![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/132771235/rectangle_large_type_2_0dafb005c6f2df1cebaad78ebdab8ac8.jpeg?width=800)
散(歩)文『青い自販機』
『真夜中の街を歩いていた。
足どりは、トロトロととろけるように。
ところどころ灯る街灯を見ながら歩いていると、夜闇のなか、ボウっと青く光る自販機が遠くに見えた。
アンコウの提灯につられる深海魚のように吸い寄せられていた。
自販機の中には、青いラベルの瓶が上下三段、左右11個で計33個並んでいた。
ラベルには、
"OCEAN"
とだけ記されている。
ポケットを探るとじゃらじゃらと小銭が入っていた。
真夜中の静けさに、小銭を投入する音が鳴り、ピッと電子音が響いて、ガシャンッと瓶が転がり出てきた。
瓶を取り出す。
青いラベルと、中の碧い液体。
すーっと目の奥を流れていくものがあった。
蓋を開ける。
プシュッと炭酸が抜けた。
瓶口に口をつけて、ぐっと呑む。
喉を冷たい感触が流れ落ちていった。
それがあまりに爽快で。
トロトロと、とろけるようだったのが、本当にトロリと溶けてしまった。
ああ、と目を閉じ、次に目を開けたときには。
そこは一面の碧い海だった。
溶けた体が、ゆらゆらと波に揺れる。
揺れながら、そうか、と呟いていた。
あれは海の素だったのか』
……というような書き出しの短編があったらおもしろいかも知らん。
そう思ったのは、東京の三鷹を訪ねていたときのことだった。
三鷹の街を散策していると、突如、全身真っ赤な自動販売機と遭遇したのだ。
販売しているのは「悪魔のハバネロソース」のみという潔さで、そもそも悪魔のハバネロソースが何かはわからないのだが、そのインパクトは強烈だった。
私の他に足を止める人はいなかった。
見るからに危なそうだからな、と納得し、いや、でも、と腕時計で時刻を確認してみる。
午後六時を回った頃だった。
さもあらん、この真っ赤ないでたちである、夕暮れ時は早すぎる。
真夜中だ。
真夜中になってみないと、このレッドの神髄はわからない。
なぜか、そう直感が告げていた。
まあ、私の直感は、たいがい的外れなわけであるが。
私にとって自販機とは、ほぼイコール缶コーヒーのことだ。
社会人のある一時、自販機で缶コーヒーを買うことにハマっていた時期があるからだ。
きっかけは俳優の山田孝之さんが主演を務める缶コーヒー「ジョージア」のCMで、仕事中に缶コーヒーってなんかいいなあ、と思って飲みはじめたのだった。
同じく山田孝之さん主演で、コカ・コーラのコークオンアプリのCMがあった。
このCMのなかでは、コークオンアプリをかざすと自販機がカフェに変形し、中には笑顔のすてきな店員さんがいるのだ。
こんなかわいい店員さんがいれば、と益体もない妄想をしたものだったが、時は進み、進歩する科学はいよいよ自販機をかわいい店員さんに変形させるべく、その第一弾として声を搭載した。
我が故郷である石川県金沢市にも話す自販機はいる。
それも方言をしゃべるのである。
ようきたね~。
あんやと~。
この通り金沢弁をマスターしているのだから、ただ者ではない。
初めて対峙したとき、驚いて二度見したのは言うまでもない。
ところで、この金沢弁の自販機だが、どうもかわいい店員さんには見えてこない。
どちらかといえば、愛想はいいけど年のいったおばあちゃんといったところだろうか?
方言の影響が強いことは否めない。
だが同時に、方言にはぬぐいがたい哀愁がある。
ついつい、この金沢弁のおばあちゃん自販機で買ってしまう。
冬の寒い日に、あんやと~、と手渡される温かい缶コーヒーのぬくもり。
ある日、いつものようにおばあちゃん自販機の元へ向かうと、そこには見知らぬ新顔の自販機がいた。
そうか、あの金沢弁を聞くことはもできないのか。
気落ちしながら、その新顔の自販機で缶コーヒーを買ったが、彼は何も言わなかった。
ふと、もうここに缶コーヒーを買いに来ることはないのかもしれない、と思う自分がいた。
思えば、自販機とは不思議な物体である。
硬貨を入れて、ボタンを押して、商品が転がり出てくる。
ただそれだけのことが、どうしてか映画やCMのワンシーン足り得る。
いつか、もっと時代が進んだ先には、自販機のない未来が訪れるのかもしれない。
地球環境を考えたときには、そのほうがいいのだろう。
でも、そんなとき、人はこうささやくかもしれない。
またひとつ、人生からシーンがこぼれ落ちていった、と。
冒頭の青い自販機の話に戻ろう。
海の素を売る自販機。
海の素を呑んだ青年は、どうなったのか?
『いつの間にか、溶けていた足は蝋のように固まっていた。
五本にわかれた足の指先をくすぐるものがあって、浜辺に立っていることに気づいた。
視線の先には繰り返す波、碧い海原と続き、その遥か彼方には地平線が広がっていた。
陽が沈むところ。
あるいは、昇るところ。
海と空の色が限りなく近づき、境界線が揺らいでいる。
きらきらと輝く青い透明な粒子。
その粒子を目で味わううちに。
蝋となって固まったはずの体が、ふわふわとふくらみ。
浮かび、
弾け、
ああ、果てなく、
ぼくは、空を舞った』
商品名:OCEAN
品名:炭酸飲料
原材料名:青海原(七つ海より)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?