見出し画像

酒をやめて5ヶ月経ちました

昨年の7月に強烈な頭痛に見舞われ、死にかけました。血圧を測ると上が177で下が120ありました。

毎年、飛行機だけでも100回以上乗り、文字通り、全国を飛び回る生活がここ数年続いていました。昨年は100日以上休みなしということもありました。毎日、違う部屋で目覚め、自宅に戻るのは深夜で、二時間くらい寝て早朝便に乗るために羽田空港に車を走らせるという生活が続けば、身体が反乱を起こしてもおかしくないですよね。

この生活に輪をかけて、身体に負担をかけていたと思われるのが飲酒です。

僕は元々、酒が好きではありませんでした。体質的に合わないのだと思います。僕の父も酒を一滴も飲めない人でした。そんな僕がお酒を飲めるようになったきっかけは、2004年に北京電影学院の客員教授になったことです。

中国人と仕事をしたことがある人ならわかると思いますが、かの国ではお酒を飲めることが信用につながるという恐ろしい文化があり、しかも北京で飲まれるお酒は白酒(パイチュウ)と呼ばれる強いお酒です。アルコール度数は56度。火がつきますよ、マジで。

これを食事のたびに、「カンペイ!」と言いながら一気飲みするのです。それまではビールくらいしか飲んだことのない人間にとって、この度数はきつい。しかも、日本人は僕一人なのに、相手は10人とか15人とかになるんですよ。日中の人口比を嫌という程感じましたね。これが北京滞在中はずっと続くのです。

それから、北京に行くたびにアル中になって帰ってくるという状態が続き、いつの間にか、ウイスキーやジンといった強い酒も飲めるようになって…

こうなると、日本でも毎日、酒を飲まないと気が済まないという状況になってきます。当然、出張のたびに続く宴会でも酒を飲み続けることになります。

そんな生活に対して、僕の身体が反乱を起こしてもちっともおかしくなかったというわけですね。

酒は全く僕の人生を豊かにしてくれません。まず、時間を無駄にする。仲間たちと楽しく飲んでいる時はいいのですが、ホテルの部屋に帰ったら、ベッドに倒れ込むことになります。僕は作曲のために出張先にギターを持ち込むのですが、酒を飲んでいた頃は、ほとんどギターに触ることはありませんでした。本も読むこともない。翌朝も二日酔いなので、身体を鍛える気力が湧かない。生産性は低くなるわ、健康に悪影響は出るわと良いことが一切ない。

しかも、出張先で飲み始めるともう一軒、また一軒とはしごすることになるので、お金もその分使うことになる。これって年間で合計すると驚くような金額になるんですよ。

もちろん、これは僕個人に当てはまる傾向で、酒を飲んで人生を豊かにすることのできる人たちは大勢いるでしょう。

「適度」という感覚が僕にはどうしても掴めなかったというだけの話なんですけどね。

さて、7月から続いた体調不良にも関わらず、9月に入ってもダラダラとアル中のように酒を飲んでいた僕の「チャンネル」を変えてくれたのは、長男の言葉でした。

二日酔いでぐったりしている僕の姿を見て、「お父さん、このままじゃ死んじゃうよ。身体に合ってないんだから、やめたら良いんじゃん」という言葉を聞いて、正にチャンネルがカチャっという音を立てて変わったのです。

体癖論でいう「捻れ体癖」で、人から忠告されればされるほど、捻れまくるという厄介な性質の私が、その言葉だけはスーッと受け止めることができたのです。

その瞬間から一切、酒を飲むという感覚が消え失せ、全く飲みたいと思わなくなりました。居酒屋の前を通ろうが、酒屋の棚の前に立とうが、何の感情も浮かばない。宴会でもウーロン茶や炭酸水を飲んで、そこにいる誰よりも高いテンションで盛り上がれる(笑)

それまでは、昼くらいになると、もう身体の底から酒が欲しくて欲しくて仕方がなくなっていたのが、まるで別の人生のように感じます。あっけないもんです。

「チャンネルを変える」という技術は野口整体の稽古で培ったものだと思うのですが、一体どうやってチャンネルが変わったのかが説明できません。

もし説明できれば、大金持ちになるでしょう(笑)

少し観察して、説明できるようにしたいと思います。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?