3分でわかる宇宙エレベーターの法律
エンデュミオンの奇蹟
「宇宙に行く」というフレーズを聞いたときに、どのような手段を思い浮かべるでしょうか?まず思い浮かべるのはロケットだと思いますが、他の選択肢として宇宙エレベーターという構想があります。「とある魔術の禁書目録」にも出てくる宇宙エレベーターには、どのような法律上の課題があるのでしょうか?
宇宙エレベーターとは
宇宙エレベーターは、まさに地球と宇宙空間とを結ぶエレベーターです。日本の民間企業では大林組が構想を打ち出しており、2050年の完成を目指しています。
宇宙エレベーターの理屈を理解するには、地球を周回する軌道について知っておく必要があります。軌道には低軌道(Low Earth Orbit : LEO)と静止軌道(Geostationary Earth Orbit : GEO)があり、LEOは地球表面から2000kmまでの領域、GEOは地球表面からほぼ35,786kmの領域です。GEOに投入された衛星の周期は地球の自転周期と同じになるので、地球から見ると同じ位置に止まっている形になります。
宇宙エレベーターは、静止軌道上の衛星から地上にワイヤーを伸ばしていき、これに昇降機を設置することで、ロケットを使わずとも宇宙空間と地上を行き来できるようにしようという装置です。
単にワイヤーを地上に伸ばしただけではワイヤーは自身の重さで切れてしまいますから、地球と反対側にもワイヤーを伸ばし、遠心力と釣り合うように設計します。ワイヤーの強度については、1991年にカーボンナノチューブが発見され、これを利用した建設計画が議論されています。
海の視点
宇宙エレベーターの構造上、静止軌道上の衛星から伸びてきているワイヤーと昇降機にアクセスするためのエントランスホール(のようなもの)が地上の一定地点に建設されることになります。大林組のイメージ動画では海の上に建設されていますが、これを実現するにはどのような課題があるのでしょうか?
前提として、「宇宙エレベーターの設置場所は赤道上に限られ、しかも、様々な物理学的理由から、海洋上に建設することが好ましい」、「宇宙エレベーターを支配する国は、事実上、地球及び宇宙の支配が可能になる」ため、宇宙エレベーターのエントランスホールは公海上に建設する必要があるとされます(出典:宇宙エレベーターQ&A集Q12 一般社団法人宇宙エレベーター協会)。
ところで、国連海洋法条約は排他的経済水域を定めており、領海(12海里)の外の一定の水域沿岸国に以下の権利、管轄権を認めています。
①天然資源の探査、開発、保存及び管理等のための主権的権利
②人工島、施設及び構築物の設置及び利用に関する管轄権
③海洋の科学的調査に関する管轄権
④海洋環境の保護及び保全に関する管轄権
領海と排他的経済水域を含めると、その範囲は200海里(約370km)となり、エントランスホールはその外側に建設しなければならないことになります。
空の視点
宇宙エレベーターのワイヤーは、空を突っ切り宇宙空間へ到達します。
領土・領海の上は領空と呼ばれ、領域国の主権が及びます。パリ国際航空条約、シカゴ国際民間航空条約は、すべての国がその領域上の空域において「安全かつ排他的な主権」を有すると謳っており、領域国は、他国の航空機が飛行したり着陸するのを禁止できます。
その意味でも、エントランスホールは領空権が及ばない公海上に建設する必要があります。また、以下の宇宙の視点にも関連しますが、領空と宇宙空間の境目については、地上100kmという考え方、80kmという考え方、大気が存在する範囲とする考え方、揚力により航空機が飛行しうる範囲とする考え方等様々で、領空の「縦方向」に関する範囲は定まっていません。
宇宙の視点
宇宙条約上、宇宙空間を領有することはできないとされており、宇宙空間は誰のものでもありません。
宇宙エレベーターは宇宙空間に設置されるわけですが、仮に宇宙エレベーターの所有権や管轄権を持てたとしても、自国の領土とすることはできません。
では、民間企業が所有すれば良いのではないかというとそうではなく、民間企業による所有が認められるには、国家の追認が必要です。しかし、そのような国家の追認は、結局のところ宇宙条約に反してしまうことになってしまいます。
また、宇宙エレベーターが宇宙物体だとすると、登録によって誰が管轄権を持つかが明らかになります。仮に宇宙エレベーターで事故が発生した場合、登録国に責任が集中してしまうので、モジュール単位で登録する、損害発生時の処理方法等含めて議論する必要があります。また、宇宙エレベーターの事故により生じうる被害を考えると、誰が誰に何を請求可能なのか、救済手段は何か、保険・補償などによる救済ができないか等の検討が必要になるかもしれません。
まとめ
宇宙エレベーターの実現のためには、技術的な課題解決はもちろん、宇宙条約を含めた規制を整理する必要があります。ルールはその時代背景をもとに作られますが、2050年に宇宙エレベーターが完成したとして、現在の宇宙条約やその他関連するルールがそのまま残っている可能性はどれくらいあるのでしょうか?
参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎・佐藤雅彦
・宇宙エレベーターQ&A集Q12 一般社団法人宇宙エレベーター協会
・大林組ホームページ