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#74 二十歳/泖

【往復書簡 #74 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈どんな夢をお持ちで?〉
水曜日:泖〈近道が分からない〉
金曜日:くろさわかな

近道が分からない

20歳の頃を振り返っても「なにしてたんだっけ?」がはじめに浮かぶので、書きながら振り返りたいと思います。

わたしは1992年の早生まれで、2011年1月の成人式に出席したはず。3月に震災があって。それがきっかけで今まで思い描いてきた夢に疑問を持ったんです。

もともとわたしは雑誌の編集者になりたくて、大学にも進学しました。ところが高校2年生のときに「編集者だったらどこの学部を出てもなれるよ」っていう大人の話を間に受けて「じゃあ自分が興味あることを勉強しよっかな〜」ってんで、高校卒業してからは国際系の学部に入学しました。

ずっと人種差別や戦争・紛争とかに疑問があったので、その問題がどうして起こってしまうのか、今の社会ってどうなっているのかというのを勉強したかったんです。あと高校2年生の時にアメリカでのホームステイも経験していたので、世界中を知りたいという気持ちも高まっていたんだと思います。

特にホロコーストは自分の中で特別な想いがあります。中学生の社会の授業で、ホロコーストを扱った映像を見たんです。たしかプロジェクトX。中学生ながら結構好きだったんですよね、プロジェクトX。そこには同じ人間がしたとは思えないような惨たらしい景色が映し出されていて、かなりショックを受けたのを覚えています。それを高校時代に思い出して、英語もまともに喋れないくせに第一外国語にドイツ語を選んだんです。

割と真面目にドイツ語など興味のあることは勉強していたんですけど、入りたいゼミがなくてどうしたもんかと悩んでいたところに起きたのが震災だった、気がします。

たぶん、震災が起きて人生が変わった人はかなり多いはず。震災が起きて、わたしはジャーナリズムに興味が出てきまして。むしろわたしがやりたかったことはジャーナリズムなのではと気づき、一念発起して同じ大学内で学部学科を変える決意をしたのが20歳だったと思います。とにかく、何になりたいのかは別として、ジャーナリズムを勉強したいという気持ちが止まらなくなってしまったんです。

漠然と「編集者になりたい」とは思っていたけれど、「編集作業よりは、自分で見て聞いたものを自分から発信したい」ということにも気づきました。高校からの夢は自分の本当の想いとは違うものだったんだと、20歳でようやく気づいたんです。わたしの人生って遠回りしかしてないんだな。近道が分からない人間です。

ちなみに1年後、わたしはめでたく転部試験にも合格しジャーナリズムを勉強することになるのですが芸術を志すことにしたのは転部した後の出来事です。

人生って不思議なものですね。
美空ひばりか!

追伸。
去年の年末で仕事を辞めてから以前より時間ができたので、1月から始まるドラマを一通りチェックしました。「日本のドラマは面白くなくなった」って本当かな、と思いまして。今のところ「ミステリと言う勿れ」「おいハンサム!!」「となりのチカラ」が面白いと思っています。あと大河ドラマの「鎌倉殿の13人」も見ています。そして今日は節分ですね。豆をまいて恵方巻きを食べましょう。


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