って意味がある。と聞いて
そっち方が格好良くて氣分がいいから
沙織にも教えたのだ。
以来、”乾杯”とは言わなくなった。





昼間、あれだけ食べたのに
いったいどこに入るんだろう。
と思えるほど、私たちは猛然と食べていった。



「ねぇ沙織。ちょっと聞きたいんだけど」

「うん?なあに?」




「今日みたいなこと。
ほら、結構危なかったじゃない?
そういうことって今まであったのかなって」

沙織はぴたっと箸を止めて

「ないわね」

「えっ、そうなの?」

「うん・・・私もいままで色んな経験をしてきたけど
今までとは次元が違うっていうか。
たぶん、琴音と一緒に組んだから
こういうことのレベルが上がったんだと思うけど」




沙織が今まで経験して来たことは
人の想念を祓うこととか
いわゆる一般の霊能者的なものが多かったのだけど
神さま事に深く関わるような案件の中で
ここまで危険だと感じたのは
今回が初めてだったという。




「え、じゃ、じゃあまた何か二人で組んでやるときには
あんな怖いことこれからも増えるってことなの?」


私はちょっと怖くなって聞いた。


「うーん。たぶん大丈夫だと思う。
なんていうか
今日一日で私たち二人のレベルというか
やれることの規模が大きく上がったみたいだから。」




沙織が言うには
たとえ同じようなことが起きたとしても
次は軽々とやられない。
もう経験済みだから。
ということらしい。



「まあ、またこういう案件を頼まれるかも知れないよね。」

「そ、そんなあ~。めっちゃ怖かったのに(涙)」



「私たちに振られる案件は
私たちだから出来ることだから来るのよ。
出来ないことがあったら
それは別の祈り人に頼むし。

琴音だって仕事のプレゼンの資料を作るのは出来ても
プレゼンそのものをやれって言われたら
それは無理!ってなるでしょ?
そういうことよ」




そっか~。
私たちふたりだから来るものなんだ。
出来ないことは別の人、出来る人のところへ行くのね。
そういうとこ、人間社会の仕事とおんなじだわ。




「ああーー!お腹いーーーっぱい。
ちょっと苦しい(笑)」

「ほんと!食べ過ぎたかもー。
温泉入ったし、お酒も飲んだし
眠くなってきたよ」

「沙織はずっと運転してくれたもんね。
お疲れ様でした!」

「そりゃ琴音に任せるくらいなら自分で運転するわよ。」

「で・・ですよね・・・」

そろそろペーパードライバーを卒業しなきゃイケナイかな・・・。



夕食のお膳が下げられて
私たちは布団にごろりと横になった。



「沙織・・・」

「ん~?」

「あの龍・・・無事に龍の国に帰れたかな~?」

「ん~、そうね。きっと帰れたんじゃないかな」

「そうだよね~。帰ってのびのびと遊んでくれてたらいいね~」

「うん。本当にそうだね・・・」




そうして私たちはいつの間にか眠りについていた。

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