7章 デイズジャパン『検証報告書』

2019年12月26日、「デイズジャパン検証委員会『報告書』」(以下『検証報告書』)が発表された。表紙には金子雅臣委員長、上柳敏郎委員、太田啓子委員の名前が記されている。

当初私は『検証報告書』が2019年6月頃に発表される予定と思っていたが、それからさらに半年延びることになった。報告書にはその遅延の大きな原因が私の非協力のせいであると書かれている。私の記憶では私は検証委員会を何度も急かしていたし、11回ものヒアリングに協力し、9月頃、金子委員長から「遅れていてすみませんね」という言葉をもらっている。しかし「協力」とは、委員会が欲する言葉を私が語るということを意味するのではないかと思うようになり、それで私は「非協力」とされたのだとしたらどうしようもなかった。

私の印象では、遅れの理由はいくつかある。ひとつは委員の中に弁護士の仕事が多忙で、前半になかなか時間が取れなかった人がいたと思われること、そして私を追及するのに必要な証言者を集めることに時間がかかったことが考えられる。

馬奈木氏が検討委員会設立と委員長就任を宣言した2018年12月31日から19年1月13日までの間に、ヒアリングが進められた可能性はあまりなかったと思えるし、その後はデイズ社が私の問題と解散準備の大混乱になり、しかも組合を形成した社員3人は、馬奈木弁護士解任に抗議して、新しい検証委員会への非協力を宣言していた。彼らは最もデイズ社への批判の情報をもっているはずの人々だったが、デイズ社に対する検証という、彼らが本来望んだはずの業務には参加しなかったように思う。

会社の人事関係を担当していた総務の社員は秋に退職しており、派遣社員に引き継がれたが、その人はアドレス関係も人脈の把握もできるはずはなかった。それは私の問題が勃発する前のことで、その人は定期購読の前受け金の返済準備業務に専念していた。

私は解任されて遠く離れたところに引きこもった後、ヒアリングのたびに東京に出てきたが、呼び出された時間では検証委員会の膨大な検証の要請に足りなかった。何よりも、具体的なハラスメント批判を受けた私が、その批判に対して反証する時間をもてなかった。だから委員会は私を批判する意見を聞く時間さえあれば十分と考えた。委員会は私への批判に対して、私が反論したり同意したりする十分な時間がないまま『検証報告書』が出ることになったのは残念に思っている。

さらに検証委員会は3月20日発売の『DAYS 』最終号(3、4月合併号)に、私の考えを掲載したということで、味方のはずのフェミニストの一部の人々から激しいバッシングを浴びた後、かなりのプレッシャーにさらされたと思う。「(フェミニストである)太田弁護士がいながらどうしてか」という批判があったとも耳にした。だから委員会にはその後、徹底的かつきちんとした私への批判と証拠を集めて報告することをより強く求められたと思う。

さらに、『検証報告書』には、当初ヒアリングに必要な人々への連絡をB氏に依頼していたが、それが思うように進まなかったことも遅れの理由だと書かれている。社員の連絡先はともかく、流動的なボランティアの人々の連絡先まで整理されてきたとは言い難かった。ではなぜB氏以外の人にも依頼しなかったのだろうか。検証委員会はボランティアの最も近くにいて、そして長年にわたって担当の社員であった女性にもヒアリングをしているから、その人にも依頼できたはずだったと思うのだが。

そしてまた『検証報告書』は、私が自分から被害者の女性の名前を挙げなかったため、誰が被害にあったのかを把握することに相当の時間がかかったとしている。でも私は私から被害者の名をあげることなど思いもよらなかった。

委員会は自分たちは被害者の味方だと信じていた。しかし元社員や元アルバイトの中には、自分が広河に被害を受けたとは思っていない人も多くおり、被害者と思われることをいやがり、私にその人々の名や連絡先を委員会に告げないようにと頼んでくる人さえいた。

私は何人かの社員が、ヒアリングを断ったということを、人づてに聞いた。長期間働いていたある人は、自分はハラスメントを受けていないので、会う必要はないと思った、と述べていたという。

ヒアリングを、「取り調べ」のような気持で見ていた人も多い。『文春オンライン』などで、田村記者は、デイズ社の社員も、結果的にハラスメントの体制を支えたので、責任があると書いていた。それで呼び出されるなら、誰も検証委員会に協力したいとは思わないだろうと言う人もいた。「では田村記者はどうなのか。彼も創刊号以来、『DAYS』の奥付に名前が印刷されているから外部とは言えないのではないか。社員を批判できる立場にあるのか」と言う人もいた。田村氏は『週刊文春』記事で、「自分の責任も免れない」と書いている。その責任の果たし方は、私をより激しく叩くことだったのだろう。

『検証報告書』に書かれたこと

意外に思われるかもしれないが、私は『検証報告書』に対して、少なくともこれで私のぶつかっている問題の事実関係が明らかになるという期待を抱いていた。その期待とは、「私を守ってくれるだろう」というものでは決してない。自分には今、きちんとした批判と反省が必要だと考えていたことも事実だ。自分の力が足りない場合は、検証委員会が厳然たる判断を示し、その論拠を示してくれれば、自分の内包する問題が明らかになる。その作業は自分ひとりでは困難だと私は思っていた。これは意外に思われるかもしれないが、本当のことだ。

しかし、『検証報告書』を見て、私はかなり深い失望感を抱いた。『週刊文春』と同じように裏がとられていないと思えるような話があまりに多いと感じてしまったからだ。その理由の一つは先ほど述べたように、検証委員会は裏をとる十分な時間がなかったか、あらかじめ性暴力を事実と認めていたから裏をとるまでもないと考えたからだと思う。

『検証報告書』は113ページの大部のものだった。そして、私に対する怒りに満ちた報告や証言で埋め尽くされていた。私は委員会がどのように事実を判断したかについて『検証報告書』の膨大な項目を細かくチェックしていった。しかし勢いでそれを書いた後、少し時間を置いて自分で見直す間に、むなしい思いが募ってきた。誰がこんなものを見たく思うだろうか、と。

私は「加害者」と告発された人の書籍を何冊か見る機会があったが、そこでも詳細に、事実はどうだったのかが記されていた。もし本人の意に反して加害者と疑われた人間は、疑いを晴らすために事実関係の細部にこだわるのは当然のことだと思う。しかし私はそれを読む気がしなかった。私は訴えられた人が、こうした作業を迫られることを我がこととして理解できる。しかし他者にとっては、見る気もしないことだとは、当事者にはなかなかわからない。私がそうであったように。

当然、『検証報告書』から襟を正して学ばなければならないことも多かったが、ここでは疑問を感じたことを書きたい。

大時代的な悪人描写

たとえば<周囲の評価――「妄想癖」「認知症」「強い被害者意識」 (P39)>という項目がある。

ここで私に妄想癖があったという証言は複数の元社員からなされたが、なにをもって妄想癖と断じたのか具体的なことは何も書かれていないように見えた。例がないのだ。「自分の嘘を信じ込みながら、他人を批判する」「加害者が明らかな場合にも、自分が被害者だと信じ込んで」と書かれている。私にとっては重要なことなので、これらを証言した人に対して検証委員が当然尋ねただろう「例えば?」という質問の答えを、お報せ願いたい。決してそんなことはなかったと否定するためではない。この間に私は自分では気が付かなかったことが多くあると知るようになった。この問いにはその設問の一つひとつに例証があげられているものと思ったが、そうではなかった。

私が「怒りっぽい」という記述でも、どのような時に、どのような理由で怒ったと、どうして書いていないのだろうか。私は自分が怒りっぽいことは承知している。しかし私は自分の怒りには理由がなかったわけではないと思っていた。しかしこの『検証報告書』全体に、あまり理由が書かれていない。私の怒りの理由を書いてしまえば、私が「理由もなく怒る」人間であることを証明できなくなってしまうからだろうかとも思ってしまった。それでも検証委員は、ヒアリングでは、どのような時に私が怒ったのかは当然尋ねたのではないのだろうか。尋ねられた人の答えが書いていないように思えたのだ。私自身はヒアリングで答えている。でもそれはほとんど無視されている。

ただそのように報告している社員が多いということは、私は受け止めなければならない。私は身を潜めた後、孫たちに会ったとき、「怖い」と言われたことがあった。私は自分で気が付いていない普通のときでも、しゃべり方が怖かったらしい。ストレスが最高のときだったからなおさらだ。私は自分で気が付かないときに、相手から見たら「怖い」話し方をしていることがあると認めざるを得なかった。

しかし『検証報告書』では特に私の「怒り」の部分はかなり細かく報告され、分量も多い。それでも理由は書かれないように思えた。理由が書かれている数少ない例では、私の誘いを相手が断ったため、私が怒りを表したと述べる人がいて、そのせいで退職させられたとも書かれている。

これは新聞に私を実名で批判した記事がでたケースだが、この人の場合は私は自分の怒りと退職通告の理由を覚えている。そのとき広河事務所と東京大学の中東研究プロジェクトは非常に重要な共同イベント企画を進めていた。しかし、入社したばかりのその人が私に図ることなしに、企画を前に進めたことで私が叱ったのだ。しかしこの人はこのようなことを、『検証委員会』にもメディアにもどこにも言っていないようだった。それで私が理由もなく怒り、退職させた、つまりハラスメントをおこなったと書かれたのだ。
ただこうした理由があったとしても、そして試用期間であっても簡単に社員を退職させることは認められないのだということを、私は心に刻むべきだった。ただそれでも『検証報告書』としては、こうした理由を私が述べたことを明記し、そのうえで、こうした処置は認められないのだと、書いてほしかった。私は確かその理由について、検証委員会には報告していたはずだったと思っている。

そして次のような言葉も書かれている。

狭い世界であっても、そこに崇拝者や共鳴者を集めて「広河王国」を作り上げ、我儘な王様として君臨して好き放題をやればそこには権力が生じる。

これは検証委員の表現としてふさわしいものだろうか。そしてまた検証委員は、私が自分の記事やマスコミでの報道などの切り抜きを大切に保存していていることを、おかしいと感じたスタッフの言葉を報告している。悪意を持って「おかしい」という人がいてもいい。しかしフォトジャーナリズムや文筆業を生業としている者が、自分の仕事の記録を保存するのは、検証委員にとってはおかしいことなのだろうか。自分の記事を保存しないほうがおかしくはないか? 検証委員の弁護士たちも、自分の仕事の記録がメディアに掲載されたとき、それを保存するのはおかしいと思っているのだろうか。『検証報告書』は報告するに足ることを報告しているからこそ、そこに書かれる私への批判も信頼されるのではないだろうか。

また外国から表彰されたことを「わざわざメールで知らせてきたことがあって、そんなことを普通しないんじゃないかと思った」ということもわざわざ取り上げているが、なぜそれが検証報告に必要な情報なのか。これもそんなにおかしいことなのだろうか。募金活動や支援運動をしている人間にとっては、こうしたことの積み重ねが大切なのだ。これは人々から集まった募金が相手に確実に届いているという証拠でもあるのだ。
とにかく広河を批判していればそれでいいとしてつまらない証言を寄せ集めて報告するだけでは、この『検証報告書』の質を落とすことになってしまいかねないのではないだろうか。

もちろん『検証報告書』に多数報告された広河批判の中には、私が深刻に受け止めなければならないことも多い。しかしそれをはるかに上回る、なぜこんなことがと思うような情報の山を見るにつけ、私には検証委員会がその半年以上前に『DAYS』最終号の検証委員会報告記事へのバッシングで失った信用を取り戻そうとして、量で広河批判をおこなおうとしているように思えた。だから私が自分の記事を保存したり、表彰されたことを報告したことさえ、批判すべき脈絡で書いていたのだと思う。

「レイプ」の記事について

2回目の『週刊文春』記事(『検証報告書』では2019年2月10日号と書かれているが、実際は1月31日発売の2月7日号である)を見てみたい。

前述のとおり、『検証報告書』には、『週刊文春』記事で私が女性に「口止めした」と書かれたことに触れている。私はそのことを「絶対にない」と検証委員会に述べた。それで検証委員会は「口止めなどしていないという一事をもってこの女性の意に反する性的関係を強要したということ自体を否定したがる」と書いている。このことでも私は気を落とした。

「一事」どころではない。私が検証委員会に提出した文書には、この2回目の『週刊文春』記事と私の認識や記憶と食い違う点を、いくつも挙げている。しかもそれは気が付いたことの一部を書くにとどめている。文春記事は私の記憶と異なるというだけではなく、私は4章で私の反証について証言できる社内のスタッフについても書いている。それらは無視されたのだ。

私が女性に「口止め」したと週刊誌に書かれたことは、いくつものメディアで責められた。『検証報告書』は次のように述べる。

たとえ広河氏の意図として「口止め」として述べたことではなかったとしても、この女性が「口止めをされた」と感じたことは事実であるし、それは当時の広河氏と女性の関係性からすれば無理ならぬことである。

それだと「被害者はまるで殴られたように感じた」と言ったことを、「被害者は殴られた」と認証することにならないだろうか。これは「レイプされたように感じた」という言葉が「レイプされた」と断定するのと同じになりはしないか。そして、私から「殺すと言われたように感じた」ことを「殺すと言われた」と報告できることになる。他ではともかく、これが検証で通用する書き方なのだろうか。

あらためて言っておきたいのは、私が今言っているのは、女性のことではない。週刊誌の記事のことである。ここまでの私の記述を読んだうえでも、「女性にとっての事実と週刊誌にとっての事実は同じではないか」と思う人がいるなら、週刊誌をそこまで信じることができるのは不思議だと思う。しかし検証委員会は、週刊誌記事は正しいと認識し、記事の中の証言がすべて正しいとみなしていると書いている。

しかしもっとも大事なことは、私の読んだ限り、『検証報告書』には「レイプ」という言葉が見当たらないことである。『週刊文春』で「2週間 毎晩レイプした」と証言している当人も、検証委員会のヒアリングを受け、『検証報告書』に書かれているが、そこにも「レイプ」という言葉はない。この『検証報告書』の中で、レイプという言葉が出ているのは2か所だけで、その2つとも今回の私の件とは無関係なことである。そして次のように続ける。

広河氏は、『自分は暴力などふるったりなどしていない』と「あからさまな暴力」が無かったことを理由に、性暴力だとは認識しなかったと述べ、『私はそうした暴力的なことはやっていない。あくまで合意によるものであり、自分のやってきたことは消して(ママ)性暴力などと言うものではない』という正当化の弁を何度も述べていた。

確かに私がここまで『週刊文春』記事に対してこだわり続けてきたのは、記事やタイトルが身体的暴力をほうふつさせるような作り方になっており、そうした影響力を読者に広めたと感じたからだ。私が尋ねたほとんどの人が、タイトルを見て私が女性に身体的暴力をふるったと思った、と私に述べている。しかし私が身体的暴力をふるった事実は『検証報告書』では否定されている。 

ここで指摘すべきは、広河氏が(『DAYS』)誌面で取り上げてきた女性への暴力は、わかりやすい、「あからさまな暴力」であるということである。他方、広河氏が被害者に行ったのは、明白な性暴力だが、相手に対する優越的な地位に乗じるという手段によるものであって、外見上は身体的な暴力や虐待、拉致監禁などのあからさまな暴力があったわけではない。(p49)

ここでは私が身体的・物理的・あからさまな暴力を行使していない、と書かれているのだ。私にとってこのことが『週刊文春』で最もこだわってきた点だった。しかし『検証報告書』は次のように続ける。

広河氏は要するに、誰が見てもわかりやすい、身体的な暴力を伴う性暴力や戦時における性暴力については「性暴力」と理解するが、⑵に述べた社会的勢力の影響を受けた性暴力についてはそう理解しないというように性暴力についての理解が偏っていると思える。

ここで⑵と書かれているのは、研究者の論文を出して「社会的勢力」というものに言及している部分であり非常にわかりづらい。「広河氏から強い社会的勢力を受け、抗うことができなかった(p45)」という言葉も含め、正直言って私にはよく理解できなかった。

検証文では、研究者ではなく、一般の人のために書かれるものではないだろうか。そうした懸念を、立憲民主党の本多平直元議員の調査をおこなった立憲民主党ハラスメント防止対策委員会の「調査報告書」(金子雅臣委員長)でも覚えた。ここでも専門家の専門用語を並べるというやり方が見られた。私にとっては、金子氏以外の委員の名は知らないが、立憲民主党が調査の委員を決定したときにこうした答えは前提とされていたと思う。というよりもこうした決定を求める人が、それなら「この人にお願いしよう」という感じで選んだのではないかと思う。

検証委員会にとっては、あからさまでない心理的・精神的な暴力も、あからさまな物理的・身体的暴力も、どちらも女性には深刻な被害を与えるのだから、私の主張は意味がないということになるのだろうか。確かにどちらの暴力の方がひどいということは言えない場合もあるのかもしれない。しかし「絶対に手をかけていない、殴っていない」と主張し続ける被疑者は結構多いと思えるが、こうした人間の気持ちが、検証委員会にわかるだろうか。「暴力をふるった」と「暴力は振るっていない」、「レイプをした」と「レイプはしていない」の差はどれだけ大きいか、想像は困難なのだろうか。

しかしそれでもなぜ私がそこまで「身体的な暴力」を行使していないことにこだわったのか、疑問に思われる人も多いと思われるので、週刊誌のタイトルや記事を「身体的暴力」と読み取った人がいかに多いか、主婦やジャーナリストにアンケートを取ったのだが、6人中5人は「身体的暴力」を行使した、と思ったと回答した。

週刊文春の第1回目記事のタイトルには、「性暴力」と書かれ、その言葉は『DAYS』 2020年2月号の表紙にも大書され、そして2回目の記事には、タイトルとして「2週間 毎晩レイプした」という言葉が使われた。

この問題を専門に追っている研究者や活動家、それ相応の知識のある人によれば、現在では「性暴力」や「レイプ」という言葉は、身体的・心理的の両方の意味で用いられる場合もあるという。

しかし広辞苑第7版(2018年刊)では、レイプと引けば強姦と書かれ、強姦を引けば「暴行・脅迫の手段を用い、または心神喪失・抗拒不能を利用して女性をおかすこと。無理やり女性と交わること。強淫。婦女暴行」と書かれ、身体的暴力の意味合いが非常に強い言葉だということが分かる。

週刊文春の読者の大多数である一般の人にとっては、私が「性暴力をふるった」と書かれれば、それは私が女性に身体的な暴力をふるったと理解される。「レイプをおこなった」と書かれれば、「身体的・物理的暴力による性交をおこなった」とほとんどの人が受け止める。

つまり、検証員や専門家たちと、そうではない人の間には、性犯罪の言葉の概念の理解でも距離があるのだ。『週刊文春』はそれを利用して、より誇張された、より悪質なイメージを作って、よりセンセーショナルに扱って、部数を伸ばそうとしたと私は思っている。違うだろうか。被害者の女性が「レイプされた」と話したとしても、当然裏をとらなくてはならないのに、この言葉をそのまま用いたのではないだろうか。あるいは「それはレイプのようなことですか」と記者が尋ねて、「そんなふうに私は感じました」というやりとりで週刊誌には「レイプがおこなわれた」と書いたのではないだろうか。

私が性暴力やレイプなどの言葉に対する自分のこだわりを普通の人に説明すると、私の意図が伝わりやすいのに、相手が専門家になるほど、なぜそんなことにこだわるのかと問われる。そして身体的だろうが心理的だろうが、結果としてもたらされる被害は、どちらがより重いか比べられないほどなのに、と言われる。しかし今、私がこだわっているのは私が具体的に何をしたかということと、それを一般の人はどのようにとらえたかということなのだ。

『検証報告書』49ページでは、私が身体的暴力、あからさまな暴力をふるっていないことを、認証していると前に書いた。

しかし同時に、検証委員会は週刊誌報道を事実だと認めているのだ。つまり「レイプ」があったと認めていることになる。

こうなると身体的暴力の無い「レイプ」があったことになる。私はそれを想像することはできない。精神的レイプという言葉は、かなり特別な言葉だ。専門家向けの本は知らないが、一般の人々向けのレイプ被害関係書籍を何冊か見たけれど、どこにも身体的な暴力をふるわれていないレイプ被害者は登場しなかった。

「強要はなかった」

このあと検証報告には、次のような証言が多数あったという記述もある。

性的関係に誘われたが、断ったらそれ以上踏み込まれなかった。(p49)

つまり私の誘いを女性が断ったら、そこで私は引き下がったということだ。これは普通の男女関係では当たり前のことだが、少なくともこの件については、私の行為はその当たり前の範疇のできごとだったということになる。ただし検証委員会は、私はデイズ社の社員に対しては、退職されたら困るから、毅然と断ったらそれであきらめたが、ボランティアやアルバイトなどの非社員の場合には、「断れるということを想定していないような感じで性交されてしまった」など広河氏の態度がより強引だったことが推察され、程度が深刻なものが目立つと書いている。

ここでは「推察され」などという言葉になっている。しかし私の記憶では、社員とアルバイトやボランティアで、態度が異なったことはない。どちらの場合でも、はっきりと断られたときに、それ以上踏み込んだケースはなかった。

しかし「レイプ」「暴力」「強要」などについての検証委員会の判断によって、私の『週刊文春』記事へのこだわりの、最も大事なところが前進をみた。つまり「あからさまな暴力はなかった」という記述である。

私は、この文章を書いているとき、『週刊文春』を相手にしていると考えている。しかし、その記事と女性たちの証言とが一致すると認証した検証委員会は、記事に書かれたことと『検証報告書』の内容がたとえ矛盾していても、すべて正しいと認めるようにと私に迫っていた。

だから私は検証委員会の報告に書かれた事実関係の確認を前に進めるほかない。

『検証報告書』はこの後、私のパワハラ行為と、デイズ社のハラスメント的体質について、検証報告の50ページ近くを費やしているが、これらの記述内容についても、多くのことが裏をとられないまま「事実」とされていると私は感じている。しかしそこに書かれている私の会社経営の問題については、パワハラ的な構造が批判されており、私はその多くを受け入れて反省をしている。そこで書かれていた重要な問題については、次章で取り上げたい。

この『検証報告書』には、もうひとつ検証委員会の姿勢がもろに表れていると思われる個所がある。それは「環境型セクハラ」についての私への告発の部分だ。これについては、検証委員が被害者をどのようにみなしているかという問題と大きくかかわる。

暴力アダルトビデオの被害者

この『検証報告書』では、私が環境型セクハラを犯したと認証している。

アダルトビデオの入った箱が私の部屋に置かれていたのを目にした広河事務所の職員へのヒアリングの結果、検証委員会はこれは私による「環境型セクハラ」の証拠と認定し、私の責任を追及したのである。

『検証報告書』には、次のような職員の証言が書かれている。

「広河氏のデスクの段ボール箱の中に大量のアダルトビデオがあってぎょっとしたことがあった。当時は女性の権利問題か何かの資料かもしれないと思ったが、週刊誌報道があって以降、やはりそうではなかったのではないかと思ってしまう」

段ボール箱のアダルトビデオは、記事の資料として借りていたものだ。それが環境型セクハラの証拠なのだろうか。

『DAYS』は、女性への暴力に反対する連載企画を、雑誌の核となるいくつかの柱の一つにすえ、2004年3月の創刊号発刊以来、Women’s Report という毎月のシリーズ企画を設けた。

2007年9月号では、「暴力アダルトビデオ事件」を取り上げ、誌面でバッキー・ビジュアルプランニング事件の報告をおこなった。レイプのアダルトビデオのシリーズで、何人もの出演者の女性が本物の暴力を受け、本物のレイプをされ、瀕死の状態にされた事件である。

レイプ作品制作現場を取材したライターから写真の提供を受け、2回にわたり被害女性を救援する運動PAPS(ポルノグラフィの被害と性暴力を考える会)の女性と中里見博教授(大阪電気通信大学、PAPS副理事長、当時福島大学准教授)の報告を掲載した。

ほとんどの大手メディアが沈黙していた時に、この事件を大きく報告した『DAYS』の記事の反響は大きく、多くの感想が寄せられた。それにも私たちはページを割いた。この事件については、1年以上かけて掲載された。

中里見氏から借用したアダルトビデオは、最初の特集(2007年9月号)使用後に福島大研究室に返却するまでのおよそ1年以上の間に、判決が下りた時の特集や、読者の感想などを集めた記事などを何回かにわたって『DAYS』に掲載し、その間、4階の社長室や3階の倉庫に、送られてきた段ボール箱に入れたまま保管していた。特集記事の資料であることは、社内の人間で知らない者はいない。私もすべての社内スタッフにはそのことを伝えている。

それをセクハラ事件に仕立てあげるには、どのような調査のされ方がなされたのだろうか。しかもこれが女性に対する暴力に抗議する特集記事の資料であることは、『DAYS』のバックナンバーを見たらすぐにわかることだった。あるいは私や当時の社員に聞けばわかることだ。私へのヒアリングでも簡単に確かめられたはずだ。

しかしデイズ検証委員会はこれをセクハラと認定した。たった一人の職員の証言で。

その証言も「当時は女性の権利問題か何かの資料かもしれないと思ったが」と書かれているから、検証委員会ならせめて何の資料なのか、5分でも時間を割いてもよかったのではないだろうか。それともあらかじめ準備した答えにとって「都合の悪いことは調べない」という検証委員会だったのだろうか。

財団法人フォトジャーナリズム協会

また検証委員会は、デイズ社が解散される前に設立された財団法人フォトジャーナリズム協会の新役員の名を私が知らせなかったため、大幅に発表が遅れたと書いている。

検証委員会は財団に連絡して、新しい役員の名前の問い合わせをしたようである。しかし財団は、すでにデイズ社および解雇された広河隆一とはかかわりが無いと考えていたので、検証委員会に対しては協力せず、私に対しても「財団に代わって理事の名前や情報を検証委員会に伝える権利をあなたはもっていない」と伝えてきた。

だから私は、検証委員の太田啓子弁護士から問い合わせがあったときは、ネット上に記載があるはずだと伝えるにとどめた。そしてその後に太田氏がそこには新規役員の名前が書かれていないと連絡が来たときは、役所の登記の仕事が遅れているからかもしれないので、もう一度見直した方がいいのでは、と伝えた。その後彼女は古い記録を見ていたので名前が見つからなかったが、更新されたものには名前が書いてあったと連絡してきた。これだけのやり取りで、私が検証委員会の仕事を遅らせたことになったのだろうか。

しかしなぜか検証委員会は、『検証報告書』に財団の新しい理事たちの名前を掲載した。まるでこの人たちを追及しろと公表したかのようだった。案の定、デイズ社とは利害関係の全くない、フォトジャーナリズムの振興が大切な仕事だと考えていた役員たちがターゲットになった。

事実かどうか確かめていないが、財団のお金を被害女性に渡すべきだという意見も耳にしたことがある。しかしそのような権利は私にも誰にもないし、財団の資産を目的以外のために用いることは、法律上も認められていない。

検証委員会から私への要求

『検証報告書』は、私への要請文で締めくくっている。そこには二次被害を起こすので、私は自分の言い分を主張してはならないと述べている。

二次被害を避けることがどれだけ大切か、私も少しは理解できるようになったと思っている。しかし他のあらゆることに優先して二次被害を避けることを重視するという意見には同意できなかった。しかもそもそも「文春にとって事実と認識できること」と「私にとって事実と認識できること」を検証して、一次被害があったという確認ができないことについては、二次被害について語れないはずだと考えた。検証委員会は私の考えを次のように紹介している。

広河氏は、「事実を確認し、その上で謝罪する可能性があると言っているのに、事実を確認しようとすれば《二次加害になるからやめろ》と言われてしまう。このように、自分の反論を封じ込めるやりかたは許されない」と述べる。(p107)

検証委員会は次のような意見を述べる。

「たとえあなたにそういう意識がなかったとしても立場の優位性に乗じて、あなたより弱い立場にある女性たちに対して性暴力をふるったということなのだから、これに正面から向き合って謝罪し、しかるべき責任をとるべきだ」と何度となく伝えてきた。その際には「暴行や脅迫のようなわかりやすくあからさまな暴力をふるったわけではなくても、優位な立場を使って、相手がNOと言えない状況に乗じて性暴力をふるうという、地位を利用する類型があり、あなたがしたことはまさにそれである」ということを合わせて伝えた。(p108)

さらに検証委員会は、私に可能な唯一の今後の生き方を示す。

「第12 ハラスメント責任履行の勧告 1 広河氏の責任 判明した被害者への謝罪と慰謝」では、「二次加害をしないこと」(p109)として次のように書かれている。

広河氏はまずは自分がおこなったことを直視し、独善的で自己中心的な弁明を公の場で行うことは控え、これ以上被害者らに恐怖と苦痛を不安感を与えるような言動は絶対にしないよう、行動を自重することを強く求める。特に、「性的関係はあったがそのとき女性たちも合意していた」と公の場で主張することは、被害者に甚大な精神的苦痛を与える二次被害に他ならない。検証委員全員でのべ11回にわたって広河氏の主張を聴き、広河氏から提出された文章もすべて精査した。その上で、女性の合意があったとは認定できないという結論を出した。広河氏はこれを受け止め、性交を強要した女性たちの件について、「合意があった」という主張を公の場で行うことは厳に控えるべきである。

私から検証委員会に言いたいことは次の通りだ。

最初から答えありきで、性暴力があったという前提で検証を進めたのは間違っている。自分たちが考えていたこととは異なるケースもあるかもしれないという検証ができるのではないなら、それは検証委員会と呼ぶべきではない。そのようなことが明らかな人選であれば、人選の時にすでに答えは出ているとみなしていい。これは政府の様々な委員会と同じだ。

私は今後は、このメンバーが検証委員であれば、結果も予測されるという場合には、それを述べたうえで、検証委員会を忌避するつもりだ。委員という肩書が付いた人を、自動的に委員にふさわしいとみなしていいわけではない。忌避ができない場合は、ヒアリングを断る権利もあるのではないだろうか。それだと非常な不利なことが予測されるから、裁判しかなくなるのだろうか。

また検証委員の一人太田弁護士は、週刊金曜日のインタビューで、「当事者の納得が大事だから、可能な範囲で当事者の方が納得できる表現で世に残そう」ということを目指した、と述べており、週刊金曜日の編集者はそれに賛成し、『検証報告書』は、これぞジャーナリストを見る思いだ(2020年2月14日号)と述べているが、これはジャーナリズムの姿勢ではないし、まして検証委員会のとるべき姿勢ではない。

あらゆる疑問を二次被害という言葉ではねのけるべきではない。そうするなら検証委員会と呼ぶべきではない。検証するというのはそうしたことが起こっていないかチェックし、そのうえで答えを導くことである。

つまりあらゆることの基本が、恣意的な意図に基づいている。

『検証報告書』の「第13」は「デイズジャパン社の事件から得られる教訓」(p110)である。ここには次のようにある。

反権力を掲げる組織内で、ある場面では「人権派」と称され、実際に社会正義のために活動する人が、他の場面では周囲に対しセクシャルハラスメント、パワーハラスメントを繰り返すという現象はしばしば見受けられるものでもある。そこで広河氏個人の問題として片づけることなく、今回の事件からもそうした共通する教訓の指摘は必要となるだろう。

これはむしろ、『DAYS』最終号の林美子氏の主張と一致することであり、シンポジウムの谷口真由美氏とは異なる考えのように受け取っている。そしてここに書かれていることは、私も自分への個人としての批判とともに、そうした流れの中で反省することをおこないたいと思う。

検証報告の発表の後、2020年1月から3月にかけて「セクハラ報道と検証を考える会」が発足し、報告が発表された。この報告は20回を超えた。 

ここでは詳細に『週刊文春』記事と、『検証報告書』を分析して、その問題点を述べている。私の考えとは異なる点もあるが、学ぶ点が多かった。

最後に迷った末に一つ追加したいことがある。


私の置かれた状況を、まるで「魔女狩り」と呼ぶ人たちもいた。
その中には、2度その言葉を私に告げた人がいた。金子委員長だ。最初は2019年の5月くらいだろうか。そして2回目は、8月か9月と記憶している。
その時私への社会の、あるいは検証委員会の、あるいはシンポジウムの対応の仕方を「魔女狩り」と呼んだ金子氏は、あのような『検証報告書』を発表したのはなぜだろうかという疑問が私には残っている。最初には他の人も含めてこの話題があり、2回目の時にはこの話題を金子氏自身が議論に持ち出したと記憶している。検証委員会に何があったのだろうか。


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